渇き
石の扉を開けたら、またすごい音がした。チャイムを兼ねている作りなんだろうか。意外と軽い力で開くのも不思議だ。
遺跡の中は下へ向かう階段があって、一階分、降りたところから通路が伸びている。天井から魔石がぶら下がっていて、青白い照明になっている。この遺跡を作った人々は、おそらく高度な文明だったと思うが、きっと今は残っていないんだよな。
俺はローブの下に革鎧を着て、バトルスタッフを装備した。準備万端だ。バトルスタッフにはもっといい名前をつけたい。
ここは魔石が少なくて暗い。壁に穴が無いところを見ると、誰かが持っていったわけではなく、最初から無いようだ。要所で一つずつはめ込まれていたりぶら下がっていたりするので、拝借するのは憚られる。
通路を進んでいくと、T字路にぶつかった。右も左も、二十メートルくらい先で部屋に繋がっている。こういうときは右からだ。迷路の必勝法、右の壁伝い、俺はその使い手だ。
薄暗いので、光る石ころを放り投げた。何かいたら反応するはず。そして、いた。
二匹の狼が走ってきたと思った。しかし狼と大きく違うのは、頭に角が生えていて、背骨に沿って大きなトゲが何本も生えていることだった。素早かったので反応が遅れた。角を突き刺そうと頭から突進してきたのを、スタッフで止める。
——石!
ロックフォールを落としたが、角にぶつかり、クリーンヒットにはならなかった。もう一匹が脇腹にぶつかってきた。角が少し刺さった。内臓に刺さるほどは深くないがプロテクションで防ぎきれなかったのか。俺はそれには構わずに一匹目の頭に向けて、思い切り杖を振り、頭を割る。二匹目の首筋に杖の石突きを刺す。そしてそのまま放り投げ、壁にぶつけた。トドメで頭に杖を落とした。
——ヒール……
ダメージはすぐに回復した。しかし、反省点の多い戦いだった。
それにしても、このトゲオオカミ、マナの影響だろうか? オオカミから変異したのは間違いないと思うんだが。オオカミに角やトゲトゲを付けても、サイやウシのように本体がどっしりとしていないので効果は薄いと思われる。生存競争で角が有利に働いたとは思えないが……。まあ俺は進化論を百パーセントは信じていないタイプなので、こんなこともあるんだなと思って納得した。
角は硬そうだから、珍重されるかもなー、って思いながら、杖で角を叩く。コンコンと音がした。売れそうなので二匹ともストレージに入れた。
右の部屋を探索した。真ん中に柱があり、大きな魔石が照明として置かれていた。暗くなるが大きかったので頂戴した。その他には何もなかった。
俺は左の部屋にも、身構えてから、光る石ころを投げた。何も出てこなかったが、強く投げすぎて突き当たりの壁に当たり、おかしな音を立てた。壁の向こうに空間がある。
近づいて、杖で叩くと、間違いなく壁一枚隔てた向こうに空間があるのがわかった。さて、どうやって開けるのか。俺の膨大なフィクションの知識が、どこかにスイッチがあると言っている。そのスイッチに罠があるとかありがちだし、スイッチを押したらさっきのトゲオオカミみたいに何か走ってくるかも知れない。俺の知識はすごい。さっきはしくじったけど。
こういうときいつも思ってたんだが、動力はいったいどうなってるのかと。鞭がすごく巧い考古学者の冒険譚から、ああいう仕掛けが冒険の基本になったが、いったい全体どうやって動いているんだってものばかりだった。絶対、裏に電気が通ってるだろってものとか、罠の下に骸骨があって、ああ、罠で死んだんだなってのがわかるようになっているが、じゃあその罠はどうやって引っ込んだんだとか。
そんなこんなでうろうろしてたら、床のスイッチを踏み抜いた。まさかの展開。そして壁の隠し扉が開いた。この世界の動力はマナだ。ここでは魔石から供給されているのか。
俺は思わず二、三歩後ろに下がって、杖を構えた。今度は間違いなくブラインドで先制する、そう思ったけど何も出てこなかった。十、数えて、俺は恐る恐る隠されていた壁の向こうを見たら、暗い通路が真っ直ぐ伸びていた。幅も高さも大人一人がギリギリの感じ、罠あるだろー。
俺は光る石ころを三つ、壁や床に当たるように投げてみたが何も反応がなかった。うーむ、罠ないのかな……ディテクトトラップの魔法とかないのかな? こういうの課題だな。俺は杖を構えつつ、一歩一歩進んだ。狭いところで杖が使いにくいのも課題だなあ。
結局、罠はなかった。
眩しいので石ころを回収して進むと、隠し扉の前の部屋と同じ広さ、同じ作り部屋があった。テーブルと二つの椅子がある。
そしてそこに、女性が三人、武器を構えて立っていた。
「やあ」
襲いかかってこないし、悪そうにも見えなかったので、なるべく明るく挨拶した。彼女らの瞳は真っ赤なんだけど。
「お前、何者だ?」
牙があった……。
「趣味で冒険をしている者だ。気になる遺跡があったので入らせてもらった。お邪魔のようだからすぐに出て行く。だが、その前に話を聞いてもいいかな?」
いやー、吸血鬼でしょ彼女ら。またの名をヴァンパイアでしょ。ヴァンパイアの複数形が分かんないけど、そのままでいいのかな。ヴァンパイアーズ。襲ってこないから逆に興味が沸いた。逆に。
「何が聞きたい……?」
「俺はこのせか……げふんげふん……この国は初めてなんだ。いろいろ教えてもらえないかと思ってな。っていうか、あんたら吸血鬼だろう? 人間を襲わないのか?」
口を開いた女性は、見かけの年齢は二十五歳くらい、真っ赤な瞳に似合う真っ赤な髪のロングヘアーだ。貴族風のレースのついたシャツとスカートを身につけている。武器は剣だ。右後ろの彼女は二十歳に満たない顔だ。顔にそばかすがある。ローブかと思ったら布を巻いている。左後ろの彼女は、見かけより落ち着いたタイプだろうという推測を加味して二十歳、水色のローブだ。変な色だ。棍棒を構えている。
「我々は、人間を襲わない。もうやめた。ほっといてくれ」
なんとなく、ひもじい印象がするんだよなあ。服もそうだけど。
「肉は食うのか? 干し肉とか。生肉の方が好きか?」
俺はストレージから出した、べっちょりとした鹿肉を手に乗せて差し出した。瞬間、食いついてきた。襲われるかと思った……。
「あー、取り分けようか? よく切れるナイフがあるけど? 皿もたくさんあるよ? 美味しい水はいるかい?」って言おうとしたけど、怖かったのでやめた。
「ゆっくりおしゃべりがしたいだけだ。寿命は長いんだろう? いつからここにいる?」
「知らない。数えてない」
「座っていいか? あんたらは生まれた時から吸血鬼だったのか?」
俺はストレージから椅子を二つ出した。テーブルから少し離れて足を組んで座った。ただ者ではない感が出たはず。
「自己紹介が遅くなったな。俺はタクヤという。冒険者だ。今までヨーギに住んでいたが、これから王都に引っ越すつもりだ」
「わたしはエリザベス。そしてアデルとライラだ。わたしたちは昔は人間だった。我々は戦いを望まない」
聞くと彼女らは、貴族とその召使いだったが、大昔に襲われて吸血鬼の眷属になったという。その吸血鬼の主人が、別の種族の吸血鬼との戦いに敗れ、彼女らは自由の身となって、吸血鬼の城から離れるように居場所を変え、最終的にこの遺跡に落ち着いたとのこと。ここは隠し部屋になっているし、誰か入ってくればすぐ分かるからだ。
彼女らは人間の血を必要としないが、哺乳類の血と肉は必要で、ここに棲みつくモンスターや盗賊からそれらを得ている。この遺跡に居れば不思議と空腹感や渇望感が薄れるらしい。まあ、それは部屋の真ん中の柱にあるでかい魔石のおかげだろう。
そもそもこの遺跡がなんなのかとかはさっぱり分からないらしい。彼女らの故郷ももう滅び、新しい王国も街もわからない。
「外に出れば渇きが襲ってくる。わたしたちはここで生きながらえるのが望みだ。しかしついこの間だ、強い吸血鬼の力を感じた。同族の力は離れてても感じられる。近ければ近いほど、強ければ強いほど。わたしたちはそれが怖い。太古の吸血鬼が目覚め、その者に操られ、戦いに繰り出されるのが怖い」
涙が出る。彼女たちの悠久の時を想像すると胸が詰まる。そんな人生あっていいのか。興味本位で話を聞いただけなのに。聞くんじゃなかった。
俺は布を身体に巻いているライラに、俺の使い古しのローブを渡した。黒くないやつだ。洗濯してある。
「ジャイアントを食べるか?」
聞いたがジャイアントを知らなかった。人は食べれるとのことなので、ジャイアントの死にたてほかほかの死体をストレージから出した。部屋に入りきらなくて、頭が壁にもたれかかっている。出してから気づいたがひょろひょろだ。太ったイノシシとかの方が肉が付いてたか。それでも血が多いからなのか、彼女たちは喜んだ。
「これは魔石だ。そこの柱にある石と同じものだ。おそらくだが、これがあれば外に出てもある程度は渇きを抑えられるはずだ。俺に連絡を取りたければ、魔術師ギルドを訪ねるといい」
ゴルフボール大の魔石を三つ渡し、念のため柱の魔石も持ち運べるように取り外した。
「君たちが平和に過ごせますように」
俺は右手の手のひらを彼女らに向けて、中指と薬指でピースのサインを作って見せた。
隠し部屋の外の部屋の柱にあった魔石は頂戴した。彼女らにとって暗い方がいいはずなんだ。きっとそうに違いないから。
それにしても、
——うーん、来るんじゃなかったか
しかし、それはしょうがない。遺跡があったら入る、それはしょうがない。
俺はしばらく道なりに歩いた。多分一時間ほど。まだ日が出ていたが、ハウスに入り、ジンロックを作った。
「ペプ、つらい人生の人たちがいたよ……」
「ナァ……」
ペプは俺を慰めるように顎を舐め始めた。




