第54話:白亜の巨城と帝国の視線
王国が盛大な勘違いをして隠密を放った頃。
タケルたちの拠点の目の前では、着々と「王城」の建設が進んでいた。
最高の素材と、最高の魔法、そして何より「最高の環境で働ける職人たちの熱意」が、世界に類を見ない超建築を生み出していく。
一方、北の軍事大国『ヴァルゴア帝国』もまた、これまでの屈辱を晴らすべく、最悪の決断を下そうとしていた。
王城建設、二日目。
ファソが打ち込んだ強固な基礎の上に、巨大な城の骨格が組み上がっていく。
「そらっ、もっと右だ! ミスリルの補強金具をしっかり噛ませろ!」
「ウオオオッ! 任せろ!」
ドワーフのガルド親方が指示を飛ばし、オークたちが巨大な白石をパズルのように組み上げていく。
そして、俺の出番だ。
「よし、そこまで。離れてろよ」
俺は深く息を吸い込み、積み上げられた石の壁に向かって、濃厚な紫煙を吹きかけた。
「――《煙霧変調・結合バインディング》」
煙が石と石の隙間に入り込み、分子レベルで融着させていく。
さらに表面を硬化コーティングすることで、ただの石積みだった壁が、継ぎ目の一切ない「一枚岩の大理石」のように滑らかに変化した。
「……何度見ても、すげぇ魔法だ」
ガルド親方が、鏡のように輝く白亜の城壁を撫でて、感嘆の息を漏らした。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「どうした、親方。目にゴミでも入ったか?」
「へっ……ちげぇよ。嬉しくてな」
親方は、自分の太い腕をさすった。
「帝国に誘拐されて、鎖に繋がれて……人殺しのための安い剣を、無理やり打たされてた頃にはよ。こんな美しくて、すげぇ城を作る仕事ができる日が来るなんて、思ってもみなかったぜ」
「ああ……」
そこに、水の配管工事を終えたリザードマンのザッハも歩み寄ってきた。
彼は城を囲むように引かれた、透明度の高い美しい水堀を見つめていた。
「同感だ、ドワーフの。……帝国の魔導炉のダムのせいで、我らの故郷の泥が干からび、喉の渇きに絶望していたあの日に比べれば……ここはまさに天国。我らが女神(レミ様)と、主(タケル様)の奇跡の結晶だ」
ザッハは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「この美しき城と清らかな水、我ら水鱗の民が命に代えても守り抜いてみせます」
「俺たち剛鉄の民もだ! 帝国の連中が来たら、今度こそ俺たちの手でぶっ飛ばしてやる!」
かつて帝国に蹂躙された二つの種族が、誇りを取り戻し、力強く笑い合っている。
俺は嬉しくなって、二人に紫煙を吹きかけてバフ(疲労回復)をかけてやった。
「命は懸けなくていい。いざとなったら俺が全部燃やすからな。お前らは安全第一で頼むぞ」
***
一方その頃。
北の軍事大国、『ヴァルゴア帝国』の帝都。
無機質な金属と魔導機械に囲まれた「帝国魔導研究所」の最深部にて。
「――陛下。ご覧ください。禁忌の森にて、再び計測不能な魔力反応を検知しました」
魔導局長が、巨大な水晶モニターを指差す。
そこには、森の中心部――タケルたちの村がある座標が、危険を示す真紅に染まっていた。
玉座からそれを見下ろすのは、冷徹な瞳を持つ帝国の絶対者、ヴァルゴア皇帝だ。
「……以前にも増して、巨大で秩序だった魔力だな。古龍のブレスなどではない。『何者か』が、意図的に森の魔力を組み上げている」
「はい。波形から推測するに……超巨大な『結界』、あるいは『戦略級の魔導要塞』を建造しているものと思われます」
皇帝の目が、細められた。
彼は肘掛けを指先で叩きながら、忌々しげに呟く。
「黒騎士団の選抜隊が壊滅し、我が直属の暗殺部隊『影刃』からの定期連絡も途絶えた。……もはや、ただの亜人の反乱や、盗賊の集落などではない」
「はっ。先日、剛鉄の国が突寄として我が国との国交断絶を宣言したのも、あの森の勢力と結託したからに違いありません」
魔導局長が冷や汗を拭う。
資源供給地であった湿地帯のリザードマンは消え、優秀な奴隷だったドワーフは奪われ、精鋭部隊はことごとく帰還しない。
帝国にとって、あの森はもはや「未開の地」ではなく「明確な敵国」として認識され始めていた。
「放置すれば、いずれ帝国の覇道を脅かす牙となる。……今すぐ叩き潰す必要があるな」
皇帝が立ち上がり、マントを翻した。
「『魔導殲滅軍』を動かす。総司令は『将軍』に任せろ。
最新鋭の魔導砲と、飛竜大隊を全て投入し……あの森の拠点を、そこにいる者たちごと、地図から完全に消し去れ」
「ははッ!!」
王国の「隠密偵察」とは規模が違う。
ヴァルゴア帝国は、この得体の知れない脅威に対し、国家の総力を挙げた「正規軍による焦土作戦」を決断したのだった。
***
「ねえパパ! 最上階に、大きなバルコニーを作っていい!?」
現場では、上空をフワフワと浮遊している次男のソラが、目を輝かせて提案してきていた。
「僕やニアたち鳶職が、直接空から出入りできる『空の港』にしたいんだ!」
「空の港ね。悪くないな、採用だ。ヘリポートみたいでカッコいいし」
「やったー!」
城の建設は、内装と上層階の工事に入っていた。
シルヴィが嬉々として「玉座の間」の装飾に銀の糸を張り巡らせ、ドレが執務室の家具の配置を厳密に計算している。
「ふぅ……」
俺は、完成しつつある城のテラスに立ち、一本のタバコに火をつけた。
夕日に照らされた白亜の城と、活気に満ちた村を見下ろす。最高の景色だ。
だが、ふと北の空を見た時――微かな寒気が背筋を撫でた。
「……タケル様、ヴァイス殿。北の空を気にしておいでですか?」
背後から、図面を抱えたクラウディアが歩み寄ってきた。
いつの間にか隣に立っていたヴァイスが、暗殺部隊から奪った帝国の暗号解読機を弄りながら答える。
「ええ。帝国の軍が動く気配があります。暗殺部隊が戻らない以上、次は大軍――おそらく『魔導殲滅軍』を差し向けてくるでしょう」
それを聞いたクラウディアは、少しも動じることなく、むしろ冷徹な騎士の顔になって図面を広げた。
「やはり、来ますか。……タケル様、先ほどソラが提案した『空の港』ですが、少し設計を変更させていただきました」
「変更? なんかマズいところあったか?」
「いえ。ただ、帝国の『魔導殲滅軍』が相手となれば、奴らは必ず『飛竜大隊』による空爆を仕掛けてきます。ですので、このバルコニーはただの港ではなく、空の敵を迎撃するための『対空防衛陣地』を兼ねる構造にしました」
彼女が指差した図面には、死角のない射線と、身を隠すための胸壁が完璧に計算されて描かれていた。
さらに彼女は、眼下の城壁を指差す。
「城壁の形状も、ただ垂直に立てるのではなく、王族の軍学を応用して『星型』の傾斜を持たせてドワーフたちに組ませました。これにより、帝国の魔導砲の直撃を受けても、威力を外へ逸らす(跳弾させる)ことができます」
クラウディアの流れるような説明に、俺とヴァイスは思わず顔を見合わせた。
「王城とは、ただ美しいだけではいけません。攻め入る外敵には『決して落とせぬ絶望』を、そして訪れる使者には『ひれ伏すしかない威厳』を与える防衛装置でなくては」
彼女は風に金髪をなびかせながら、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「現場の指揮は、元・王女であるこの私にお任せを。……帝国の軍隊ごとき、この『白亜の巨城』の防衛システムと、皆様の力をもってすれば、城壁に傷一つ付けることはできませんわ」
「……お前、現場監督だけじゃなくて、最高軍事顧問もいけるな」
「有能な将がいて助かりますよ、クラウディア殿」
俺とヴァイスの称賛に、彼女は「当然ですわ」と胸を張った。
頼もしい軍師と、王族の知見を持つ現場監督。
俺は苦笑して紫煙を吐き出した。
王国の偵察隊と、帝国の殲滅軍。
二つの国の思惑が迫る中、俺たちの首都『ゼロ・ヘイヴン(仮)』は、誰にも落とせない最強の要塞として産声を上げようとしていた。
ガルド親方とザッハの因縁をガッツリ回収し、クラウディアの元王女としての有能さが爆発しました!
ただの「綺麗な城」ではなく、飛竜の空爆や魔導砲の直撃すら想定した「最強の防衛要塞」が完成しつつあります。
次回から、ついに【第2章:職人たちの饗宴・商業区開発】へ!
帝国の軍隊が到着する前に、ドワーフやゴブリンたちの「お店」を次々とオープンさせていきます。
緊張感とスローライフのギャップをお楽しみください!




