5杯目:ボクも始発までいいですか
ゲイバーデビューをしたのは今から2ヶ月前のこと。社会人になって日も浅い春だった。
大学時代は終ぞ行く機会がなかったその場所に、アプリ経由で仲良くなった人と一緒に行ったのが全ての始まり。
てっきり、女装したスタッフが接客をしてくれるのかと思っていたが、そうではなかった。
ママと呼ばれている方はぱっと見普通の中年男性だが、肌のきめ細やかさがすごい。相当のケアをしているのだと思う。
そして、もうひとつ。
「ちょっとあんたたち! 騒ぎすぎよ! 若い子がビビってるでしょー!」
喋り方は、完全に自分の中のイメージと合致していた。
これが俗にいう「ほげる」というものらしい。
女性的な仕草、言葉遣いがうっかり出てしまうことらしいのだが、お淑やかさよりもおばちゃんチックな騒々しさに対して言われているような気がする。体感だけど。
そんなこんなで2~3件ハシゴしたところで、居心地の良いバーにたどり着いた。
そこは基本的にママと店子さんの2人でまわしているバーで、カウンター8席、4人掛けのテーブル席が2席という広さだ。
満席になると2人でまわすのは負担が大きそうで、週末になると稀に見慣れない店子さんが1人増えていたりする。
ママ曰く、「放っておくと何しでかすか分からない子がいたら、気晴らしがてら入れている」とのこと。
「今日もお疲れ様です!」
「お、今日も来たんだねぇ。仕事は順調?」
「まあまあですね。あ、でも、今日は上司から褒められました! クライアント提出用の資料の出来が良かったみたいです。ビギナーズラックかもですけど」
今日も今日とてボクはバーに来ている。
最初の頃は誰かと一緒じゃないと入れなかったのに、1ヶ月経った頃からは普通に1人で立ち寄っている。
他のお客さんとも仲良くなって、このお店で友達もできた。
お酒を待ちながら、店の中を見渡してみる。
ボクが入ってカウンターは満席。あとはテーブル席がまだ空いているが、ここもそのうち埋まるだろう。
ここでママがお酒を注いで持ってきてくれる。
「あんたがくる前に一気に5人入ってきてさ、死ぬかと思ったわ……」
「今日、のぶえさんは?」
「のぶえは前の仕事が押してて23時からなのよ」
「結構大変そう……」
ボクの言葉にママは小さくため息をついた。
「まあ、嬉しい悲鳴ってやつよね。って、言ってる側から呼ばれたから行ってくるわね!」
他のお客さんにはそれなりの言葉をぶつけるママだが、ボクにはなんだか優しい気がする。
多分、通い始めてまだ日が浅いから、手心を加えているのだと思う。
現に、少し離れた位置でお酒を渡しながらやりとりをしている常連さんとの会話を聞いていると。
「これは始発まで飲んでいいということですか」
「出禁よ〜!」
この通り、割と軽いノリで出禁にしようとする。
特に、出禁を宣言する時のママの声は本当に腹の底から声が出ていて、聞いていると思わず笑ってしまう。
実際に出禁にされた人はまだ見たことがないので、ママなりに「飲みすぎるな」と注意したいのだろう。
「仕事は順調そうだけど、恋愛の方はどうなの?」
横にいた別の常連さんが声をかけてきた。
「いやぁ、なかなか……。同い年くらいで、話が合う人がいればって思うんですけどね」
「なるほどねぇ。俺はどう? それなりにお金持ってるけど」
「あ、えっと……」
「ごめんごめん! 冗談冗談。君は素直でいい子だな」
がははと笑ってグラスをむけてきたので、乾杯の合図だなと察する。
冗談に冗談で返すようなスキルはまだないけど、流石にこれくらいはわかるようになった。
こちらもグラスで迎え入れて、ひとくち。
さぁ、今日もそれなりに飲むぞと意気込んだところで、店のドアが開いた。
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先の常連さんとの会話でははぐらかしたが、好きな人はいる。
あまり飲みに来ない人だけど、偶然カウンターで隣の席になって、意気投合して、連絡先まで交換できた。
年上で、話も合う。よく声をかけてくれる。後ろから寄ってきて突然肩を組んできたりする。
「体育会系」という言葉が似合うような性格と体格だ。かなりゲイ受けも良いと思う。
でも、その人に好きという気持ちを伝えることはないと思う。
理由は単純。
彼にはもう、好きな人がいる。
その人は彼よりもさらに年上で、肉付きの良い体格をしている。
ぽっちゃり系、という言葉が似合うだろうか。ボクとは全然違うタイプの人だった。
ゲイ界隈の合コンも兼ねたバーベキューイベントに参加して、その時に知り合ったのだとか。
本当に嬉しそうな顔で、2ショットの写真を見せてくれたこともある。
初めて彼の恋愛事情を知った時は、少ししんどいなと思った。
例えば、彼がその好きな人と出会っていなかったとしても、少食なボクはどうしたって彼の好みにはなれないだろう。
それが苦しい気もしたが、しばらくして、それでもいいかなと思った。
この恋が実らなかったとしても、「彼の1番の友人」として、そのそばで笑顔を見続けていられるなら、それでいいと思った。
なんで急にこんな話を始めたかというと。
「あらっ! 久しぶりじゃないの〜!」
「どうも!」
このタイミングで、意中のあの人が現れたのだ。
「えっと、1人よね。そしたら……ちょっとあんたたち2人、後ろのテーブル席に移動してくれない?」
ボクのすぐそばにいた常連2人を移動させて、彼が座れるように配置換えを行ってくれた。
ちらりとママの方に目をやると、ウインクをしようと頑張っている。
別にママにはボクが彼に好意を持っているという話はしたことがないのだが、どうやら彼と話している時の表情や所作で諸々バレているらしい。
「おっ! きてるなら連絡してよ〜!」
彼がいつもの軽いノリで肩を揉んでくる。
正直、どんなお酒より、プレゼントより、この軽いスキンシップが最高のご褒美になる。
「す、すみません……。今日はギリギリまでくるの迷ってて」
「でも来て良かった〜。聞いてもらいたいことがあってさぁ」
話しながら彼が横に腰掛けてくる。
ふわっとバニラのような甘い香りがした。彼が好んでつけている香水の香りだ。
そういったのものには無頓着なボクだが、
「どうしたんですか?」
「この間、写真見せたぽちゃくんいるじゃん?」
ぽちゃくんとは、先に話した彼の意中の人である。
「あの人と何かあったんですか」
「しばらく連絡とってたんだけど、今度やっと2人で遊びに行くことになった!」
あ、ちょっときついかもしれない。
「やったじゃないですか!」
「うん。頑張って良かったー。今までは必ずグループで動いてたからさ」
「どこ行くんですか?」
「とりあえず、観たい映画が2人とも一緒でさ、それ観に行って、お茶して、できたら夕飯まで一緒にいれたらなって思ってる」
いいな。ボクも一緒に映画見て、感想を言い合いたい。
「いいですね! 何食べに行くんですか?」
「向こうが肉好きらしくて。うちの近所に最近焼肉屋ができたからさ、そこに行こうと思ってる」
そういえばボクの好きな食べ物、まだ教えたことなかったな。
「あれ? 近所ってことは、もしかしてそのあと……」
「いやいやまだわかんないし! そのまま解散だってあるからさぁ!」
嬉しそう。楽しそう。
良かった。その笑顔が見たいんです。
照れた時に見せる満面の笑みが。
心がズキズキと痛むけれど、それに負けないくらいの幸せな気持ちが胸を満たす。
「あんた、騒いでないで早くお酒の注文して!」
「あ! えっと……とりあえず焼酎お茶割りで!」
ママがボクの「何か」を察して会話に割って入ってきた。
彼が手元のスマートフォンに届いた通知を確認しようと視線を落とした瞬間に、両手を顔の前で合わせて「ごめん」と口パクで伝えてくる。
ボクは首を横にふる。ママは何も悪くない。というか、誰も悪くない。
ここから2時間、ボクは大好きな人がする、「大好きな人の話」に付き合うことになった。
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「……はぁ」
彼が一通り喋り倒して帰った後、ボクはため息をひとつついた。
店内にいたお客さんもある程度帰って落ち着いている。
ママが改めてボクのところに近づいてきた。
「ほんっとにごめんなさい」
「いやいや! なんで謝るんですか」
「まさかあんなトークしだすと思わないじゃない。どんだけ鈍感なのよあのバカは……」
「でも、今日もママのおかげでたくさん話ができました」
本心で感謝を伝える。
この立ち位置は、ボクが望んだもの。それ以上は欲しがらない。
手に入ることはないのだから。
「あんた無理しちゃだめよ。時には距離を置くことも大切なんだからね」
「はい、肝に銘じておきます」
グラスに残っていた分を一口で飲み干して、会計をお願いする。
ママにはもちろん見抜かれているようだが、それなりの無理は通している。
彼がここまで踏み込んだ話をしてくれるのは、それだけボクを信頼してくれているからだと思う。
大事にしよう。多分、いつかボクも吹っ切れて、本当の友達になれるはずだから。
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1ヶ月後、衝撃のメッセージが届き、ボクはふらつく足でお店に入った。
衝撃、というと大袈裟かも。大体わかってたし。
「あんたのその顔……何かあったわね」
「……付き合うことになったそうです」
「……ついにそうなったのね」
「初デートのことを、事細かに教えてくれました」
「あのバカほんとしばらく熱でも出してくれないかしら」
メッセージに既読はつけたが、返信をする勇気が出なかった。
なので、一度店にやってきた。冷静になれそうだったから。
ママに相談して、当たり障りのないコメントを作って、お祝いのメッセージとして送信した。
「あんたも、次の男見つけないとね」
「どうやったら見つかるんですかねえ……」
「とりあえず今の感じで良いとは思うわよ。アプリで恋人募集はかけつつ、たまに飲みに出て、程よく酔っ払って帰る。いいじゃない。しかも若いし、顔だってブスじゃないんだから」
ママがめちゃくちゃ慰めてくれる。ちょっとだけ視界がぼやけ出したのでぐっとこらえる。
「あとは自分が好きなタイプをしっかり意識することも大事かもしれないわね」
「なんでそこまでアドバイスとかくれるんですか? ボクまだ常連って呼べるような回数は来てないと思うんですけど」
「放っておくと危なそうだからよ」
あ、なるほど。そのうち、店子に勧誘されちゃうかもしれないな。
そんなことを考えていると、少し気分が落ち着いてきた。
「そういえば、外見とか傾向で好きな人を探したことないかも」
「惚れた人がタイプですっていうパターンかしら」
「それに近いかもしれないですね」
「彼氏っていたことある?」
「それがないんですよねぇ。一応高校の時に、なんとなく女の子と付き合ったことありましたけど、しっくりこなくて1ヶ月で別れました」
だから、男性とお付き合いすること自体、どういうことなのか、正直よくわかっていない。
「歳上か歳下で言えばどっちが好き?」
「歳上ですね」
「体型は?」
「あー。極端じゃなければ良いです。痩せすぎ太り過ぎゴリゴリマッチョ以外」
「はいはい。なるほどね。わかったわ。あ、顎髭とかはあったほうがいい?」
「かっこいいとは思いますけど、必須ではないですね」
「うん。その条件なら合致するのが結構いるわ」
検索エンジンに情報を入力している気分だ。
でも、ふと気づく。自分の好みのタイプを考える時、必ず浮かぶただ一人の人。
結局どこまでいっても、あの人の影がちらついてしまう。
「まあ、あんたがまた新しい出会いを求めたいと思うなら、遠慮なく相談なさいね」
「ありがとうございます」
明日は休み。いつもより多めにお酒飲んじゃおうかな。
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さて、それからさらに3ヶ月後のこと。
結局吹っ切れぬまま、なんとなく飲みにきて、なんとなく帰るような日々が続く。
一応、交際報告のメッセージが届いた日と比べるとだいぶ楽にはなっているが、やはりふとした瞬間に彼を思い出してしまっていた。
今日もそんな鬱々とした気分を晴らすべく、バーへと向かっていた。
その道中でのことだ。
「よっ」
突然背後から両肩を掴まれる。
初めは驚いたが、その声の掛け方からすぐに誰かを理解する。
振り返ると、やっぱりあの人がいた。
嫌だなぁ。声でわかる。肩の掴み方でわかる。力加減でわかる。
「あっ、お疲れ様です!」
「今から飲み?」
「はい。ちょっと気晴らしに」
「そっかぁ……」
「……あれ? どうかしました?」
いつもと様子が違う。
笑ってるけど、あんまり笑っていないというか。
疲れているような気がする。目もちょっと赤いかも。
「もしかして、泣いてました?」
「え」
「なんか、目が赤いし、元気ないなって」
「……すごいな。バレるんだな。あのさ、一緒に飲みに行っていい?」
「もちろんです!」
普段見せない彼の弱い顔を見て、余計に心配になる。
こんな感じで飲みに誘ってくることは一度もなかったのに。
バーに向かう間も、なんとなく下を向いていたり、かと思えば不意に空を見上げたり。
ボクが見ているのに気づくと、なんとなく笑顔を作っていたり。
心ここに在らず、というかなんというか。
(初めて見たな、こんな顔)
そんなことを考えているうちに、バーに着いた。
扉を開けると、今日もママの酒焼け声が迎えてくれる。
「一番目のお客さまご来店ですぅ〜! っしゃあせえ!」
「……」
「……」
「……なによ。ノリ悪いわね。ほらここ座りなさい」
不貞腐れたママに促されて、カウンターの一番奥に座る。
「何飲む?」
「お茶割りで」
「あ、俺のボトルから2人分作って」
「え、そんな申し訳ないです!」
「いいからいいから。その代わり、今日は付き合ってもらうよ〜」
一瞬、いつもの彼の顔に戻った気がした。
ママが手際よく酒を作って、ボクたちの元に出してくれる。
乾杯をして、同じタイミングで酒を飲む。
沈黙の時間。目の前でママが腕組みをしてこちらを見ている。
「……ママ、話しづらいんだけど」
「一杯くれたら入り口のところ行くけど」
「じゃあ、どうぞ。一杯」
満面の笑みでお礼を述べて、ママは鼻歌交じりに酒を作る。
言葉通り、一杯の酒を持って入り口付近まではけていった。
まあ、あの声量ならあそこからでも十分会話に参加できるだろうなとは思うのだけど。
「……で、どうしたんですか?」
ボクから切り出した。
仕事で嫌なことでもあったのか。単純に体調が悪いのか。それとも。
「……別れちゃった」
「え」
「ぽちゃくんと」
「わか……れた……?」
聞くと、些細な喧嘩がきっかけだったらしい。
相手を責める言葉が溢れて止まらなかったと。
相手からも、相応な返しの言葉が出ていたと。
結局それがきっかけで、相手から別れの言葉を告げられた。
三日ほど前のことらしいが、いまだにこたえているようだ。
「謝罪のメッセージは送ったんだけどさ。一切返ってこないし、既読もつかない」
「……」
「あーあ。なんであんなこと言ったんだろ」
「しんどいですね……」
「うん。普通にしんどい」
どうにか笑顔を作って、こちらに向けてくる彼の明るさが余計に痛い。
「でも、まあ、それ以前からちょっと噛み合わないところは出てきてたんだよね」
「そうなんですか……」
「あー。初めての両思いだったのにな。もしかしたら、もうこの先ないかも」
「そ、そんなことないと思います! それだけかっこよくて、優しくて、コミュ力高いんですから! 自信持っていきましょうよ!」
「……ありがと。君は優しいな。ま、しばらくは独り身をエンジョイしようと思う! 飲みにも付き合ってもらうから、よろしくね!」
そう言って、いつもの笑顔でボクの肩を少し乱暴に抱いてくる。
ここ最近はずっと会えていなかった。本当に一途に恋人のことを優先していたのだろう。
寂しさが強かったけど、そういうところも含めてこの人のことを好きだった。
だから、そうやって肩を抱かれた瞬間に、ボクは。
「……あ」
喜んでしまっている自分に、唐突に気づいた。
嬉しい。恋人と破局してくれてよかった。また一緒にいられる。このポジションは、恋人とか除けば彼との距離が最も近い位置だ。体の関係もない、相手からの恋愛的な感情は一切ボクに向いていない。だからこそ成立する。ずっとこのままだったらいいのに。横にいてくれて、笑って酒を飲んで、たまにスキンシップがあって、それがこの先もずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
それを、ボクは、望んでいるの……?
彼が、独りで居続けることを?
「ん? あれ? だいじょうぶ……?」
「ごめん……なさい……」
「え?」
意図せず謝罪の言葉が出たその時だった。
「2名さまご来店です〜! いらっしゃいませ〜!」
腹の底から響くママの声がボクを現実に引き戻す。
ちょうど、別のお客さんが入ってきたらしかった。
「あ、いや、大丈夫です。すみません、急に」
「飲みすぎちゃった? 俺に付き合ってガンガンおかわりしてたもんね……」
「いえそんな! お酒、美味しくて」
「なんだよそれ。人の不幸は蜜の味的な?」
ゲラゲラと笑いながら肩に拳を当ててきた彼の言葉に、ボクは無理やり笑顔をつくってこたえた。
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「……」
「またひとり、始発まで寝潰す客が一人増えそうね……」
気持ちよさそうにカウンターに突っ伏して寝息を立てている彼。
その光景を目にして絶望するママの声に、ボクは力無く笑う。
「すみません、まさかボクより早くこっちが潰れるとは」
「まあ、このおバカなりにしんどかったんでしょうね。弱みを見せられる相手の前だったから、調子に乗ってお酒飲むペースが上がったんでしょ」
「……そうかもしれませんね」
「あまり、たどり着けない立ち位置よ。そこは」
ママが慰めの言葉をかけてくる。
「あ、慰めだと思ったんなら、違うからね」
「え、違うんですか」
「茨の道を進もうとする若者に、敬意を払っているだけよ」
私はそんなの無理だから、とママは続ける。
「男女の友情は成立するのか、って話、よく上がるじゃない。あれと似たようなもんで、ゲイ同士の友情が成立するのかも、正直難しいところよね」
「友情ってなんなんですかね。下心がないこと?」
「どうかしら。もちろん、ゲイの世界にも友情はあるわよ。タイプじゃない同士が出会えば、そりゃあ色恋抜きに友達にだってなれると思うし」
でも、ボクの場合は。
「ただね。きっとその中には少なからず、どちらかが常に自分の心を傷つけて成立させているものだって、あるはずよ」
「……」
「だから、無理しちゃダメよ。あんたにとって初めて好きになった男なんでしょ」
「……はい」
「こんな状況ならね、『もしかしたら自分と……』って思うことは、悪じゃないのよ」
全部、見透かされていた。
すごいなあ、この人は。
「複雑ですね。こんなにしんどいのに、この気持ちを忘れたくないなって、思っちゃいます」
「それも悪ではないわね」
ママが一杯の水を出してくれた。
それを一口飲んで、横で寝息を立てている彼を見る。
起きる気配がなさそうだから、少しだけ。
今までは彼から触れてくることが多かった。
そういえば、ボクから彼に触れることって、なかったな。
「……んっ」
頭を撫でると、可愛い声を出して、また寝息を立て始めた。
今日会った時より、少し楽そうな表情になっている。
ここまでの談笑の時間が、彼にとって、少しでもいいものになれていたらいいな。
溢れる涙を我慢もせず、ボクはもう少し、もう少しだけと、彼の頭を撫で続けていた。
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忘れてしまいたいと何度も思った。こんなに苦しいなら、出会わなければよかったとさえ。
早く、新しい恋に出会いたい。
でも、あなたのことを忘れた日々は、怖くて想像ができない。
あなたとのつながりが途絶える日を、ボクは受け入れられない。
ボクはあなたのことが大好きです。
顔も好き、声も好き、性格も好き。
酔っ払ってウザ絡みしてくるのはちょっと大変だったりするけれど。でも、大好きです。
伝えられたらいいのにな。
受け止めてくれたら、いいのにな。
やっぱり、全部嘘。
これからも、【良い友達】でいようね。
頑張るよ。頑張る。頑張るから、ね。




