双子の黒竜と異界の女
ぐるっと城の近くを一周して戻ってきたナキアスが私の部屋のバルコニーの近くまで来ると、その先でナルヴィが両手を広げて待っていた。私はそのまま彼の胸に飛び込む。その後ろから空中で人の姿に戻ったナキアスがふわりとバルコニーに降り立った。以前バルコニーから私の部屋に侵入した事があったけど、こうやってやったのね。
私を受け止めたナルヴィがぎゅっと抱きしめてきた。耳元で私の名前を呼んだ声が今にも泣きそうで、私はそっと彼の背中を撫でた。
「ごめん、チヒロ」
「ナルヴィ。もう、いいのよ」
「レビエントにはチヒロの事、全て話したよ」
「……そう、ありがとう」
一人が私を連れ出して自分達の正直な思いをぶつけ、もう一人は私のためにレビエント殿下に話をする。最初からそのつもりだったんでしょう。私は彼ららしい行動に感謝をこめて一度だけぎゅっと腕に力をこめる。
そしてナルヴィの腕から抜け出し、突風に晒された後でも動揺も乱れもないレビエント殿下に頭を下げた。
「突然のご無礼をお許しください」
「貴方を想う故の行動を無礼だなんて思わないよ。それで、君はどうしたい?」
「出来れば、直ぐにでもアカリさんにお会いしたいのですが。彼女は紅の国に?」
「あぁ。今は妹の子守を頼んでいるよ」
「なら、殿下がご帰国なさる時に一緒に連れて行っていただけないでしょうか?」
私の願いに、レビエント殿下はナキアスとナルヴィに目配せする。そして頷いてくれた。
「分かりました。同伴を許しましょう」
「ありがとうございます!!」
「お礼を言うのは私も同じです。どうかアカリの為に力を貸してください」
「はい。勿論です。……あの、殿下はいつまでこちらに滞在のご予定ですか?」
「今夜一晩お世話になって、明日の昼には此処を発ちます」
「分かりました。準備をしておきます。よろしくお願いしま……きゃっ!!!」
再び突然の浮遊感。何かと思ったらナルヴィが私を抱えていた。しかもお姫様抱っこで。
「ちょっと!! ナルヴィ何してるの!」
「だって明日から紅の国に行っちゃうんでしょう?」
「……そうだけど」
「なら、それまでたっぷりチヒロを堪能しておかなくちゃ」
嬉々として語る男の色気を滲ませたその表情に、私の顔から一気に血の気が引いた。
「な…あ……あんた達、まさか……」
「さ、時間が勿体無い。早く寝室に行こうね、チヒロ」
「えっ! 嘘でしょ!! 待って、待ってってば―――――!!!」
助けを求めてレビエント殿下を見れば、彼は絵画のような美しい笑顔でこちらにヒラヒラと手を振るだけ。まさかこの人、明日の朝ではなく昼に出発すると言ったのはこの事を見越していたからじゃないでしょうね?
私が絶望感に打ちひしがれている内に気づけばカーテンの閉められた寝室のベッドの上。そして私に覆いかぶさりながら優しい声で愛を囁く二人の男。
「大好きだよ、チヒロ」
「愛しているよ、チヒロ」
耳から入り込んだ低音が私の体を震わせる。
私、無事に紅の国に着けるのかしら。前途多難だけれど、なし崩しになんか絶対させませんからね!!
やがて夜も更け、二人の腕の中でまどろみだした頃、『お二人が貴方を選んだのがまるで運命のようです』というレビエント殿下の言葉の意味を教えてくれた。黒竜は大地を愛する一族。『悠久の大地』を名に持つ私に黒竜の血を濃く引くナキアスとナルヴィが惹かれたのはまるで運命に導かれた様だとレビエント殿下は言っていたのだ。
(私は、運命に逆らおうとしているのかしら……)
運命に逆らって、自分を愛してくれている二人を置いていこうとしている。
(ごめんね。ナキアス、ナルヴィ)
二人の気持ちを痛いほど受け止めながら、それでも私は自分の決めた道を進む。故郷に、日本に帰る道を。
一度だけ自分から二人にキスを落とした。驚いた顔をした二人に、『ごめんなさい』は言えなかったけれど。
いつか訪れる別れの時が悲しみだけに染まるのでなければ良い。今の私が二人の為に出来る事は、そっと天に願う事だけ。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
ここで『不埒な双竜とアラサーOL』はおしまいになります。
頑なに日本へ戻ろうとする千紘姉さんのお陰か、個々の物語が繋がり始めました。
明らかに次への“ひき”を残したままで申し訳ございません。
そんなこんなで次話はまた新たな国へと舞台が移ります。
このシリーズの年内更新はこれが最後です。
新しいお話の連載スタートは年明け後、しばらく準備期間をいただきます。
本年は大変お世話になりました。新しい年と共にまたよろしくお願い致します。
2012/12/29 橘




