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魔法

 よく眠れた。寝る前にしたヒールでは、疲労自体は取れないみたいだ。まあ、それが取れたら二十四時間戦える。ヤバい薬みたいだ。でも、もしかしたら、元の世界での常識はここでは通用しないかも。そういう魔法があって、マナが続く限り戦えたりして……。


 ヤバい薬はともかく、麻はあるんだろうな。麻袋があったし。もしかしたら違うものからできてるかもしれないけど。この世界、元の世界と植物が同じだ。すげえ謎だ。そもそも人間も同じなのも、よく考えたらおかしい。


 つまり俺が言いたいのは、異世界、別世界なら生態系が全然違ってていいはずだ。ヒトが小動物から猿を経て人間まで進化した過程では、様々な幸運が重なった。ほんの少し環境パラメータがずれていたら、地球に人間は誕生しなかったどころか。知的生命体が生まれていない可能性の方が大きいくらい。つまり俺が住んでた世界と異世界では、何もかもが違ってて当たり前なわけだ。


 なのにこの世界は、中世ヨーロッパそのものだ。違うのは、魔法がある、そのくらいだ。中世に詳しいわけじゃないから他の違いが分からないけど。そういうことなら言葉が通じるのもおかしいな。


 だから、他の国も世界地図も知らないで言うのは早計なのかも知れないが、なにか人為的な、例えば神の意志、が働いてる気がする。そしてそんな不思議な世界に呼び出したやつと今日、話しに行くんだが。


 もちろん、元の世界と歴史の一時点で分離した世界って可能性もある。もしもの世界、みたいなものか。宇宙には平行宇宙が無限に存在しているって説が有力だと聞いたことがある。何しろ無限なわけだから、同じ宇宙、同じ地球、全く同じ歴史、でも俺が昨日朝飯を食べなかった世界っていうのもある。だからそういう世界の一つに来たという可能性もある。魔法が発展した科学的根拠については想像もできないが。


 まあ、もしかしたら隣の国にはトカゲ人間や猫人間が住んでるかも知れないし、別の国では街が鉄で出来ていて電気が通っていて飛行艇があるかも知れない。そうだったらおもしろいな。



 朝のルーチン、骨先生とのスパー、シャワー、朝食を済ませて、魔術師ギルドに向かう。


 ヒール魔法を、集中しなくてもいつでも発動できるようにしたい。痛みでのたうちまわってる時に集中なんかできないし、戦闘中に回復したいこともあるかも知れない。そんなシチュエーションはまっぴらごめんだけど、まさかの時に命を繋ぐかも。というわけで、そういう練習をしながら歩いた。まあ、歩いてると足が痛くなるから、ヒールしながら歩ければ都合がいい。


 そんなこんなで魔術師ギルドが近づいてくる。ギルドには、工場を想起させる大きな石造りの立方体の建物と、その横に建っている同じ高さの、窓を見るとおそらく三階建てのスリムな建物の二棟がある。多分裏側に牢屋がある。スリムな方が正面らしい。工場の方は魔法の実験などに使うのだろうか? 


「ペプ、どう思う? 一緒に行く?」


 ペプが俺にしがみついた。爪が肩に刺さって痛い。爪切りが欲しい。言葉分かってんの? だったら爪立てないで……。


 ギルドの入り口には衛兵が立っている。町で見た衛兵とは少し雰囲気が違う。軽装だ。魔法戦士なのかな? 軽く会釈して中に入ると、ギルドのローブを着た下っ端っぽい人が出てきて案内してくれた。よく俺だって分かったな。猫か。それか顔が怖いやつって聞いてたのか。そういえばまだ名乗ってない。


 執務室なのか、あまり魔法っぽさを感じさせない部屋に通された。ヴァレリウスが待っていた。歳は五十歳くらいだろうか。短く刈り揃えた金髪、こめかみから繋がる顎髭、背格好は俺と同じくらい、ローブで隠れているが痩せマッチョに違いない。


「呼び出して済まない。えーっと……」

「タクヤだ」

「タクヤ君、これから君に……」

「タクヤでいい。最初にはっきりさせたい。俺を元の世界に戻すことは可能か?」

「申し訳ない。それはできない」

「そうか。続けてくれ」


 戻れないのかー。まあ、なんかいいやって感じになってるが。できれば今俺が持ってるもの全てそのままで元の世界に戻りたい。能力を活かして大泥棒になるのもいいかもしれない。ペプの目をモチーフにした怪盗「猫の目」、とか。でも無理らしい。まあ、魔法を研究すれば帰れるかも知れないし、幼女神が戻してくれるかも知れないし。


 とりあえず、交渉で負けたくないからなるべく横柄な態度をとる。


「まず君に謝罪したい。言い訳に聞こえるかも知れないが、君を放逐するつもりは決して無かった。我々は召喚者に、充分な支度金と銘が付くグレードの剣と短剣を渡している。あの時、君は体調がよくなかったし、私もマナを使いすぎて気を失ってしまった。支度金と剣をイーサンに預けていたんだが、持って逃げたんだろう。本当にすまなかった」


 ヴァレリウスは頭を下げた。っていうか、あの剣は名剣だったのか。どうりで敵がサクサク切れるわけだ……俺の実力じゃあないんだな……。短剣も使うのがもったいないほどきれいでピカピカしてるし。やべえどうしよ、もう人前で使えない。


「支度金を渡すだけではなく、魔法の指導、スキル向上のアドバイス、訓練などを行っている。もちろん今後、君に対して最大限の支援をするつもりだ」


 俺は渋面を作っているが、内心は早く魔法を教えて欲しくてウズウズしてる。


「納得できない気持ちは分かる。まずは最初から説明させて欲しい。昨日も言ったが、君を召喚したのは私だ。これについても謝罪しよう。言葉を飾るつもりはない。私は誘拐に等しい行為をしている」

「……」

「君を……君たちを召喚した理由は、魔族の討伐をして欲しいからだ。無論、強制するつもりはない。ところでタクヤ、君は今までどうやって生きていた? 金が必要だっただろう?」

「盗賊を襲った」

「強いな。何か特別なスキルがあるのか?」

「いや、マヌケな連中だったので不意打ちで倒した」

「そうか……特別なスキルはないのか? 魔法が使えるとか」

「いや、ない」

「そうか……まだ気付いてないだけかも知れないな……。この国では、十年前から魔族の活動が活発になった。魔族が作る地下迷宮の数が増え、その影響で地上の魔物も活性化した。魔族の目的は、魔王を召喚することだ。そのために地下迷宮を作り、マナで満たし、力を貯めている。だが我々はひとつとして魔族のいるダンジョンの攻略には至っていない。魔族がいなくなったダンジョンは攻略できたのだが、魔族は一体たりとも討伐できていないのだ。このままでは魔王の召喚も時間の問題だ。召喚されれば、魔族すら倒せない現状では、この国は瞬く間に滅ぼされてしまうだろう」


 あれ? 誰かが魔族を倒さないとこの国が滅ぶ? 悠々自適に暮らしていけないじゃん?


「この国が魔王に支配されたら、他の国もに攻め入り、滅ぼすだろう。今、魔族をくい止めなければ世界が滅ぶ」


 逃げ場ナッシング。


「この国にはダンジョンが一つだけあった。十年前に新しいダンジョンが発見され、冒険者も増えてきた。それでもこの国の冒険者たちはまだ数が少ない。魔法教育は庶民に行き届いておらず、戦士たちは他国との戦争に備え、軍属となっている。戦争どころではないのに。冒険者の数が少なく、ひいてはユニークスキル所有者が非常に少ないのだ」


 ユニークスキル……新しいキーワードがでてきた。


「私は異世界からユニークスキル所有者を召喚し、魔族討伐の助成を委託することにした。その行為が拉致であることは理解している。しかし我々も存亡がかかっている。許せとは言わない、しかし事情を汲んでできれば協力して欲しい」


 勝手だな。怒るやつもいるだろうな。


「しかしながら、まだダンジョン攻略のパーティが組める段階ではない。我々も、君もだ。まずは強くなって欲しいのだ。そのための援助は惜しまない」

「そうか。まず、魔法を教えてくれ」


 ユニークスキルってなんじゃいとか、今状況はどうなっているんだとか、聞くべきこともいっぱいあるけど、うずうずしてたので言った。なんか、全て許して承諾、みたいな感じになっちゃったが。


「いいだろう。魔法を見たことはあるか?」

「ある。火魔法とヒールを見た」

「では実演は省こう。魔法には、火、冷、風、土、神聖に別れているが、根は同じものだ。詠唱によって体内の魔法エネルギー、マナを具象に変化させ、発現する」

「詠唱は絶対必要なものなのか?」

「そうだ。マナがあっても詠唱をしなければ発現することができない。詠唱は三十八の母音と四十二の子音からなる魔法言語を使う。難しく聞こえるかも知れないが、魔法毎に丸暗記で構わない」


——え? え? 詠唱しなくても使える俺のストレージは……?


「詠唱が出来ても才能がなければ魔法は使えない。今から簡単な試験で調べよう」


 いや、詠唱が無理そうですけど、母音が三十八種類ってどういうこと? 丸暗記で使い分けられるもん? 日本語の母音は五種類、外国語では他に巻舌とか? 英語のthとかrとか? 待てよ、それは子音だな……。


 ヴァレリウスは、机の引き出しから五つの水晶の原石のようなものを出した。


「これは魔晶石という。マナに反応する石だ。これで君がどの属性の魔法が使えるのか調べる。使い方は簡単だ。この石を額、または胸の中心に当ててみてくれ。光ればその属性が使えるということだ」


 そう言いながらヴァレリウスは赤い石を自分の額に当てた。石がぼんやり、しかしはっきりと光った。


「召喚者は何かしらのユニークスキルを持っているから、マナも持っている。魔法が使えないことはないはずだから安心して欲しい」


 俺は赤い石を受け取って、額に当ててみた。光らない、らしい。見えない。胸に当ててみた。念のため胸のマナに集中してみる。


「火は使えないようだな。次は冷を」


 水色の石も、だめだった。風も。


——土魔法と神聖魔法だけかー


 俺は茶色く少し透けた石を同じく額と胸に当てる。


「土もだめか」


——え? え? ブラインドは土魔法じゃないの……? いや確かに詠唱してないし……


 嫌な予感がする。俺は次の石を試した。


「まさか全て使えないとは……」


——やっぱヒールも…… 無詠唱で使えるんだけど……


「気を落とすことはない。試験はできないが、闇魔法や召喚魔法の才能がある可能性もある」


——あんまフォローになってない


「基本五属性に含まれない魔法はある。太古には存在した」

「あんたの召喚魔法ってのは?」

「これは私のユニークスキルだ。人に教えることはできない。助けになれなくて申し訳ない」


 なんかちょっと凹んだ。ずっと憧れてたからか。無詠唱のチート魔法はあるんだが、やっぱ凹む。俺は資格がないとか審査に落ちるとかいうのが大嫌いだ。


 ヴァレリウスも落胆してるんだろうか。どれだけ苦労したかは知らないが、異世界から人間を呼ぶって相当のエネルギーなりコストなりがかかるんだろう。呼び出したやつに活躍してほしいと思ったら、魔法も使えない人生の折り返し地点を過ぎた男だとは。


「いろいろ聞かせてもらってありがとう。少し考えさせてくれ」

「もちろんだ。十日に一回くらい顔を出してほしい。紹介できる仕事があればとっておく。剣を用意しておこう」


 支度金として金貨をくれると言ったが、固辞した。ギョロ目からゲットしているから、もらってしまったら悪い気がする。剣は、代わりに棍をかメイスをリクエストした。だって剣も持ってるし……。


 魔術師ギルドを出て、ヨーギの方へしばらく歩いたが、いろいろ考えたいので、森に入りストレージハウスに入った。念のため尾行に注意したが、杞憂だったようだ。


 まだ昼だが、凹んでるので今日はハウスでゆっくりしよう。



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