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寝息

 地下十階は八階までと同様に灯りがなく、部屋と部屋を通路で繋げたタイプの構成だ。壁と天井は石でできているが、地面は土で、膝くらいの高さの草むらになっている。光がないのに草が育っているシステムは全くの謎だ。部屋の入口と出口を結ぶように獣道がある。


 俺は光る石をばら撒き、ロングメイスのライトのエンチャントも光らせて、なるべく明るくしながら進んでいった。


 階段から三部屋目に進もうとしたら、次の部屋の入り口がゼリー状の物質で塞がれていた。


「なんだろうこれ?」

「分かりません。これでは先に進めないですね。引き返して別の道を探しましょう」


 他の通路を進み、他の部屋を隈なく探してみたが、どれも行き止まりで、先に進むにはこのブヨブヨを何とかするしかない。


「エミリー、どうしようこれ?」

「掘ってみます?」


 試しに剣で切ってみた。難なく刺さる。特に反応はない。


「タクヤさん、これ、魔法生物です」

「……スライムか……焼くか」


 奥の方は分からないがおそらく部屋を埋め尽くしている。とんでもない大きさのスライムだ。俺は距離をとり、ストレージの中の、握り拳二つ分の大きさの石に、炎熱をエンチャントして最大までマナを充填した。


——シュート!


 右手を伸ばし、手のひらをスライムに向けて、手の先から石を射出したようなポーズをとる。そんな演出は要らないんだが、なんとなくかっこつけてみた。目標に向かって半身か真横にするとかっこいい。猫を抱えているがキマってるだろうか?


 貫通しないようにスライムがいる地面に向けて放つ。石はスライムにめり込み、赤く光った。


 気のせいだと思うが、断末魔のような叫び声が聞こえた気がする。暫くするとスライムは弾け、輪郭を留めなくなったドロドロの粘液が津波のように襲ってきた。


——ストレージ!


 慌てて流れてくる粘液を何回かに分けて吸い込む。死んだスライムにどのような害があるのか分からないが、身体にくっつくと気持ち悪い。


「ペプ、危なかったな」


 ペプは寝ていた。すぴーすぴーと寝息が聞こえる。



「タクヤさん、魔石があります」


 地面の粘液を吸い込みつつスライムがいた部屋に入ると、粘液の中に魔石があり、ぼーっと光っている。魔石の他にも数粒の宝石とピカピカの金貨十数枚、トゲオオカミと大イノシシの骨がそのままの形で埋まっていた。全てストレージに入れる。


「魔石を取り込んで大きくなったんだろうか?」

「そうかもしれませんね」


 それとも大イノシシとかを取り込んだからなのか。魔石はどっからきたのか。考えても仕方ないので、落ちている粘液を全て吸い込んで先に進むことにした。



 スライムが守護モンスターかと思ったのに、まだ先かあった。スライムはただ単に大きかっただけらしい。


 何部屋か進むと、雰囲気が変わった部屋に出た。ボス部屋だ。他のボス部屋もそうだったが、高い天井がほんのり明るく光り、広い。俺たちは入り口からこっそり中を伺うと、離れた壁際にポツンと一匹のモンスターがいた。


 守護モンスターは、全身真っ赤な、人の顔をした獣だ。尻尾が長く、先端にドリルが付いている。顔にはツノも牙も無い。トラかライオンの程度の大きさだ。なんだか小さな印象を受ける。ボスイノシシが巨大だったからそう感じるだけだろう。


 人の顔をしているってことは、知能があってしゃべるんだろうか? それは戦いにくそうだ。交渉できるだろうか? 奇襲は後味が悪そうだ。


「こいつは多分、マンティコアだな。エミリー、ペプを頼む」


 俺はロングメイスを構えて部屋に入り、マンティコアと対峙した。


「すまんが先に進みたい。通してくれないか?」


 マンティコアの背中に何か付いているな、と思ったものは蝙蝠のような羽だった。それを大きく広げ、上唇を剥きだし、歯を見せて威嚇してきた。人の顔かと思ったが今はヒヒの顔に見える。会話は出来そうにない。


 マンティコアが飛び上がった。蝙蝠の羽をバサバサと高速に動かし、部屋中を飛び回る。俺はロングメイスを構え、襲いかかってきたところにカウンターを合わせようと待ち構える。


――…………


 襲ってこない。ずっと飛んでる。体力あるな。それとも、何か、今、目に見えない攻撃をされているんだろうか? そういうわけでもないか。


――先に進むか……


 俺は次の階への扉を開け、安全を確認してからペプとエミリーを迎えに行く。扉を開けたら襲いかかってくるかと思ったが、マンティコアは天井付近をバタバタと飛んでいる。


 扉付近のマンティコアがいた場所は、地面を掘った巣のようになっている。金貨、宝石、短剣、指輪、バングルが落ちているのでありがたく拾い、階段を降りた。


 十一階に出る手前でエミリーが話しかけてきた。


「さっきのバングルってマジックアイテムじゃなかったですか?」

「調べてみる」


 俺は階段に腰掛けて、IDEを開いた。確かにそうだった。コードを見ても何かわからない。強化系のような気がするが……。


「……さん? タクヤさん?」

「……どうした?」

「今、白目むいてましたよ? 大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

「魔法を覚えるときの顔ですね? いったい何をやってたんですか?」

「説明が難しい。気にするな」


 ペプがしきりに俺の顎を舐めている。


「このバングルは何かの強化系のような気がするが分からない。店で鑑定してもらうしかないか。呪われていたら大変だ」

「呪いは無さそうですよ」

「分かるのか?」

「ええ、マナが綺麗なので」


 マナ視で呪いの有無も分かるのか。そして、俺の元の世界の知識をベースに話していたが、この世界にも呪いのアイテムがあるのか。やっぱり外せなくなるんだろうか? 外れなくなってもストレージに入れちゃえばよさそうだ。試しに着けてみるか。


「これは……腕の筋力が増す」

「本当ですか!? レアアイテムですね!」

「そうなのか?」

「超~~~使えるのになかなかドロップしないんです!」

「こういうのはやっぱりドロップするものなのか?」


 エミリーが言うには、マジックアイテムは、どうやらダンジョン起源説が有力らしい。例えばダンジョン主が作り、冒険者を引き寄せるための撒き餌としてダンジョンに配置する、みたいな。もしくは、普通のアクセサリーや武具をダンジョンに入れておくと、マナの影響でそのうち何かのエンチャントが自然に付くとか。


 この世界のエンチャンターは、そうやって生み出されたアイテムを解析してコピーする。俺のようにエンチャント魔法を解析したり変化させたりすることはないらしい。ただ、歴史上の天才エンチャンターがオリジナルのエンチャントを生み出したことがあると言われているとのこと。


「エミリーは魔法とか歴史とかに詳しいな」

「ルーンビアでは常識だったりします。アニバール大陸、というか、ハロン王国だけ極端に遅れているんです……」

「……そうだったのか」


 そんな発展途上国に召喚されたのか。


「エミリーはいつこの国に来たんだ?」

「二年前です。昔はハロン王国は誰も見向きもしない田舎の国でした。ダンジョンが出来て、冒険者が来て、ダンジョン産のアイテムや魔物由来のものが産出するようになって潤い始めたんです。あたしも新しいダンジョンでなら冒険者になれるかと思ってこの国に来たんです。ところが力不足で、冒険者にはなれずに魔術師ギルドにいます」


 元の世界の俺も同じだったな……。ガキの頃に持っていた根拠のない自信は、社会で揉まれて削られていって、結局なんとか収まる居場所にしがみついていた。


「エミリーは魔法が使えるしユニークスキルもあるのに冒険者になれないって、何がいけないんだ?」

「非力なので武器が使えないし、魔力も少ないです」


 そうは言っても、マナが見えるから罠も魔法生物も発見できるってすごいのに。自信と度胸が足りないのか。まあ、俺も度胸はないが。ビアンカはアーベルのパーティで普通に冒険者をしている。精神的なものじゃないか?


「じゃあ、これがあれば武器が使えるな」


 俺は腕力の腕輪を渡した。


「もらっていいんですか?」

「もちろんだ」


 魔法のコードはすでにコピーしてある。


「武器は盾とメイスがいいかな」


 俺はストレージから適当に出して渡した。どっちもプロテクションをエンチャントした。なんとなく意地悪のつもりで重い鉄の盾を渡したが、腕輪をはめたエミリーはそれを難なく持ち上げた。これにプロテクションのローブとヒールがある。めっちゃめちゃ強いと思う。大イノシシやボスは無理かも知れないけど。いや、戦い方次第か。魔法もあるし。



 十一階はまたやや明るい林だった。曇り空っぽい。地下なのに空に見えるのが不思議だ。森と林の違いが分からないから、ここがどっちなのか判断できないが、木がダンジョンの外の森のだいたい三分の二の密度で生えてるから、ここは林なんだろう。漢字的に。


 ちょっと遠くに都合良くトゲオオカミがいたので、マジックアローをぶつけて釣った、エミリーに戦わせてみた。二匹走ってきたので、一匹目を矢で倒し、後ろに下がる。


「ごふっ」


 トゲオオカミがエミリーの鉄盾に衝突し、エミリーが変な声を出した。その装備ならノーダメージのはずだが……。ふらふらになったトゲオオカミの頭に、エミリーが思いきりメイスを打ち下ろした。トゲオオカミは即死した。


 その後もトゲオオカミとツノウサギ、たまに俺も手伝って大イノシシを乱獲した。林のように広いところなら、エミリーのマナ視で敵が見えるので楽ちんだ。



 体力的にはまだ余裕があったが、安全そうなこの階で一泊することにした。穴を掘って砂を入れ、ペプのトイレを作る。スケルトンを二体出して見張りを命令する。


 薪で火を焚き、鍋をかけて、鶏ガラで作ったブイヨンと鶏肉、キャベツ、タマネギでスープを作った。


「どうだ、美味いだろ? 出汁が効いてるだろ?」

「ええ、確かに、この間のよりずっと美味しいですね」


 ふふふ……わざわざ火を起こした甲斐ががあった。なんかちょっと、無理矢理言わせたような雰囲気になったが。



「さっき、魔力が少ないって言ってたが、魔力を増やす修行はしてないのか?」

「え? そんなのあるんですか?」

「単純に、限界までマナを使うとマナの最大量が増える」

「それって、気分が悪くなったり気絶したりしませんか?」

「うむ、する。だが、それを何回も繰り返すと増える」

「そうなんですね。気絶するほど魔法を使うと危ないから御法度だって教わってました」

「そうか。何か悪影響があるのかも知れないが、俺は気絶法で増やした」

「そうなんですね。今日からやってみます」


 エミリーは寝る前に、それぞれのマジックアイテムにマナをチャージして……。


「ゲーッ……」


 吐いた。そして卒倒した。


 俺のように限界を超えてマナを使うことはできないと思うけど、卒倒するくらいならきっと効果があるだろう。俺は汚物に土をかけて片付けた。


 そして腕枕したペプに顎を舐められながら、自分ヒールをかけて寝た。



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