ツルハシ
時間があるので、西門から街を出て、剣の召喚者の墓、丘の上の木に向かった。木は一回り大きくなっていた。
召喚者の隣に穴を掘り、冒険者の骨を埋葬した。木にはヒール水をかけた。木がもっと大きくなればこの場所が長い間そのままになるだろうと思って。
今日は気分的にあまり頑張れない。泥濘んでるし。やることやってお休みにしようと思う。
俺はハウスに入り、ロングメイスにエンチャントをした。石突には前のバトルスタッフと同じく凶悪なトゲを、全体的にプロテクションを、先端の四枚ある尖った羽根のうち、一枚にはファイアショットを、反対側の一枚にはマジックアローをエンチャントした。そこだけプロテクションが無いから脆くなるが、まあいいだろう。
羽根が小さいせいで、ファイアボールをエンチャントすると一発しか撃てなかった。仕方なくファイアショットにした。どうせ牽制用だ。マジックアローは魔法生物に効果が高い。これも牽制用だが、相手によってはこれで致命傷になる。
新しい武器はこんな感じでいくことにした。そもそもダンジョンでソロの時は剣を持つと思うし、売るときは別のエンチャントにすると思うけど。まあ、なるべく慣れるために使ってみよう。
昼からはペプと商業区画でランチを摂って、店を見て回った。消耗品、主に布を買い足して、食料も不自然にならない程度にたくさん買って、ダンジョンでピンチの時に役立ちそうなロープとか小さめのナイフとか、いわゆるサバイバル系のアイテムを買った。ダンジョンから一発で出られる魔法のアイテムとかあればいいのに。まあ、空間転移系の魔法はないから無理か。
それと、ツルハシを買った。元の世界のツルハシとは違い、鍬に近い。プロテクションをエンチャントすれば岩でも掘れるはず。落とし穴からの脱出とか、行き止まりとか、落石とか、ツルハシが役立ちそうなシチュエーションはありそうだ。無い方がいいが。
夕方からいつものバーで飲んだ。落ち着いた、いい時間を過ごした。そういやこのバーには伝言を聞きに、定期的に来なきゃいけなかったのを忘れてた。もっと頻度を増やそう。
歩けるうちに西門から街を出て、森でハウスに入り、どうせ明日は移動ばかりだからと思って飲み直して、寝た。
◇◇◇◇◇
朝、目覚めて、ルーチンをこなした。待ち合わせまで時間がなかったので、今日もスパーはなし。シャワーだけ浴びて街に向かった。
「やあ、シスター、おはよう」
「ナア」
馬車の発着場に行くと、シスターが待ってた。ペプも挨拶をした。
近くの露店で昼飯を買って、馬車に乗った。
何度もシスターの依頼を受けている。無償で。しかし悪い気がしない。なんでだろう? 騙されているんだろうか? なにか魅了系の魔法に掛けられているんだろうか? まあ確かにシスターは美人だから、ついつい甘い顔をしてしまう。これは性と書いてサガだからしょうがない。
「もしかして、またあの洞窟なのか?」
「そうなの。今度は楽勝な感じなのよ」
——そんなことはないだろ……
「いいか、楽勝に見えたからって一人で飛びかかるな。それから、火は使うな。俺が火をつける。ピンチのときは逃げろ」
「もちろんよ」
——わかってなさそうだ……
ヨーギの街に昼過ぎに着き、ペプをハウスに入れて、徒歩で洞窟に向かった。着いたのは夕方近くだった。
洞窟の入り口から中を伺ってる人がいる。もしかして、と思ったら……。
「リリー?」
ネズミ顔のリリーがいた。赤い革の胸当てとスカートのような革鎧、腰にはレイピアのような細身の剣を刺している。 くっそ、ネズミのくせにいい匂いがする。
「タクヤね。伯爵の下僕がここで何か怪しいことをしてるって情報があったの」
リリーの指輪が目立つ。大きなレモン色の石だ。ネックレスもなぜか妙に気にかかる。こっちは銀に小さなダイヤモンドのようだ。地味なのに。マジックアイテムだったりして。まあ、俺にはダイヤモンドとガラスの区別も付きませんけども。
「俺はゾンビがいるって聞いたぞ」
「誰から?」
「このシスターだ。シスター、こちらリリー。リリー、シスターだ」
コミュ障の俺はこういう海外ドラマのような紹介はしたことがなかった。初めてなのにうまくいった。うれしい。しかし彼女たちはあまり仲良くなれなそうな感じだ。握手とかしないのか。よろしく、とか。
「とにかく入ってみるか。罠に注意しろ」
俺は鞄から出した光る石ころを投げながら、洞窟を進んでいった。大部屋の入り口には、前に破壊された鉄格子の扉はなくなっており、部屋の真ん中に麻袋を頭に被せられたゾンビが立っていた。ゾンビの胸にはナイフが刺さっている。
「罠……なのか?」
上下左右を見回してみても怪しい物はない。落とし穴でもなさそうだ。
「燃やす?」
俺が火をつけると言ってるのに。
「ちょっと待て、あの服に見覚えがある」
「あの服って……」
リリーも気がついたようだ。伯爵の小男の服だ。麻袋を取って確かめなきゃいけない。
俺はロングメイスでゾンビの膝を折った。あっさり折れた。スーパーゾンビではないらしい。
倒れたゾンビの頭の袋を外すと、土気色の小男の顔が現れた。目の焦点が合っていない。まあ死んでるからな。片足で襲いかかってきたので、逆の足も折って動けなくした。生かしておいてもしょうがないので、頭を砕いて殺した。
シスターが呪文を唱えようとするのを制して、鞄から油と燃えてる枝を出してゾンビを焼いた。黒煙が上がったので外に出た。
リリーがホッとした表情で言う。
「罠はなかったようね」
「しかし、おそらく見られたな」
「見られた?」
「顔を知られた」
小男は囮だ。誰が倒しに来るか、敵がどこからか見張っていたに違いない。ということは前回は見られていなかったのか。ただ木を燃やしただけだったのか。なんか恥ずかしいな……。
「今後は伯爵の手の者に襲われる可能性がある。特にリリーの顔は覚えやすいから気をつけろ」
「どういう意味よ」
仮に襲われるとすれば、目的は、邪魔だからか、口封じか。あいつらがなぜゾンビを作ってるのかわからないから、なんとも言えない。
「なあシスター、あいつらはなぜゾンビを作ってるんだ?」
「さあ?」
「知らないの?」
「うん」
「ゾンビを作ってるやつとか理由とか調べたりしないの?」
「あたしは悪魔を滅ぼすだけよ」
「…………」
悪魔とゾンビは違うし……なんなら人を殺してゾンビにしてるやつが悪魔だし……。
「俺はヨーギで一泊するが、おまえたちはどうする? できれば単独行動は避けた方がいい」
「街までは一緒にいくわ」
「あたしもよ」
街まで三人で言葉少なに歩いた。
「じゃあここで」
なんとなく冒険者ギルド前で解散になった。
俺は市場で食料を買い込み、ハウスからペプを出して一緒に居酒屋で一杯やることにした。
「ペプ、ゾンビの件は積極的には動かないつもりだけど、狙われる可能性がでてきたよ。どうしようか?」
ペプは生魚を食べるのに必死だ。まあ、狙われたところで俺が負けるとは思えないが。と思うのは慢心なのかどうなのか。念のため、常にプロテクションコートを着てロングメイスを持っておくか。あと心配なのはペプだ。プロテクションを常にかけているから何かあっても大丈夫だと思うが。
俺が狙われてもなんとでもなるけど、シスターとリリーは問題だよな……。でも、シスターには修道院のお仲間がいるだろうし、リリーはなにか組織があるみたいだし、大丈夫か。頼まれたらなんとかするけど。
「さてペプ、明日もやることあるし、せっかくヨーギに来たからエリース村にも顔を出したいよな」
「ナア」
ペプは俺の肩に頭を乗せて寝始めた。俺は店を出て、森に入りハウスに帰った。




