第25話 慟哭
「翔、てめぇ取り逃したんだってなぁ? 昔の翔だったらそんなことはなかったんじゃねぇのか? あー?」
虎が悪役のようなにやけ面を浮かばせながら俺に突っかかってくる。……俺が昨日、虎に向けて言ったことをそのまま返してきている。根に持ってたんだな。そして、昔の自分と比べられることがこんなにも腹が立つとは。
「あぁ。取り逃がした。取り逃がしました。言い訳も何もしない」
「おい。このおっさん開き直ったぞ」
「虎。あまりいじめるんじゃないの。翔だって頑張ってるんだから」
「蘭さん……。あなたはこの騒動が始まってからずっと楽しそうですね」
「あらあら。そんなことないわよ?」
蘭さんの悪意のある返しにへこたれそうになる。因果応報ってこういうことなんだろうな。自分が言ったことは自分に返ってくる。学びになる。
「み、みんな。翔さん情報拾って来てくれたじゃないか。その情報整理をしようよ」
「天……。お前は昔からそういう奴だよな。おじさん、泣きそうだ」
俺が泣き真似をしていると、虎が「いい歳して気持ちわりぃ」と言ってきたので、俺はいよいよ堪忍袋の緒が切れて虎のヘッドロックする。そのまま、今後の方向性をみんなと共有する。
「ということで、ネヴァとコピーネヴァの総称は双子AIと表現したいと思う。双子AIがどこに行ったかはこれから俺と蓮で調べていく。居場所が判明し次第、天と虎には動いてもらうから、それまではしっかり休むように」
全員が、こくりと頷く。俺の脇の下で暴れている虎以外は。虎もとるに足らんな、蘭さんの言う通り飼い猫みたいだ。
優越感に浸っていると。虎は俺の腰あたりを両手で抱きかかえ、一気に天井へ向かって持ち上げる。
――浮遊感。空中で仰向け。そして、次の瞬間、両足の裏が思い切り床に叩きつけられると同時に虎の膝が俺の腰に決まり強い衝撃が襲う。
「っっっ~~~!! と、虎……。お、ま……俺……腰が弱いの……知って……」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろうが!」
「うわっ! 翔さん、翔さん!? 大変だ、意識レベルが下がってる!」
「うっせぇ、ほっとけ」
「あらあら。医者がそんなんでいいのかしら」
「愛ちゃん、今さ、変な音なったよね。ぐぎぃって」
「うん……。かなり痛々しい音が……」
「腰痛悪化した可能性88.3%、だな」
俺は天に背負われ社長室のベッドまで運ばれた。……虎は飼い猫なんかじゃない。猛獣だ。あまり構い過ぎるのはやめようと心に決めたのであった。
「翔さん。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。身も心もボロボロだ」
天は苦笑し、俺が寝ているベッドに腰かける。……その横顔は、朝と比べると少しだけ血色がよくなっているような気がした。奏ちゃん、しっかり休ませてくれたんだな。
「今日はいっぱい休めました。気を遣ってもらってありがとうございます」
「昨日、アイコーポに着いたのは何時だったんだ?」
「何時だったかな。深夜の三時くらいだったかと思います」
「……大変な仕事だな、本当に」
天は困ったように笑う。……この笑い方をしているときは、辛いのを隠す時だ。そして、片手で後頭部をかく。二十後半の若者が、そんな愁いを含んだ顔をするな……。天は目を伏せながら、静かに話し出す。
「昨日、少年AIを制圧した後、ユナイテッドシティの館内で娘さんを助けてほしいと懇願してきたお母さんがいたんです。そのお母さんについていったら、娘さん、もう亡くなってて」
奏ちゃんからすでにその情報は聞いていた。『英雄なら助けろ』……何とも言えない。俺には子どもがいないからその母親の気持ちを完全に理解するのは難しい。
だけど、もし。もしもだ。俺の仲間が同じように瓦礫の下敷きになっていたとして。しかも、亡くなっていた場合。……平静ではいられないと思う。言葉の刃を誰かに対して向けざるを得ない精神状態になっていた可能性はある。
だから、今回の母親を責めることはできない。
「俺、なんで英雄なんだろう。……ただの、小鳥遊天なのに」
「……そうだ。お前は、ただの小鳥遊天だよ」
「翔さん。俺、英雄なんてやめたい。……辛い。…………辛いんだ」
初めて。初めてだ。天が泣き言をいうなんて。
俺は、悲鳴を上げそうになる腰の痛みを無視して体を起こし、天の首に腕を回して強く抱きしめた。身体はがっしりとしている。日々鍛えているんだろう。みんなを守るために。みんなを救うために。
人は、残酷だ。
最初は感謝していたのかもしれない。……でも、いつからだろう。
『英雄なら助けてくれる』『天なら何とかしてくれる』
そんな期待が、いつしか当たり前になった。
世間の英雄・小鳥遊天は、強くて、なんでもできて、無敵の存在になっていた。
……その結果がこれだ。
天はまだ二十七歳だぞ。レスキュー隊の隊長なんてやる年齢じゃない。まだ誰かに何かを教わって、失敗して、それでも成長していく年齢じゃないか。
つくられた英雄像のせいでここまで追い詰められて……。
俺は天を抱きしめる力を強くする。
「いい。もうやめろ。英雄なんて。世間の言うことなんて気にするな。俺は……、俺たちは天が辛い姿を見るのがもう嫌なんだよ。そんな悲しい顔して笑う姿を見るのは嫌なんだよ。お前が誰かを助ける前に、天が救われて欲しいんだよ」
天の肩が揺れる。最初は小さな揺れだったが、大きな揺れになる。そして、聞こえる嗚咽。俺は天の背中を優しく叩く。憑き物を落とすように。
普通の少年だったんだ。それが十年前のアイコーポ騒動を解決した英雄と勝手に崇められてしまった。天は今も昔も優しい子だから、みんなの期待に応えるため頑張り続けた。
でも、もういいじゃないか。頑張らなくたっていいじゃないか。
俺たちの大切な天をもう誰も傷つけないでくれ。もう誰も期待しないでくれ。……放っておいてあげてくれ。
俺は、天の溢れる涙がおさまるまでずっと抱きしめ続けた。
……だけど、天はきっとこれからも人を救い続ける。
身体も心も限界なのは本人が一番分かっている。
早く。一刻も早く。双子AI、そしてボスの居場所を突き止めて災害の発生を止めなければ。




