92.お祭り男
──あれから合同練習も何とか順調に? 進み、いよいよ週明けにはNYに向かうことになったのだが……例の如く先生の突然の提案に全員が振り回されていた。
◆◇
──ガチャリ
「すいません御神先生、現地の美術から電話です」
珍しく学院の事務員さんが、練習室にまで先生を訪ねて電話を持ってきた。
その姿に先生は明らかに不快感を見せたが、事務さんなのでそのまま受け取っていた。
「は? なんで佐々木じゃなくて俺にだよ」
◆◇
『すいませんお忙しいところ、緊急案件でして。ツリーに用意する電源が足りません。発電機使うと音がどうしても出ちゃいますし、どうします?』
『はぁ? ありえないだろ。何本用意したんだ?』
『ホール一階入り口に特大の5本、二階入口2本、舞台上両サイド2本とセンター1本、二階席左右2本の合計12本です』
『……当たり前だろ』
どういう説明したんだよ佐々木の阿呆が。
『ホール入り口2、二階入口2、客席二階席のは小さくして照明でカバーして単独で光らなくて良いから。それでも足りないなら舞台センター廃止、両サイドだけで』
『それなら行けると思います! あっ! 正面入口は特大の用意しますから! ロックフェラー目指すんで!』
『……あ、ああ。よろしく』
大丈夫かよ。うちの美術担当……
何処目指してるんだよ。
電力足りなくなるサイズってどんなツリー用意してるんだよ……うちクラシックコンサートなんですけど……
待っていた事務員に礼を言い電話の子機を返すが、少し不安になり額に手を当てた。
◇
「せんせ? 大丈夫だったんですか?」
「多分な……」
「あ、明日衣装届くから試着して直しないか見とけよ」
「クリスマス仕様のですか? 楽しみ~~」
忙しくはなってきたけれど、やはりクリスマス近くなるとワクワクしてくるのは何でだろう?
「そう言えば、タカシのサンタ案はどうなったの?」
ユーリさんがニコニコしながら近づいてきた。
その声に先生が即答する。
「しないです」
「えええええ、見たいのに~~先生のサンタさん! やりましょうよ~~見たいもん!」
「却下」
真顔で答えた先生に見上げてみたが、頭を軽く叩かれそのまま逃げられた。
「タカシって今回、自分の衣装頼んでないの?」
「あっ! そう言えば電話で佐々木さんにお願いしていたような?」
「なんだ、やる気満々じゃん。なら大丈夫だよ。あのタカシがじっとしているわけないよ」
何か先生のイメージが崩れて行くんですが……
ユーリさんの楽しそうな顔を信じて待つことにしましょうか……
◇
無事打ち合わせも終わり、帰りの車の中で先生が笑いながら言う。
「いつか子供も入れる本格オケやりたいなぁ」
名門フィル主催で行われる格式高いホールでのクラシックコンサートは、一般的に未就学児不可で行われる場合が多かった。
そんな中、先生の優しい顔を見ていると、本当に先生なら夢ではなく実現してしまいそうな気持ちになる。
先生の肩に無言で頭をのせる。
何も言わないけれど、それを避けようとしなかった先生に穏やかな気持ちになれた。
実現したいですね貴志さん。
◇
「せんせ~~何かワクワクしますねぇクリスマスですよ。もう直ぐ」
「毎年仕事ですけどね。何が欲しい?」
「ぇ? この前、誕生日プレゼント貰ったばかりだもん。先生こそ何か欲しい物ありますか?」
「花音」
真面目な顔をして即答するのやめて貰って良いですか?
何て答えるのが正解か未だに分かりません。
◇
ついにNYに向かう日がやって来た。あっという間に12月も中旬が過ぎ、今年も残すところあと10日ほどと思うと本当に一日が経つのが早い。
今回は先生の急な提案で、アカデミーの声楽科からも数名同行することになった。
「本当にいつもタカシは無茶苦茶だよねえ。いきなり同行しろって。よくこれだけ人数がパスポート持ってたよね」
空港で待ち合わせしていたユーリさんが、笑いながら近づいて来た。
「研究生と言っても金貰ってる奴が多いんだから持ってるのが当たり前だろ」
先生が少し呆れた顔でユーリさんに答える。
音楽家として仕事をする以上、海外からの依頼を受けることを想定するのは当然なのかもしれないが、中々そんな大きな仕事に参加出来る可能性がない現状の中、今回用意出来てなかった者が多かったことに、先生は「プロ意識の低さ」を指摘していた。
「にしても相変わらずだね」
ユーリさんが先生の格好を上から下まで舐めるように見つめる。
うん。そこは敢えて私も触れてません……
何処のモデルさんですか? レベルですよね。
先生にしては珍しいが、ヒョウ柄のロングコートに黒のレザースーツ姿で飛行機乗ります?
「毛布の代わりになっていいんだよ」
そっちかい!
天野先生や高科先生、佐々木さんとも合流し出国ゲートへ向かう。
ユーリさん同様、先生の姿を見た三人も一瞬無言になっていたが、もう暗黙の了解のように敢えてそれを口にする者は居なかった。
「そう言えば、1月もう一回結局NY行くことになったんだよね? タカシって」
「ジュリアノだろ。天野いけよ」
「何で俺なんですか。学生相手の講演でしょ?」
天野先生の声に、高科先生とユーリさんが反応する。
「俺、それ聞きたいかも」
「贅沢だよなぁ。御神 貴志が学生相手に講義するって。1月二週目だっけ? そのままNYに俺残ろうかな~俺も聞きたいかも」
「学生のみで外部入れません」
先生が二人に少し睨みながら答えるが、佐々木さんの一言で事態が変わった。
「あ、一応学長から許可頂いてますから大丈夫ですよ? もし本当に行かれるなら言って頂いたら僕から連絡しますよ?」
「そろそろウチの事務所も新しいマネージャー雇う方が良さそうだな。勝手な行動ばかりする奴切って」
先生のその言葉に、ユーリさんが大笑いしながら言う。
「無理無理、タカシの下で務まる奴なんか、ササキチャン以外世界中何処にも居ないって。俺でも無理だもん」
「ですよねぇ? 本当に佐々木さんのお陰です。ありがとうございます」
私が深々と佐々木さんに頭を下げていると、天野先生と高科先生も佐々木さんに謝りながら頭を下げた。
「何だそれ。それだと俺が悪いみたいだろ」
「自覚してないんですか?」
佐々木さんの鋭い突っ込みに約一名以外は全員が納得して、和やかなムードで出国ゲートを無事通過することが出来た。
遂に先生の完全復活による、クリスマス公演に向けての新たな航海がはじまる──




