歪な盾
サントバール北西の村 ウィート
まだ日が昇らない、辺りが暗い時間に男は目を覚ました。
「リテル、畑に出んのかい?」
「ああ、行ってくるよ」
リテルと呼ばれたこの男は、この村で生まれた。
暗いうちに畑に出るのは仕事が好き、だからではない。
「おはよう、リテル」
「おはよう、ケミー」
幼なじみで密かに憧れているケミーに会えるから、それだけの理由だった。
いつも通り畑仕事をはじめる。
空が少し白んできた時、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
「これは……蹄の音だ!」
「えっ!」
三拍子で迫る蹄、不規則に金属を擦り合わせるような響き。
奇声のような雄叫びが、耳に届いた。
「これは……盗賊だ」
リテルは落ち着いてケミーを馬小屋に連れて行く。
「いいかい? この馬に乗ってサントバールまで走って。ギルド本部に駆け込むんだ」
「リテル、あなたはどうするの?」
「村の人を起こして、少しでも時間を稼がないと」
たくさんの人が死ぬ、そう言いかけたが言えなかった。それは防げる未来ではなく、これから起こる現実だったから。
「早く行って! ケミーが捕まったら全てお終いだから」
そう言って押された背中を振り返りながら、ケミーは馬を走らせた。
「リテル……」
その声は風に攫われて、届く事はなかった。
「何よ! パッとした依頼がないわね」
パッとした依頼ってなんだ……?
ギルド本部の掲示板の前で、俺たちは依頼を探していた。
「今日は依頼が少ないですね、受付に聞いて来ます」
そう言ってルーナは受付に向かった。
「まあ、いいのがなければ休みでいいんじゃないか?」
ミリアが振り返り人差し指を立てて、メトロノームのように左右に振る。
「あまいわね。そうやって言い訳して休んでると、あっという間に引き籠りになっちゃうんだから!」
いや、お前の場合は魔法をブッパしたいだけだろ?と喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
戻って来たルーナが眉を下げながら言った。
「ダメですね、今日の討伐依頼は無くなってました」
ミリアがガックリと肩を落とす。
「何でもウィート村での盗賊警戒任務があったようですが、別の冒険者パーティーが受けたようです」
「仕方ないわね、また草刈りでも……」
「助けてください!」
受付に助けを求めるその声は、広場に響いた。
す胸の奥が、嫌な予感で締めつけられる。
「この場にいる冒険者の皆様は、こちらにお集まりください!」
受付嬢がカウンターから身を乗り出し、広場に向けて声を張り上げた。
「ウィート村が盗賊の襲撃を受けたようです!
警戒任務に当たっていたパーティーも、まだ戻っていません。ギルド本部より、盗賊討伐任務を依頼します!」
「マックス!」
ミリアが即座にこちらを見る。
……そんなに目を輝かせて受けるような依頼じゃないんだがな。
「受けていただける方は、この場に残ってください」
まあ、断れるような内容じゃない。
そう判断した冒険者も、確かにいた――が。
「盗賊って、アレだろ?最近噂の……」
「うちはゴメンだね。命あってのナントカってやつさ」
ざわめきと共に、人が引いていく。
複数いたパーティーも、その大半が広場を離れていった。
残ったのは――
俺たちと、もう一組の五人パーティー。
それから――。
「あ? 何か文句あんのかよ?」
聞き覚えのある、ぶっきらぼうな声。
「アンタ! マックスに喧嘩売っておいて、人助けって何よ!」
「は? 人助けして文句言われてりゃ、世話ねえな!」
「ううう……ザックゥ!」
……どうやら。
ミリアとアイザックが、もうやり合っていた。
ギルド本部が用意した二台の馬車に乗り込む。
ホロの中は、汗と布が焦げたような臭いがこもっていた。
俺の隣にはミリア。
その向こう――俺を挟む形で、ザックが座る。
……嫌な予感しかしないんだが。
向かい側には、五人組のパーティーのうち、
盾を背負った青年と、杖を持った女性が腰を下ろしていた。
「じ、自己紹介でも、しようか」
沈黙に耐えきれなかったのか、俺が切り出す。
俺とミリアは簡単に名乗った。
「アイザック」
ザックは、それだけ。
それ以上話す気はなさそうだ。
「僕はこのパーティーのリーダー、カシムといいます。こちらはメイジのエリナです」
「よ、よろしくお願いします……」
ほら見ろ。
エリナさん、完全にザックを警戒してるじゃないか。少しは愛想というものをだな……。
「討伐任務は、よくやるんですか?」
会話をつなぐように、俺が聞く。
「いえ、普段は簡単な薬草採取ばかりで。
今回みたいなのは、正直あまり……」
そう言って笑う顔から、根は真面目な好青年だと分かる。
「他のメンバーのことも、聞いていいかな?」
「はい。治癒士のリア、スカウトのハマン。それから――」
エリナが一瞬、言葉を濁した。
「……暴れ者のキャッシュです」
含み、ありまくりだな……。
その後は到着後の戦闘について相談しながら馬車に揺られていた。
村より少し離れた場所で馬車が急に止まった。
「降りてくれ、ここから先は危ないから近づきたくない」
御者がそう言うのも無理はない、ここからでも村から上がる煙と金属がぶつかる音が聞こえる。
「わかった、待っててくれるのか?」
「ああ、安全のために少し引き返した場所で待機しているよ」
馬車から降りて、全員の顔を見る。
暴れたくてウズウズしてそうなのが三人いるな……。
「さあ、行こうか」
気づけば全員の視線が俺に集まっていた。
一行は村に向かって進みはじめた。
村に入ると、別の冒険者パーティーが酒場の入り口を守るように戦闘していた。
「ルーナ」
俺が声をかけるとルーナは黙って隠者を使った。
「慎重に、隙をついて一気に……」
一気に叩こうと言いかけたが、計画は破綻してしまう。
「うおおおお!」
雄叫びを上げてキャッシュが集団に突っ込んでいく。まずいな。
ちらりとザックに目をやると、溜息をつきながらキャッシュに続いた。
一番手前の盗賊をキャッシュが斬りつける。
しかし、すぐに囲まれて退路を絶たれた。
はぁ……もう止められないな。
「キャッシュ!」
カシムが叫ぶ。
「どけ! 死にてえのか!?」
後ろから突っ込んで行ったザックが、キャッシュを囲んだ三人を剛腕で殴り倒した。
「ザックに続くぞ!」
盾を構え、ザックの背を追うように距離を詰めていく。
残りは六人か。
盗賊たちは慌てはじめる。
だが、そのうちの一人が――
「ち、近づくな! コイツを殺すぞ!」
カシム達の顔が青ざめる、だが俺には確信があった。
「ち、近づくなって言ってるだろ!?」
盗賊が手に持っていた短剣を振り上げる。
「がっ……!」
盗賊達の後ろから現れたルーナのナイフがそいつの首を貫いた。
「へっ、やるじゃねえか!」
ザックが前に出る、カシムが盾を構えてエリナが詠唱をはじめた。
勝利を確信したその時。
建物の陰に隠れていた盗賊の剣が、エリナの胸を貫いていた……。
「うわあああ!」
カシムがエリナの胸を貫いた盗賊に剣を振り下ろす。
舌打ちをしたザックが残りの盗賊を次々と殴り倒して行く。
「ヒナ! 回復だ!」
ヒナを見ると、震えながら首を振っている。
「ヒナ……!」
「……ヒナ?」
「無理だ、もう死んでる」
盗賊を仕留めたザックが、俺の肩を掴んで止めた。
酒場前にカシムの慟哭が響いた。
誰も、次の言葉を見つけられなかった。
……聖女。
何度も、何度も。
心の中で祈るように唱えた。
でも。
何も、起きなかった。
いつもなら、ほんの微かでも感じるはずの反応がない。
癒える兆しも、流れも、気配すらも。
――ああ。
この人は、もう。
膝が、勝手に震えだす。
治せなかった。
間に合わなかった。
それ以上に――
私は知ってしまった。
マスターの力は、
「命を救う」ためのものじゃない。
誰かが生き残る結果の裏で、
“何かを肩代わりしている”力だ。
だから。
死んだ人には、届かない。
……じゃあ。
もし、守れなかった時。
その代償は、誰が払っているんだろう。
視線の先で、
マスターは黙って、盾を下ろしていた。
その背中が、
さっきより――少しだけ、遠く見えた。




