0020‐魔無しの魔法②
生徒たちの演習も残りわずかとなった所で満を持してアデレードが発射位置についた。
カイもこれにはオッ?と思い見守る。
何せ昨日友人になったばかりの人だ、期待の目を向けた。
アデレードもカイに気が付いたようで目が合ったので手を振っておいた。
光速で標的の方へ向き直るアデレードと二人を交互に見比べる取り巻き達とティル。
的に手をかざし攻撃魔法の準備を始めるアデレードだったが何やら手間取っている様子。
ソレスという事で攻撃魔法はさぞ得意なのだろうと思っていたのにこれは意外だった。
ただ、カイの周りはまどろっこしいのは苦手と殴り掛かって行く人間に囲まれていたので、特におかしい事もないかと思い直した。
そして、ようやく準備を終えて放たれた魔法は彼女のイメージにピッタリの魔法であった
「ウォーターショット!!」
アデレードが放った水の矢が的めがけて飛んで行き、見事的を破壊する。
「よし!…おほん…おーほっほっ!!この程度私にかかれば簡単よ!」
そんなアデレードをティルが白い目で見ながら思わずつぶやく。
「アデル…あなたという人は…」
取り巻き達も思わず、こいつやりやがったという顔をしてしまう。
状況のわかってないカイは見事に的を破壊したアデレードの魔法に拍手を贈っていた。
「やはりアデレード嬢は魔法がお得意なのですね。」
「ええ…まあ…そうですね。」
ティルは呆れながらカイの言葉に生返事を返していた。
ソレスというのは伊達ではない、確かにアデレードは魔法が得意なのだ。
ただそれには"ただし"の注意書きが付く。
ただし、"水系の魔法は大の苦手"である。
髪の色に似合わず、とは誰もが思っても口にはしなかった言葉だ。
昨日、突然口説いてきた?カイの目の前で今まで成功できなかった"ウォーターショット"を成功させたことは称賛に値するが…
周りとしては若干ドン引きであった。
そんな事はいざ知らず、カイは呟くのであった。
「さながら "湖水の妖精" と言ったところでしょうか。」
「………」
ふむ…メモメモ、"湖水の妖精"…と。
――――――――――
生徒たちの演習も滞りなく終わり、教師の方も後は持ち帰り評価をつけ今後の授業方針を決めるだけとなった。
そんな中、一人の生徒がカイを指差して言い放った。
「まだ一人終わっていないのでは?」
これには教師の方も苦々しい顔になる。
この生徒はハルゲルト・ソレス・ゲルミルム、ゲルミルム侯爵家の子息でありその言葉を無下に扱うことも出来ない。
だが、その矛先であるカイの方も先日事務の方から注意喚起があった人物なのである。
侯爵家の子息とケチな侯爵家とは違って結構な寄付金を積んできたすぐクレームを入れてくる男爵家の子息。
正直関わり合いたくないのが本音だ。
なので何とか誤魔化そうとする教師。
「トールソンは魔法が使えないと事前に説明があったはずだ。」
だが、これも無視してハルゲルトは続ける。
「ええ、ですが魔無しの魔法がいかなるものか、見てみたいと思いませんか?」
これに、周りの取り巻き達もニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
他の男子生徒たちは関わらないよう少し距離を置き、女子生徒たちは少々不快感を顔に出す。
だが、見たいか見たくないかであれば勿論見たい。
魔力が低いというのは貴族としては肩身の狭い思いをする、それが当主とあれば猶更だ。
だがそれは結局男の理屈である。
女子としては男爵家の嫡男で魔無しとあれば、もし嫁入りでもすれば完全に自分が主導権を握ることが出来るという思惑もあるのだ。
上流貴族であっても、子供を作るだけが仕事で夫に傅いて生きるか、下級貴族であっても夫に立ててもらって生きるか…
どうせ男どもは結婚したらすぐに側室か愛人を作る事を考え始めるのが当たり前なのだ…
とゆうか、既に違う女と関係を持っている証拠を掴んでいつでも手切れができる準備がある女子も多い。
今婚約者がいても十分天秤にかけるに値する、それがカイのように美男子であれば猶更。
訳アリ良品の札がついているのだからついつい吟味してしまうのもしょうがない。
それに何も自分の相手としてではなく、誰かに紹介するという使いかたも出来るのだ。
だが、それでもこの状況をどう乗り切るか…それは、今後カイをどう評価するか見極めるにも丁度いい機会でもあるのだ。
それも自分の手を汚さずゲルミルム侯爵家が率先してやってくれたとあらば、自らは関わらず観察にまわる…
これが理想の対応の仕方であろう。
これに露骨に嫌悪感を露にしているのがアデレードであった。
この明らかに晒上げるための行為、完全にアデレードの主義に反する。
時折耳にする高魔力者は神に選ばれし者であるという思想。
この男もそれに倣ってそのような思想を振りかざす人間であった。
その思想自体は別にアデレードとしては問題視しているわけではない。
現に高魔力者の能力、特に戦闘能力に関しては魔力の低い人間と比べると抗いようのない差があるのだ。
だが、だからこそだ。
高魔力者は自らが民を守る剣として自らを律しなければならないと考えているのだ。
故に、この男の低魔力者を貶めるという行為は同じ高魔力者として恥じでしかない。
だいたい婚約者がいながら魔力が高い女だからと言い寄ってきたこの男が昔から癪に障る。
なにが今の婚約者は側室にすればいいだ、不愉快だったのでご自慢の魔力で勝負をさせ叩きのめしたのだ。
しかし、だ。
本来ならば、ここで立ち塞がってこの行いを阻止するのだが、ここで一つ問題がある。
カイの出身地、トールソンである。
あそこは長年下賤な土地として不干渉を貫いてきた相手だ。
なのでこちらから恩を売るような行為をしたくはないのだ。
昨日はその不干渉の相手に文句を言いに行ったが、あれは王女であるティルに段取りも踏まずに単独で話しかけていると思ったからだ。
勿論その件に関しては後ほどティル自身から誤解であるという説明は受けた。
そして、昨日今日と会話した限り、カイという人物が受けた恩をそのままにしておくような人間には見えなかった。
もしカイが恩を受けたとするならば、その恩を持って対話のテーブルにつくことになるだろう。
アデレードとしてはそれには苦々しい気持ちがある。
トールソンが関わるべきではない土地だとして不干渉を貫いた事に関し、こちらの都合が全くなかったとは言えない。
そして、昨日カイが話した通り、同じ王国貴族として支援をしなかった…これもまた事実である。
なので、もし対話を始めるのであれば、その関係は先ずは対等であれと願うのだ。
そして歯がゆい思いをしているもう一人の人間がティルであった。
彼女もこの状況に動けないでいた。
その理由はというと、ティルが介入した瞬間、事が大きくなってしまうからだ。
ティルは自分の立場というのを理解している。
だからこそ、他人の諍いに対して口を出すことは少ない。
あってもそれは両成敗をするべき時と、明らかにやりすぎが見て取れる場合くらいである。
ちょっとした口喧嘩に王家であるティルが口を出すという事は子供の喧嘩に親が出るようなものである。
なのでこういう場合は「カイ様ごめんなさい」と関わらないよう、身を潜めヘタレるのがティルであるのだ。
そんな状況の中、当のカイ本人はというと…
なんと、トコトコと近寄ってくるではないか。
なんなら顔に「授業に参加できて嬉しい」と書いてあるかのような表情を浮かべ…
これには一同
((((はぁ??))))
という感じである。
カイは近寄ってきて発射点に立ちながら周囲に応える。
「あの的に当てればいいんですよね?ええ、構いませんよ。」
そう言いながら、少し小さいかなと思いつつも手ごろな石を拾う。
そして懐から紐のようなもの出してきた。
スリングという投石具でカイのいくつか常備している携行武器の一つであった。
手早く準備をし、石をセット。
「皆さん危ないので少し離れてくださいね。」
そう言って、周りの人間が十分離れた事を確認するとロープをひゅんひゅん回転させ始めた。
回転の勢いが十分ついたところでヒュッと石を解放すると的へめがけて石が飛んでいく…
そして見事的へ命中し、的を破壊した。
「しばらく使ってなかったので当たるか不安でしたが、よかった。」
久々に他の投擲装備の鍛錬もしなければ、せっかく時間が取れる期間なのだから帰ったらやるか。
そんなことを思いながら、生徒たちに振り返って問う。
「どうでしょうか、これが魔無しの魔法というやつです。」
………どうと言われても。
応えはポカーンである。
魔法を見せろと言われて見せたのがまるっきりの物理攻撃だったわけだ。
てっきり何かの魔道具で誤魔化すのかと思っていたのに、これは判断に困ってしまう。
そして案の定言い出しっぺはこれに文句を言い始める。
「まるで原始人の大道芸だな。」
男子生徒たちの間に小さな笑いが起こる。
ティルは少し困った顔だ、カイが笑われているのを見ていて気分がいいわけがない。
…が当の本人は全くそんなことは思っていなかったようだ。
「よくご存じですね!実はこの投石具、トールソンの森の中で発見された遺跡の壁画にも描かれていたんですよ。」
ん?何の話をしているんだ?
「もしや、考古学にご興味があるのですか?」
「い、いや、別にそんなことはないが…」
このカイの圧に引いてしまうハルゲルト達。
「では興味もないのにその発想に思い至ったのですね、素晴らしい!
それで、この投石具なんですが壁画を読み解くとどうやら古代では攻撃魔法ではなくこのような道具で戦をしていたようで…」
突然話題が明後日の方向へ飛んで行ってしまい混乱するハルゲルト。
それにうっかり乗っかってしまったのは、軍閥貴族出身の軍史好きの男子生徒だった。
「古代っていったいどのくらい昔なんだ?王国の歴史じゃ、攻撃魔法を使ってない時代なんてなかったと思うが。」
「王国の歴史は長く200年程ではありますが、その遺跡は風化具合から500~1000年以上は昔だと考えています…ただ、専門ではなく正確には正直不明ですね」
「1000年!そんな昔の遺跡が残っているのですか?」
これに食いついたのが古いものが好きな女子生徒。
そして、それに続いてカイの対応に合格点をだした瞬発力のある女子生徒達も集まってくる。
「そうなんです、面白いのが発掘してみると昔の楽器のようなものも出てきたのですよ?
構造を見てみるとどうやら魔道具の一種らしく。」
「武器ではなく楽器では使われている?変な話だな…」
「儀式などに使われていたのかもしれませんね。
ただ、復元して音色を聞いてみたいと思ったのですが、魔無しの身では魔道具など使えず…
人に任せるにしてもそんな骨董品なんてどうでもいいと予算を取るのに白い目で見られるし…
歯がゆい思いでいっぱいですよ。」
魔無しなど気にしていないのに楽器が使えなくて残念そうにするカイ。
それに対して周りも呆れるように笑ってしまう。
そして、これを好機とみた教師はこれにて一件落着と授業を終了させ、これ以上巻き込まれないようとっとと帰って行ってしまった。
そして、先ほど煽っていたハルゲルトとその取り巻き達も大人しく引き下がる事にした。
これ以上つついてティルが出てきては困るからだ。
何しろ、先ほど授業中にティルとカイが談笑していたのが見えていたのだから。
「おい、いいのか?」
「ああ、構わん。なにせ次は剣術の授業だからな。
お前らうまくやれよ?」
「ああ、なるほど。」
そんな解散ムードの中、アデレードは髪をクルクルといじりながらも先ほどの投石具について考えていた。
これは果たして笑ってもいいものだろうかと。
別に一般兵に対してならばあれで殺すないし気絶させるくらいは問題ないのでは?
勿論アデレードは魔法を使うので使わないが、攻撃魔法を使わない一般兵にとっては弓などが一般的な攻撃方法である。
投石具というのも知識として知ってはいたが、実際に見たのは初めてであった。
そして目の当たりにした攻撃力は攻撃魔法とそうは変わらないものだ。
原始的とは言っても、武器としての目的を果たすのであれば"運用次第"をつけられる程度のスペックは満たしているのだ。
これはトールソンという土地を隣にしているからこそ感じる蛮族に対する警戒から来るものなのかもしれない。
この原始人の武器の評価を見直さざる負えなかった。
そしてティルは別の事に思いを巡らせていた。
それは、先ほどカイ自身が話していた言葉である。
魔法とは神か精霊が手を貸している現象…
それでは、魔無しのカイは神様から一番遠い場所で暮らしているというのであろうか?…と。




