25 王城の天彾
引きずられるように天幕の外に出された乃愛は、左玄に詰め寄った。
「ちょっと!どうして天彾の私を追い出すの!」
左玄は乃愛をひたと睨むと、無言で天幕に戻った。
「な、なによ……」
乃愛はその場に呆然と立ち尽くし、信じられない思いで左玄の背を見つめた。
「おい、突っ立ってないでどけ!」
男が女性を横抱きにしながら天幕に近づいてきて、乃愛にぶつかりながら通り過ぎていく。
乃愛はよろりとこけて地面に膝をついた。
「ちょっと!」
乃愛は大声を張り上げたが、男は無視して天幕の中に向かって怒鳴った。
「怪我人だ!」
「すみません、順番に診るので、外で待ってもらえませんか?」
「おい、平民ども!本来ならお前たちの治療などごめんだが、王城まで行く時間がない。仕方がないからお前達がさっさと治療しろ!」
天幕から聞こえる喧騒をどこか遠くに聞きながら、乃愛は立ち上がれずにいた。
(なんで、わたしが……)
容姿に恵まれ裕福な家庭で何不自由なく育ち、モデルや舞台の仕事をした事もあった。
多少のわがままは当然許されて、人生怖いものなしだったのだ。
ある日突然この世界に転げ落ちた時も、驚きはしたが、どこか納得もしていた。
——自分は特別だから——
その名の通り、救世主となりこの世界をリセットするのだと、使命感に燃えていた。
なのに……。
涙で地面が歪む。
「……か?大丈夫ですか?」
声をかけられパッと顔を上げれば、救世主などとは程遠い凡庸な容姿の少女が、心配そうに乃愛の顔を覗き込んでいた。
「わたしを笑いにきたの?」
乃愛が睨むと、桜は目を見開いた。
「なんで笑うんですか?」
大きな目をした少女はあどけなく、こちらの毒気が抜かれるようだった。
それでも乃愛は、言わずにはいられなかった。
「自分こそが天彾だと思ってるんでしょう?」
桜は乃愛の顔をじっと見つめた。
「思ってないですよ」
怒るでもなく、自虐でもなく、ただ真実を伝えるように答えた桜に、乃愛の感情は急激に凪いだ。
喧嘩をする気が全くない相手に一方的に怒ってるのが馬鹿らしくなった。
「乃愛さん、体調が悪いんですか?」
「いいえ、全く」
同情されるのは我慢ならなかったので、乃愛は膝の砂を払いながら何事もなかったように立ち上がった。
「良かった。じゃあ手を貸して貰えませんか?」
乃愛は意味がわからず顔を顰めた。
「体調は悪くないけど、だからってなんで私が手を貸さなきゃいけないの?」
「実はさっき駆け込んできた患者さん、貴族の方で、先に診ろって騒いでるんです」
「身分なんて関係ないでしょ。順番抜かしはダメよ」
桜は同じ価値観、同じ常識を当然のように語る乃愛にほっとした。
「……そうですよね、本当に。私もそう思います。でも、この世界は貴族に逆らうと命に関わるんで……」
「わかったわ。じゃあそいつに私からガツンと言ってやったらいいのね?だって私は天彾ですもの。王様も同等の地位だって聞いたわ」
物騒な発想に、桜はブンブンと首を振る。
「いえ、ちがう、違います。さっき来られた方が、治療を男の人に手伝わせるなって言ってるんです。だから私と乃愛さんで手伝いたたいんです」
「なんで私が……」
「衛生に関して、ここの人は知識が足りないですよね?一から説明する時間は惜しいので、元々知ってる乃愛さんに手伝って貰いたいんです」
「いやよ。汚れるし……」
そこで乃愛が言葉を切ったので、桜は続きを待った。
桜がじっと見つめるので、観念したように乃愛がため息をついた。
「……血が苦手なのよ」
「そうなんですね、それは……、無理ですね」
桜の言葉は乃愛の同情を引こうとするものでは無かったが、しょんぼりとした様子に乃愛は罪悪感に苛まれた。
(なによ、私がすごく悪いことしてるみたいじゃない)
乃愛は苛立たしげにはあっと息を吐いた。
「仕方ないわね。左玄に借りを作ってやるわ」
桜はパッと顔をあげて微笑んだ。
「ありがとうございます。行きましょう」
笑顔の桜のあとを、憂鬱な気持ちで乃愛が続いた。
戻ってきた乃愛を左玄は嫌そうに、佑海は意外そうに見た。
「左玄、あんたじゃ役に立たないそうだから、手伝ってあげるわ」
左玄は口をへの字に曲げた。
「では、すまんが男どもはみんな出て行ってくれ」
そう言って千才が女性の服に手をかけた時、男が目を剥いた。
「おい、何するんだ!触るんじゃねえ!」
千才がため息を吐き男に向き直った。
しかし千才が口を開く前に、乃愛が前に出て腕を組んだまま男に言い放った。
「医者追い出してどうするのよ。出ていくのはあなたよ」
「なんだと!」
男は乃愛に掴み掛かろうとしたが、その豪華な衣装や尊大な態度から、貴族である事を察して動きを止めた。
「あなたがわがまま言ったから男の人に出て行ってもらうんでしょう。この人の肌を誰にも晒したくないと言うなら、あなたも出ていって」
「俺は夫だぞ!」
「証明できるの?」
強気の乃愛を前に、男は怯む。
「証明って……、何を馬鹿な」
「私たちにはあなたが夫かどうかわからないもの。この女性を守るためにも、あなたには出ていってもらわないと」
桜も内心で乃愛に激しく同意した。
女性の意識がないので確認のしようがない。
それにこの人には出て行ってもらった方が治療がスムーズだ。
「さっさと出ていってくれるか?治療ができん」
「ほら、先生が困ってるでしょ。これ以上ごねたらこの人が苦しむ時間が長くなるのよ。男性はさっさと出ていって」
千才と乃愛に追い立てられ、男は何か言いたげだったが、結局何も口にすることなく出て行った。
乃愛はニヤリと笑って左玄に目を向け、外に出て行くよう顎でさした。
左玄は胸元から何か取り出そうとしたが、
佑海に肩を捕まれて大人しく出ていった。
「はあ、やっと静かになったな」
千才はため息をつき、女性の衣服を脱がせた。
顔の半分と首から下腹部にかけて、酷い火傷だった。
乃愛が隣でうっと呻いた。
桜も最初は同じような反応だったが、朝から何十人も見てきたので冷静に見れるようになってきた。
「他の人と違って、あまり火傷痕が汚れてませんね」
「お貴族様だから、丁重に扱われてたんだろうよ。しかし……薬がもうないな。一度作らんと」
薬を入れていたツボには、底の方に少しだけ塗り薬が見えた。とても火傷部分全体を塗るには足りない。
千才は女性の全身を診察する。
「足が折れとるな。こっちの治療もせんと」
口調は淡々としているが、疲労の色が濃い。朝から働き詰めで、ここにきて失敗の許されないお貴族様だ。
「何をしたらいいの?」
乃愛が憐れむように女性の顔を見つめて言った。
「お前さんもそっちの水で手を綺麗に洗って、その後軟膏を塗ってくれ。わしは足の方を診よう」
石鹸と水が入ったタライと、その横に酒が置いてある。
飲むための酒はアルコール消毒ほど濃度が足りないと聞いたことがあるので、気休め程度だ。
桜と乃愛が手を消毒しようとしていると、急に外が騒がしくなった。
先程の夫を名乗る男が誰かと言い争う声が聞こえた。
「だから私は薬師ですってば。桜さーん、開けてください。中にいるのはわかってるんですよ」
まるで取り立てのような楽次の声に、桜は天幕の布をめくった。
「楽次さん、待ってましたよ」
「おい!」
桜が招き入れようとすると、男が怒鳴った。
「黙りなさい」
すかさず乃愛が威圧する。
それに乗っかるように、桜は早口で男に言った。
「あなたは運がいい。ちょうど薬が切れた時に、よく効く薬を持ってきてくれた薬師が現れたんですから。……銀河、その人抑えてて」
説明しても無駄なようなので、これ以上治療を遅らせたくない桜は、銀河に丸投げした。
天幕の中に入った楽次は、女性の姿をさっと見て、自分の持ってきた袋から手早く薬を取り出していった。
「私は薬師の楽次と申します。あなたがこの救護所の医師ですね」
「ああ、千才だ。助かった。ちょうど薬が切れそうだったんだ。あんたが桜の言った、わしのよりもいい薬を作る薬師か」
桜は隣であわあわしている。
「顔と半身に火傷、足は骨折ですか?あとは……」
楽次と千才が手早く治療方針を決め、桜と乃愛は指示に従って動いた。
「楽次さん、薬だけ銀河に持たせてくれるのかと思ってました」
「いやあ、助かりましたよ。陽也を村に連れて帰ってすぐ出てくるつもりが、新しい薬師が育つまで待ってくれとか、医術を学んでから出て行った方がいいとか、なんやかんやと引き留められて、挙句村長にまつりあげられそうになって……。これ幸いと村を出てきたんですが、銀河様は私を背に乗せると冥道を通れなくてちょっと時間がかかったみたいで……」
例によって、楽次は喋りながらも手は高速で動く。
あっという間に治療が終わり、服を着せ終えた時には女性の顔から苦悶の表情が消え、うっすら瞼を開いた。
「……ここは?」
「ここは治療所よ。治療は終わったから、あとは家で安静にするといいわ」
乃愛が女性に声をかけた。
「しかしこれだけの被害、らちがあかないですね。すぐにわたしの薬も不足します。王城から援助が必要ですね」
「薬だけじゃなく天幕もなんとかせにゃならん。雨が降ったら雨ざらしじゃ。ほら、ご夫君に声をかけてやれ」
千才の指示を受け、乃愛が外で待っていた男を呼び入れた。
「治療費を払っていただける?」
乃愛の言葉に男は顔を真っ赤にした。
「……なんだと⁉︎平民風情の治療に金など払えるか⁉︎」
「馬鹿言わないで。順番抜かししてまで治療を受けたんでしょう。それにお金を持っている人こそ治療費はたくさん払うのが普通でしょう。薬が切れたらその人また痛がるわよ。治療費を払わないならもう治療しないから」
「……、こんなところもう二度とくるか!」
怒鳴りながら男がお金を床にばら撒いた。
乃愛が目を剥いて男の顔に手を伸ばしたが、桜はそれを掴んで止めた。
「乃愛さんの手が痛いですよ。やめた方がいいです」
男はフンッと鼻を鳴らして出て行った。
「何よ、あれをほっといていいの⁉︎」
「乃愛さん、十分です。すごいですね、私達が言えなかった事を言ってくれて、感謝してます」
桜が褒めると、千才も頷いた。
それを見て乃愛は幾分トーンダウンした。
「……まあ、あなた達がいいならいいわ」
桜が散らばったお金を集めていると、それを手伝いながら楽次がヒソヒソと声をかけてきた。
「あちらの、桜さんに負けないくらい無謀な女性は?一見高貴な方に見えますが」
「あれは、天彾様です。私と同じ場所から来た人です」
楽次は目を見開いた。
「どうりで……、ちょっと桜さんと同じものを感じました」
「光栄です」
桜は楽次の皮肉をさらりとかわした。
「しかし……天彾が二人いるという事ですか?」
「あれのどこが天彾じゃ」
千才がため息をついた。
「どう言うことです?」
「すぐにわかる。次の怪我人を連れてきてくれ」
千才が声をかけると、桜は女性のために人払いされていたスタッフの人達を呼び戻した。
「次はこの人をお願いします」
戻ってきた人達は、次の患者を連れていた。
千才は治療するにあたり、優先順位ごとにグループ分けしていた。桜の世界でいうトリアージだ。
「私はちょっと休憩するわ」
千才は顔を顰めたが、桜は乃愛の顔色が悪いことに気づき声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないから休憩するの。また身分の高い人が来て私の力が必要なら呼んでちょうだい」
楽次は観察するように乃愛を見ていたが、何も言うことはなかった。
「でも、一人で外に出たら危ないですよ」
「全く佑海はどこに行ったのかしら。由羅でもいいんだけど。ねえ、あなたが天彾じゃないなら、由羅は私の護衛にした方がいいんじゃないかしたら」
桜が返答に困っていると、楽次が横から口を出した。
「無理だと思いますよ。由羅さんは桜さんが天彾だから一緒にいるわけではないので」
「じゃあなんで一緒にいるのよ。天彾でもないのに」
それはかつて、桜を苦しめた問いだった。しかし今は、由羅自身からその答えを聞いて、共にいてくれる事を知っている。。
「桜さんと一緒にいたいからですよ」
乃愛は一瞬はあ?と言いたげな顔になったが、楽次の圧力のある笑顔にそれ以上言い募る事はなかった。
乃愛は唇を噛んでしばらく考えたのち、桜に向かって再び口を開いた。
「ならあなたの銀の狛馬を貸してくれない?と言うか、その狛馬は私に従うべきじゃない?」
再び桜は返答に困る。
「あれは……、私が使役してるんじゃなくて、銀河自身の意思で側にいてくれてるんです」
「あなたの狛馬じゃないの?でもあなたを守ってるんでしょ?」
「守ってはくれるけど、銀河の力を私が自由に使うことはできないんです」
「それはどういう……」
乃愛の食いつきに桜がたじろいでいると、楽次が桜の肩をポンとたたいた。
「桜さん、先生、一旦休憩してきてください。私が暫く診てるんで」
「そうじゃな、一服させてもらうか。でないと夜までもたんからな」
言いながら、千才は血まみれの前掛けのようなものを外し、腰をトントンたたいた。
乃愛、千才と順番に天幕をくぐり、最後に桜も続いて出ようとした時、楽次が声をかけた。
「桜さん」
振り返ると、楽次が真剣な顔で声を顰めた。
「ここに来るまでに、銀河様からあらましは聞きました。今は休戦状態なだけで、乃愛さんはあちら側の人なんですよね」
桜は首を傾げた。
「どちら側とか、ないと思うんですけど」
「桜さんにとっては同郷の仲間かもしれませんが、乃愛さんの考えは違ったように見えましたよ」
「……」
話の内容は腑に落ちなかったが、真剣な楽次の顔に、桜は何も言い返せなかった。
「あまりこちら側の事情は知られない方がいいと思います」
「銀河が私の狛馬じゃないと言うことをですか?」
「そうですね、あと、桜さんは銀河様に命じて戦わせると、陽也のように加護を失ってしまう可能性があるとか」
「……わかりました」
桜は頷いたが、あまりピンとは来ていなかった。
同じ日本の同世代の女の子が、相手陣営にいるにしても物騒な事に加担するとはとても思えなかったからだ。
休憩していいと言われたが、桜はさほど疲労感を感じていなかったので、水場から汲んできた水で血や汚れのついた包帯や千才の前掛けなどをを洗っていた。
「……元気ね」
乃愛がちょうどいい感じの石に腰掛けながら、呆れたように呟いた。
「私は、もうこの世界に来て半年近くになるんです。その間野営もしたり、獣道を歩いたり、あと、野党に襲われた事もあります」
「タライで洗濯したり?」
「川で洗濯したこともあります」
乃愛がフッと笑った。やはり綺麗な人だと、桜は改めて思った。
「その後山道で狼に襲われました」
「……なかなかヘビーな生活だったのね」
乃愛は呆れたような、同情するような顔を向けた。
「乃愛さんは、この世界の事どれくらい聞き
ましたか?」
「誰もあまり教えてくれなかったわ。先代天彾の日記を読んで、なんとなく理解した程度ね」
木の枝に紐をくくりつけただけの簡易の物干しに、桜は洗ったものをどんどんかけていった。
「この国は、私達の世界のパラレルワールドのようなものなんです。私達の地球から派生したらしくて、こちらの世界の方が力が弱いって言ってました。だから天帝が調整して、この星が滅びないようにしてるみたいです。この星が滅びたら、私達の世界も共倒れになるから」
乃愛が目を見開いた。
「それ、本当?」
「確かめようがなくてわからないんですが、多分そうだと思ってます。私達の世界からこちらに来た人は生き延びられても、こちらから向こうに行った人は生きていけないみたいです」
「あちらからこちらに来た人がいるの?」
「直接会ったことはないけど、います。この国に何かしらの恩恵を与えてくれることが多くて、旅華って言われてます」
乃愛は顎に手を当てて考え込んだ。
「りょかって、天彾とは違うの?」
「天彾とは違って、記憶喪失になってるんです。ただ、記憶がないながらもあちらの世界で執着したものは断片的に覚えているみたいで、カレーとか、ぬいぐるみとか、明らかに向こうの世界から持ち込まれたものがあります。だから私、最初は自分が旅華だと思っていました」
「なるほど、そう言うことね」
乃愛は納得したように大きく頷いた。
「市井に流れ着いたのが旅華、王室に落ちたのが天彾って事じゃない?」
事あるごとに桜が天彾である事を否定する乃愛に千才は顔を顰めるが、桜は気に留めていなかった。
「そうかもしれないです。あと、天帝の加護のようなものがあります。私達の世界と違って、目に見えない、科学では証明できない力です」
「私に加護はあると思う?」
千才は内心であるわけない、と呟いたが、桜は乃愛の言葉を肯定した。
「あると思います」
乃愛は満足げに頷いた。
「乃愛さん、この国の絶対王政についてはどう思いますか?王族が滅びて、民主主義国家になった方が、こんな酷い事が無くなると思いませんか」
「そうね」
とんでもなく不敬な二人の会話に、千才は目を剥いた。
「でも、わたしが天鏡の間に落ちたって事は、国王を正してより良い国にする事が使命なんだと思っているわ」
「天鏡の間の隣の祭具置き場ですけどね」
いつの間にか現れた左玄が、横槍を入れた。
「何しに来たのよ」
乃愛が睨む。
「不本意ながら、お迎えですよ」
少し離れたところから由羅と佑海も近づいてくるのが見えた。
近づく乃愛を素通りして、由羅は桜のそばにきた。
「桜、無理するなよ。暗くなる前に野営地に戻るんだ」
「銀河がいるから大丈夫だよ。由羅はどうするの?」
桜が問うと、乃愛がするりと由羅の腕をとった。
「由羅は私の護衛として王城に戻るの。行きましょう、由羅」
由羅は取られた腕をさっと抜いて、僅かに睨んだように桜には見えた。
「乃愛様は佑海副将の狛馬に乗ってください」
そう言って左玄が乃愛を由羅から引き離した。
引きずられて行く乃愛を見て、桜が不安げに由羅に問う。
「ねえ、乃愛さん、王城で酷い扱いを受けてるんじゃない?」
桜の問いに答えたのは佑海だった。
「いや、今は左玄も言い返しているが、当初は左玄の方がずっと酷い扱いを受けていた。自分が天彾だと主張して、傍若無人に振る舞っていたからな」
「でも、もし天彾じゃなかったら、城から追い出されたんじゃない?」
「……そりゃ不法侵入だからな、追い出すどころでは済まないな」
「じゃあ自分が天彾だって、誰だって言うと思います」
佑海は半分納得したが、この目の前の少女は嘘は吐かないだろうなと思った。
「天彾だと名乗りながら、この未曾有の火事の夜には早々に眠りについた」
桜は、この国の人に自分の常識をどのように伝えたら納得して貰えるかわからなかった。
「それは当然だと思います。普通、火事の最中に素人が助けようと飛び込んだら、二次被害の危険があって、褒められた行動じゃないですから」
それでもお前は飛び込んだじゃないか、と思ったが佑海は口にしなかった。
「今朝はなかなか出かけようとしなかったし、街の惨状を見て早々に帰ろうとしていた」
「私達は平和な国から来たから、こんな酷い場面を目にすることはなかったから、仕方ないです。私達の世界では、災害時はまず自衛隊って言う救助の専門の人が動いて、素人が手伝うようになるのはある程度落ち着いてからです。でも乃愛さん、傷だらけの子供を抱きかかえていたし、女の人にも優しかったです」
「……桜は朝から救助に駆け回っていただろう」
佑海が思った事を、由羅が口にした。
「私もここに来たばかりの時は同じようなものだったと思う。慣れたんだよ」
(自分はこき下ろされたのに、一貫して乃愛を庇うんだな)
佑海は感心を通り越して呆れながら聞いた。
「では、あの娘は何ができる?何をやらせればいい?」
「炊き出しと、もし王様に進言できるような立場にいるなら、医療物資の支援をお願いして欲しいです。私には出来ないことだから」
炊き出しなら、確かに乃愛の好きそうな仕事だと佑海は納得して頷いた。
「わかった、善処しよう。では由羅、そろそろ行くぞ」
乃愛と左玄の険悪な様子を横目に、由羅を促す。
「桜、俺は中から様子を探る」
由羅は屈んで、桜の耳元で言った。
「無茶しないでね。中に巳霧がいるから」
由羅は少し驚いた顔を見せ、頷いた。
痺れを切らした乃愛が戻ってきて、再び由羅の手を取る。
乃愛は桜をチラリと見て、勝ち誇った顔をした。
「私には由羅がいるから、銀河はいいわ」
「武器が持てないので離してください」
冷ややかに由羅が告げるが、乃愛はお構いなしだった。
「……なんかすまんな」
去って行く由羅の背を見つめる桜に、なぜか佑海が謝った。
「いいんです。それより、乃愛さんとちゃんと向き合って、この国の事情を教えてあげてください」
佑海は桜に言われて初めて、これまで乃愛にあまり向き合ってこなかった事に思い至った。




