↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI WORLDー十年後の君たちへー  作者: とっぽい
Archive 02 千歳 蘭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/30

第9話 合言葉

 クリニックへ帰ると、虎がソファに座っていた。今は夜中の二時。緊急の電話でも入って対応していたというところかしら。……いえ、きっと違うわね。大切な人に何かあった時の顔をしているもの。


「……天。どうしたんだ」

「あら、やっぱりあの時起きていたのね。狸寝入りして盗み聞きなんて趣味が悪いわ」

「真面目な話だ。……電子カルテの診察記録。全部見た」

「……悪い子ね。私もパスワードを長らく変えてなかったから不用心だったわね」

「あいつ、人のこと助けている場合じゃねぇだろ」


 虎は眉間に皺を寄せて、顔を伏せている。医者だからこそ、私の診療記録を見たら切迫した状況だというのが把握できてしまったのね。私は虎の横に腰かけながら話を続ける。


「虎は……。どうすればいいと思う? 友達としてでも、医者としてでもいいわ。意見が欲しい」

「…………。休ませる」


 虎は長い沈黙の後、一言呟く。虎らしい答えだわ。


「具体的にはどうするの?」

「オレが天の家に行って休ませる」

「虎の仕事はどうするのよ」

「病院の仕事は免除されてる。R-METの出動要請は……まぁ従わないといけねぇだろうけど。小規模な災害であれば天は必要ねぇだろ。そこら辺のことを、隊員に事情を話して調整してくる」

「あらあらあらあら……」


 虎、今私は感動して涙が出そうよ。……友達のためにここまで必死に、しかも現実的な解決策を提示するなんて。


「正直、私は天くんこのまま悪くなっていくと思っていたけど。……天くんには心強い仲間がたくさんいるものね。私の杞憂で終わることを願うわ」

「縁起の悪いこと言うな。医者なら治すことだけ考えろ」

「言うようになったわねー。この青二才」


 私は虎の頭をわしわしと撫でる。やめろと言いつつも抵抗をしない。

 虎に『医者なら』なんて説かれるとは思いもしなかったわ。私はすっかり大人になった虎の横顔を見つめ、微笑む。


「さ。朝になったらいろいろ動かなくちゃいけないんでしょ? 今度はベッドで寝なさい」

「ん……。朝飯、肉系で用意しておいてくれ」

「はいはい」


 虎はここに住んでいたころの自分の部屋に入っていった。

 天くんの心の状態は、良くない。本来であれば、ちゃんとした病院で見てもらう状況ではある。だけど、本人が受診を拒否している以上、私たちは見守り支えることしか出来ない。

 虎が居なくなった広い処置室で、私は深い溜息をひとつ吐いた。その吐息だけが、静まり返った室内にゆっくりと余韻を広げていく。

 ……虎の作戦が成功することを願うばかりだ。




 朝、虎の出勤を見送ってから私はクリニック業務を始める。とは言っても、ワケありの人たちが来るクリニックだから基本混むことはないし、業務らしい業務はないのだけれど。私は紅茶を飲みながらネットニュースを確認する。昨日の成南高校爆破事件が、どこのページでもトップ記事として挙がってきている。


『またもAIが災害を引き起こす! 新規発足のR-MET大活躍。英雄、小鳥遊天AIを一刀両断! 成敗!』


 ……これは人間の書いた記事ね。


『AIがなぜ暴走しているのか。十年前の悲劇再来? 人間によるAIの支配がはじまっている可能性?』


 ……これはAIが書いた記事。

 どちらも自分の都合の良いように書いている。ニュースは半信半疑で見ないとダメね。今の世の中は情報が溢れすぎている。結局のところ最後は自分で信じるものを決めないといけない。


「あら……。これ、虎じゃないの。保存保存」


 天くんが蓮くんを背負っていて、その隣を歩く虎。その写真がネットニュースとして挙げられていた。『R-METの一員、千歳虎。首都圏の病院で研修医として働く傍ら、この度、英雄・小鳥遊天からの推薦を受けた人物として、今後の活躍が期待される』


「息子が良いことで有名になる親の気持ちってこんな感じなのね」


 良い気分で紅茶を飲んでいると、クリニックのインターホンの音が聞こえてくる。私は訪問者をカメラで確認する……が。そこに映っていたのは見覚えのない男性だった。偶然ここにたどり着いて診察をして欲しいという人物はいない。だから、誰かの紹介でここにたどり着いたというのが常だ。


「『どちら様ですか?』」

「『熊谷です』」

「……お入りください」


 この“熊谷です”というのが今の合言葉だ。立地が繁華街なので、柄の悪い連中が来るときもある。そういったトラブルと遭遇しないためにも合言葉を定期的に変えている。

 クリニックの入り口が開き、見知らぬ男が入ってきた。随分とまぁ特徴のない風貌ですこと。中肉中背。服装もありふれていて、街中を歩いていても誰も振り返らないでしょうね。

 ――普通過ぎる、というのもどうなのかしら?

 私は口角をうっすらとあげ、柔らかな雰囲気を出しながら対応する。


「どちら様からのご紹介かしら?」

「坂本さんからの紹介です」

「あら、坂本さんから?」


 苗字を聞いた瞬間、私はわずかに眉を上げる。最近クリニックには来ていないけれど、《《大人の事情》》もあってよく連絡を取り合っている人物だ。


「では……『本日のご用件は何かしら?』」


 男は一瞬だけ黙った。そして、少しだけ口角を上げる。


「ああ、これが坂本さんの言っていた合言葉ってやつですね」

「……ええ」

「『用件はございません』」

「正解」


 私は笑顔のまま男の隣を横切り、クリニックの入り口の鍵を閉める。

 ガチャリ。

 無機質な鉄と鉄が嚙み合う音がクリニックに響き渡る。


「どうぞ。こちらへ」


 男を診察室へ案内しながら、私は横目でその姿を観察する。

 ……すでに診察は始まっている。紹介者の名前を知っている、それだけでは信用しない。合言葉を知っている、それでも信用しない。紹介者の名前と合言葉を知っていることは、このクリニックに入り、診察を受けるための最低条件に過ぎない。


「おかけになってください」


 男は私の言う通りに診察室の椅子に座る。私は電子カルテを起動させた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。