第11話 内診
「……坂本さんはなんて言っていましたか?」
「ふふふ。なんて言っていたか? あなたが一番分かってるんじゃないのかしら?」
「……参ったな。ここまで頭が切れるヤツだったとは」
「大方、多方面からこのクリニックの情報を集めたのでしょう? 矛盾があったから違和感に気づけたわ。多方面から情報収集をする上で大切なことは矛盾をゼロにしなきゃいけないことね」
私は椅子からゆっくりと立ち上がった。そして、訪問者との距離を一歩、また一歩と詰めていく。さっきまで浮かべていた笑みは、もうない。目を見開き、互いの吐息が聞こえるくらいの距離まで近づき、身体を屈めて私は低い声で脅す。
「……なんでおどれら、オレらのこと嗅ぎ回っとるんや? 何が目的や。……下手な真似しよったら、ただでは済まさんぞ?」
訪問者の表情から、すっかり余裕が消えた。十年前に翔から聞いたAIと人間の見分け方を思い出し、近づいたついでに瞳孔を確認する。……よく分からないけれど人間の瞳孔と変わりなく見えるわね。まあ、今更この男がAIであろうが人間であろうが態度を変えるつもりはないけれど。
「十年前のアイコーポ騒動の時の英雄……。小鳥遊天だけにスポットライトが当たりがちだが、実際のところは小鳥遊天以外にも六人関係していたと調べがついている」
「あの時は世界中に私たちの顔が晒されたもの。私は日陰者だから当時は困ったわ」
アイコーポ騒動後、天くん以外もマスコミに追われて大変だった。けれど、マスコミ的に天くんと奏ちゃん、そして翔がメディアとして扱いやすかったようで私へのマークは比較的早めに外れたのを記憶している。
「もう一度聞くわ。……何が目的で、私たちのことを調べているの?」
私と男は互いに額が接触しそうな距離で睨み合ったままだ。……男は何も喋らない。私の睨みにたじろがないというだけで、この男が普通側の人間ではないということが分かった。
空気がピリピリと震えるような緊迫感。一触即発とはこのことね。
――すると。男は急に地面を蹴り、私から距離をとるべく椅子ごと後退した。
「お前はこれから始末されるんだから聞いたところで、だ!」
「へぇ。やってみなさいな。ひよっこが」
私も負けじと床を蹴り、椅子が後退した分前進する。デスクの引き出しから、瞬時に鎮静剤のシリンジを掴み取り、それを男の首元へ突き刺した。
「ぐ……!? あっ!?」
男はそのまま椅子と共に後ろへひっくり返り、身体をビクンビクンと三回ほど跳ねさせる。……人間だったらこのまま眠る。AIだったら……どうなるのかしらね。痙攣後、男は動かなくなった。涎をたらし、気を失っているように思える。私は男に用心深く近づこうとすると――。
男の身体は人間ではありえない動きをし始める。白目をむいたままブリッジのような態勢を取り出した。そして、私は瞬時に思い出す。昨日、天くんが捕獲してきた蠍AIのことを。人型から蠍型へ変貌したと言っていたわね。
「ウア? ナニ? チ、ガウ。チ、ガウ! ヘンケ、イ、ナン、テ? モ、カンガエ、ラレナク?」
私は目を細め観察を続ける。意志に反して変形が起きているような言い方ね。捨て駒と言ったところかしら。知性を全く感じられない顔……。ほんの少しだけ同情するわ。
上半身と下半身が分かれ、その分かれたところから機械類がむき出しになって、再編成を行おうとしていた。このまま見ているだけだと、変形してしんどい思いをしそうね。
……機械のことは専門外だけれど、人間であれば今は内臓が剝き出しの状態ということよね?
私は片足を高々と振り上げる。機械の割れ目。そこから覗く内部構造。どこが重要な部位なのかなんて、私には分からない。でも――。
これだけ無防備に露出しているなら、狙わない理由もないわ。
「医療現場は一昔前から、カスタマーハラスメントには毅然と対応しているの。……暴れる患者さんには、強制退院してもらいましょうか」
――もっとも。
「最初っから、帰すつもりなんてあらへんけどな」
踵を、機械の割れ目へ叩き込んだ。電線がブチブチと音を立て引き千切れ、鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音が診察室に響いた。
私の一撃に耐え切れず、上半身も下半身も床に叩きつけられ、機械油と火花が血飛沫のように診察室に散らばった。
短い悲鳴が聞こえたかと思うと、ビリビリという漏電音だけを出しAIは動きを止める。
しばらくの間、その場に静止したまま私は観察を続けた。……明らかに、壊れたという表現がぴったりな状態だ。うんともすんとも言わない。いよいよ私はAIに近づく。
「……私たちのことを調べたということは、貴方のことを調べても文句は言えないわよね」
最後の確認で、男の頭を靴のヒールで踏みにじる。やはり、無反応。私はメスを高らかに上げ、AIに向かってお辞儀をする。
「あなたの“ナカ”確認させて頂戴ね?」




