0019‐魔無しの魔法①
ティルは登校してくる際、非常に不安だった。
昨日の今日である、あれだけ言い合いをしていたアデレードとカイ。
二人がギクシャクするか、ギスギスするのが目に見えていた。
なので、教室に入った時の光景に度肝を抜かれたのだ。
「昨日のアデレード嬢のお話の中で気になったことがありまして…」
「あら、カイ様がどのようなことをおっしゃっても私は撤回いたしませんからね?」
「ええ、それは構いません。問題があった事は事実なのでしょうから。
ただ、北西…トールソンからは南東になるでしょうか…そこから来るという盗賊の事ですが…
今もその被害というのは続いているのでしょうか?」
な~んでこの二人は普通に会話しているんだ??
アデレードの取り巻き曰く、カイの方から話しかけてきたらしい。
私たちはちゃんと睨んだのだが微笑み返されなす術がなかった…との事。
どうやら彼女たちの非はなさそうだ。
そしてカイの質問にしきりに自分のドリルを指でクルクルといじりながらも、一度考えてから答えるアデレード。
ちなみにこのドリルをクルクルするのは癖である、きっとそうである。
無論、ティルも取り巻き達も初めて見た。
「そうですわね…、最近ではあまり聞かなくなったとは思いますが…
ですが私の子供の頃はそれはもう酷かったのですよ!?」
タンタンタンと机を軽く叩きながら抗議の声をあげる。
それに対して、過去を振り返りながら考え理由を推察するカイ。
「子供の頃というと…なるほど、トールソンで大規模な盗賊討伐作戦を実施した頃かもしれませんね…
それ以前だとトールソンを拠点に他領へ略奪に行っていたようなのですが。
盗賊たちの打ち漏らしが流れて行ってしまった…多分そういう事でしょう。
森の中にちりじりに逃げ込んだ奴らは大体魔物の餌になるんですが、偶にしぶといのがいるようで…」
「確か…盗賊たちが鬼が出たという話をしていたと聞いたことがありますわ。
そのころから北西の森は鬼が出るから近づくなと言われ…とても怖かったんですのよ?…て!」
普段では見せないような不安そうな表情にティルも取り巻き達もホゥっとしてしまう。
慌てて取り繕うったってそうはいかない。
「怖がらせてしまって申し訳ありません。」
「そうですわ!せめてこちらに一報入れてくれれば討伐隊の準備だって出来ましたのに!」
「それは…レイクヴェル側との交流が全くなかった事が災いしたとしか…。
連絡が取れなければ喧嘩もできない…そうは思いませんか?」
「それは…そうかもしれませんが…」
「この学園でアデレード嬢と出会えたのも何かの縁と思って、
どうかお互い歩み寄る道を示していただけませんでしょうか。」
ああ、とティルは思った。
これはダメかもしれないと。
アデレードは上から押し付けようとすると全力で反発するのだが、下手でおねだりされると度量を見せてしまうのだ。
勿論そこに悪意がない事が条件ではあるが…
ムムムと考えてから諦めたように口を尖らせため息交じりで答える。
「んもう…わかりました…次の手紙にでもお父様にカイ様の名前を添えておきすわ…。
ですが、名前を書くだけですからね!?」
「ありがとうございます。片隅にでも名前を知っていただけていれば緊急の手紙を開いていただける可能性が増えるというものです。
御父上には男爵である父の名前で親書を送らせてもらうことにします。
…そうだ、贈り物はどうしましょうか…何か好みの物とかはあるのでしょうか?」
名前を添えるだけ、そのはずだったのにどうやらカイは喋ってる間にその事を3秒で忘れたようだ。
より深い関係になるための段取りを始めてしまう。
アデレードも指摘すればいいものを、誠実な相手には元来人がいいのが災いしているようだ。
父親の攻略法をあっさり白状してしまう。
「お父様なんて、お酒を贈っておけば勝手に機嫌がよくなりますわ。」
「なるほど、お酒ですか!それならば取って置きをご用意させていただきます。
奥様には…お菓子…は日持ちがな~、あ、レシピごと渡してしまえばいいのか?」
「そういえばカイ様、聞きましてよ?なんでも使用人たちにお菓子を振舞ったとか…マドレーヌでしたっけ?」
そうそう、アデレードはああ見えてお菓子とかは好きなのだ。
負けず嫌いで男勝り、調子に乗せるとどこまでも登っていくが、ああ見えて女の子らしい物が結構好きだったりする。
なので珍しいお菓子に興味津々だったのだろう。
「え?ああ…アデレード嬢も召し上がりますか?…では今度なにかお持ちしますね。」
「是非にというのであれば食べてあげてもよろしくてよ。」
「それでは是非…よろしくお願いしますね。アデレード嬢の好みであれば奥様方もきっと好むでしょうし。」
うん…今お茶の約束をしたのだけれどアデルは気づいてるのかな?
ティルは理解した、この二人致命的に相性が良すぎるのだと…
トールソンは隣領で政略的にも意味はあるのだし、アデレードも婚約者がいないのだからカイと結婚してしまえばいいのでは?今なら王女殿下もつけるぞ?
そんな考えがティルの頭をよぎる。
勿論そんなことは思っていても言わないが。
窮屈だがティルがそれを言葉にしてしまうとそれは無視のできない意見になったしまうのだ。
だからこそティルは基本的には発言は極力少なめにして聞き役に徹する。
さてと、そろそろ授業の準備のために生徒達が移動を始めている。
魔法の授業のために魔法演習場へ向かうのだ。
この会話を気になって聞き入ってしまったがティルも移動しなければならない。
それはカイ達も一緒なのだが、カイは最後に捨て台詞を吐いてしまった。
「…そういえば、前髪を少しお切りになりましたか?」
「ひぇえ!?」
「ヴェルヌ湖には一度訪れてみたいものですね、大層美しい湖のようですから…」
「???」
「だって、アデレード嬢がその瞳に焼き付けておきたくなるくらいなのでしょう?」
「???………………………………っっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アデレードの反応を見る事もなくにこやかに去っていくカイ。
取り残されたアデレードはそれはもう大変なことになっていた。
「アデル様!お気を確かに!!」
「おのれカイ・トールソン!!よくも純情なアデル様を!!!」
そんな声も届かずカイは去って行ってしまった。
――――――――――
カイのクラスの生徒達は屋外にある魔法演習場に集まった。
本日の授業は魔法と剣術。
担当教師が変わるため基礎訓練を通して生徒たちの実力を測るのが今日の目的だという。
勿論、カイは魔法の授業は参加できないので見学だ。
魔法に詳しい有識者によると、カイが魔法を使えるという事は目が無い人間が物を見れるようになるのと同じこと…と言われてしまった。
そこまで言われれば、カイとしても意地でも魔法を使う…なんてことに時間を割くわけにはいかない。
全く見込みがない事に時間を費やすほど暇ではなかったのだ。
カイが見学席に移動すると意外なことにそこにティルも現れた。
「殿下、なぜここに?」
その問いにティルは困ったように答える。
「あはは…、実は入学直後にちょっとやらかしてしまいまして…、ここで魔法を放つと街が危険だという事で、授業免除になってしまったんです。」
チラッと最近修復されたような跡のある演習場の壁を見た。
なるほど、随分前衛的なデザインだと思ったらティルが空けた穴だったらしい。
角度的に街の方向でなかったのは不幸中の幸いというやつであろう。
ただ、その修復された跡がまるで波動砲でも打ったかのような大きな穴であることは驚きだ。
どうやらティルは魔力制御が大変苦手の様子。
「練習はしてるんですよ?休みの日にたまに王都の外の広い場所に行って…
ただ、毎回動植物に酷い事をしているという罪悪感が物凄いというか…」
しかも一回打てば燃料切れで練習は終了。
"ストレス解消に行ってるのでは?"という噂を聞いたことがあるのだが、ティルとしてはストレスはたまる一方である。
「あ!でも最近では大分控えめでも撃てるようになったんですよ?
もう街は壊しません!」
まるで、過去に街を壊したことがあるような物言いに死人が出ていないことを祈った。
ティルの名前ティルセニア・ディルソル・エルデバルドのディルソルというのは魔法名であるが、このディルソルというのは元々は存在しない名前だった。
ティルが教会で洗礼を受けた際、その魔力が記録にはないほど強いものだったことから、新たに作られた名前なのである。
つまりそれほどまでに強力な魔力を保有している…のだが全く制御できておらず宝の持ち腐れとなっているのだ。
この歳まで制御が利いていないのであれば、周りとしては将来できるお子様に期待します状態となってしまっている。
ちなみに、魔法名の示す各階級は次の通りとなる。
SS:ディルソル(神格級)
S :ディル(伝説級)
A :ソル(英雄級)
B :ソレス(騎士級)
C :ミル(衛士級)
D :ミルズ(兵士級)
E :コル(一般級)
- :魔法無し(魔無し)
魔力量はほとんどが血統が大きく影響しているようで高魔力を持つのは貴族が多い。
また、鍛錬により階級差を覆すことは可能ではあるが、一階級違えば別の種族と言われるくらいの能力差はある。
そして平民のほとんどがコルとなり、ミルズがたまにいるくらい、ミル以上となる事は稀だ。
ミルズだと平民でも軍に入れば割と優遇されるし、ミルまで来ると貴族に直接スカウトされるようになる。
では貴族ではどうかというと、おおよそミルズ~ソレスが一般的だ。
コルだと肩身の狭い生活を強いられるだろう。
逆にソレスであれば一流扱いを受けることが出来る。
そして、ソル以上はというと、これらはもはやバケモノと言われる類であり軍事的に重要な地位を約束される。
トールソンではこの魔法名というものをほとんど名乗ることが無い。
名乗るとしたら元"黒士団"のメンバーくらいだろう。
別に好きで名乗らないのではなく、教会という機能がほぼ壊滅状態になっていたことが原因だ。
教会の施設自体を復旧させたはいいが肝心なソフト部分が無かったのである。
どこぞの神に仕える神官でたまに森を抜けて巡回に来る猛者もいるのだが、こいつらは娼館に直行して豪遊して帰るなどとんでもない奴等だったりする。
トールソンなら半鎖国状態になってるから遊んでもバレないとでも思っているらしい…実際その通りなのが悲しい。
しかも、そいつらよりにもよって妹を舐めまわすように見て夜に寝室に来るよう言ってきたのだ。
とりあえず魔物の餌にするよう指示を出したのだが、すんでの所で中止となった。
どうやらその神官達、娼婦に自分たちのトクのある行為を自慢していたらしく匿名でタレコミがあったのだ。
それからはそこそこいい関係を気づけていると思う。
カイとしてはピキピキだが、大人しくしていてくれれば貴重な外貨を落としていってくれる旅行客でもあるから何とも言えない。
そんなわけだから、トールソンの教会はカイとその辺で腐っていた生臭坊主が色んな神様の教典などをやけくそで都合のいい部分を切り貼りしたでっち上げの新興宗教だったりするのだ。
勿論そんなもので"洗礼"なんて高尚な事ができるはずもない。
ただそんな宗教でも民衆にとっては重要らしく、トールソンの民であってもお祈りするときは割と真面目にやるのだ。
教えの内容ではなく神様が自分たちを見守ってくれている…そう感じることが大切なのかもしれない。
カイとしては内心、汗ダラダラなのだが。
後々宗教戦争とか起こったら困るので"宗教とは守るものではなく受け入れるもの"と、いいセリフ風に適当な事を言って予防線を張っておいた。
授業は今日の所は教師が実力の確認をしたいという事から、生徒たちが次々に的に向かって攻撃魔法を放っていた。
流石は王女殿下のクラス、皆次々と的に命中させていく。
ファイアアロー、ウォーターショット、ロックバレット…色とりどりの魔法が次々と飛んでいきカイとしてはちょっと感動を覚える。
この<基礎魔法>は王国軍では割とポピュラーな攻撃方法だ。
燃費が良くミルズ程度の魔力でも適正しだいでなにがしかの初級魔法を放つことが出来ることが多い。
補給の必要な弓などより使い勝手がいいらしい。
ただ、実はトールソンでは攻撃魔法というものをあまり使わない。
トールソンに集まる人間はつまはじきにされたような連中ばかりなのだ、生活魔法くらいならいざ知らず、攻撃魔法など使えるのはほとんどいない。
そして主たる原因はカイの妹が「石投げた方が早くね?」と身もふたもない事を言ってしまった事だ。
いやいや、そんなわけ…と言いつつとりあえず人を集めて検証した結果「石投げた方が早くね?」となってしまった。
身体強化して石を投げる…それだけでロックバレット(笑)となり石をその辺で拾うだけで超低燃費。
多分、石を物質化するための魔力を使わなくて済むからなのだろう。
そして、トールソンで戦う相手はその多くが魔物であり、トールソン名物である魔物の氾濫対応では継戦能力が重要という事もあって、雑魚に対しては石投げが主戦力となったのだ。
勿論これはそこそこ魔力がある人間の話で合って、そもそも攻撃魔法など使えない人間は弓や投石具などを使用する。
魔法にはこれらの攻撃魔法や防御障壁と呼ばれる<基礎魔法>の他に重要な要素がある。
それが、<血統魔法>や<固有魔法>の存在だ。
これらは<基礎魔法>とは一線を画す、それこそ奇跡と呼べるような現象を引き起こすことが出来る魔法である。
<血統魔法>これはその名の通り血筋により使えるようになる魔法の事である。
貴族などがこれを代々継承していくことがある。
また、有名なのが獣人たちが好んで使う<獣化>、結構な数の獣人がこの<獣化>を使え、使用時に身体能力などを飛躍的に上昇させる。
今現在エルデバルド王国が戦争をしている東のヴゥルムランドは獣人主体の部族群であり、この<獣化>こそが国力に勝るエルデバルドが苦戦を強いられている原因なのだとか。
そして、最後に<固有魔法>なのだが、これは正直に言って習得方法が不明なのだ。
物心ついた時から使えてたとか、後天的に使えるようになったとか…
魔力量が高い方が習得しやすく本人の性格などの資質が大きく関わっていると思われるが、魔力量によらず習得する事もある。
そんな<固有魔法>だが、その効果は絶大でもし何某かを習得できることがあれば引く手あまたとなるだろう。
ティルが生徒たちの魔法を羨ましそうに眺めているのを見ていた。
カイもティルよりも深刻に魔法が使えないので同じとは言えないが、その気持ちが多少はわかる。
なので暇そうにしているティルに一つの疑問を投げかけてみた。
「殿下は魔法とは何だと思います?攻撃魔法などの現象が発生する条件はなにかと聞いた方がいいでしょうか…」
「魔法の条件ですか?…ええと、教科書通りではありますがイメージの具現化ですよね。」
「ええ、それが一般的な解釈ですね。イメージの具現化、これを魔石などに刻み込み常識化したものを魔道具と呼ぶ…」
「それがなにか?」
「いえね…昔から疑問に思っていたことがあるんです。人のイメージとはそんなに明確なものなのかと…」
これがカイにとっては昔からの疑問であった。
絵を描かせると何を描かせても見事なキュビスムを描く画家ですら魔法は使えるのだ。
本当のこの人たちはイメージで魔法を使っているのか、と疑わざるを得ない。
「殿下はライトという魔法は使えるでしょうか?」
「もちろん。」
そう言って、鼻を膨らませたティルが放った突然の目つぶし攻撃に二人は目をやられていないかシパシパさせて確認する。
これはレンズを用意すれば光学兵器になるんじゃないか…などとどうでもいい事を思いつつ話を続ける。
「皆さん何気なく使っているライトは光を発生させるものです。
では光のイメージとはいったい何なのでしょうか?
物理学を学び、数式を紐解いたとしてもそれを説明出来て、それを実際にある物として描ける…
そんな天才が本当にこんなにたくさんいるものなのでしょうか?
人の想像力とはそんなに偉大な物でしょうか…。」
正直言ってカイの言っている物理学だとか数式だとか何を言っているかはさっぱりだった。
だが、カイの言っている事の本質はそこではない。
ティルはライトを使う時にイメージしているのは何なのか?
それはただ単に明るいものとした漠然としたものだ。
何故光るのかなど考えた事もない、そういうものとしてとらえていた。
では、火の魔法は?
火が燃えるものだとは知っていても、火の熱さなど手を入れた事などないのだから知るわけがない。
漠然と熱くて当たり前の物としてとらえている。
「明確なイメージとかではなく、実際はもっと大雑把な方法で魔法を使い、別のなにかがそれを手助けしている…
魔無しの俺としてはそのように見えてしまうのです。」
今まで当たり前だった世界に突如としてケチをつけられ、途端に不安になるティル。
「別のなにか…それは一体どういう存在なんでしょうか?」
「そうですね…ここでは精霊とか、神様…とでもしておきましょうか。」
「神様ですか…なんだか突飛な話。」
「人間の想像力の限界に神様がいるのかもしれません。…なんて、なんだかとってもファンタジーなので秘密にしてくださいね。」
そう言って少し恥ずかしそうに笑うカイに、何やらホッとするものを感じてしまうティルだった。