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ターン・アンデッド

 最初はゾンビとは分からなかった。頭に麻袋を被せられ、両手を後ろで縛られた男が、じっと立ってた。かすかに揺れているし、うなっている。肌の色が俺が出会ったゾンビと同じだ。


 これは察するに、ゾンビってやつは袋を被っているとおとなしくなる習性があるんじゃなかろうか? 試しに取ってみると襲ってくるだろうからそれはしない。


——シスターにゾンビがいたら知らせろって言われてたっけ


 俺は目についたものを片っ端から吸い込み、帰りがけに盗賊の死体も片付け、街へ向かった。


 歩いてる途中で日が傾いてきた。実際のところかなり疲れている。ゾンビは逃げそうになかったから、明日にすっか。俺は森に入って身を隠し、ストレージハウスに入った。


「ただいまペプ」


 ペプにご飯と水をあげる。俺はメシにする前に、身体中が、特に顔がべっとりしてるのをなんとかしたい。シャワーが欲しい。シャンプーとスクラブ洗顔料が欲しい。スクラブなんかもう二度と使えないのか。いや、魔法でなんとかならないか? よく知らないけど。


 俺は桶に水を入れて、手ぬぐいで身体中を拭いた。


「ペプ、まずは魔法を覚える。次に海に行く。そして次は温泉を探すぞ」

「ナア」


 俺はストレージからジャーキーとパンを出して食べる。水じゃなくて清涼飲料水が欲しい。無理か。ジュースなら作れるか。絞り器、売ってるだろうか? 果実を梃子の原理でぎゅーっと絞るやつ。


 時間があるので、また大木を吸い込んでみる。すると…… 今度は卒倒しなかった。一瞬ぐらっと目眩がしたものの、マナは一割弱くらい残っている。


 推測通り、限界を超えてマナを使うと、マナの最大量が増えるようだ。


——今、もう一本、木を吸い込んだら、マナが大きく増えるんじゃね?


 俺はハウスの場所をちょっとずらして、別の木を吸い込んだ。


 卒倒した。



  ◇◇◇◇◇



 気がついた。マナは空っぽだ。頭痛がする。気分が悪い。ペプが寄ってきて顎を舐め始める。されるがまま五分ほどじっとしてたら、頭痛は止み気分はよくなった。マナが欠乏するとこうなるようだ。しかし、これを何度も繰り返せばマナが増えるんだよな。まあ、マナが増えたところで、大きな物の出し入れにしか使わないが。そのうち使うようになるのかな。俺の経験上、マナとHPはあるだけあった方がいい。ゲームの経験だが。


 外に出てみると、真夜中だった。時間はよく分からない。風はないが肌寒い。空は雲で覆われているらしく、月が出ていない。真っ暗だ。何も見えない。静かだ。梟の鳴き声がする。何かの音が聞こえる。リーンリーンという音が聞こえる気がする。森の呼吸音だって聞いたことがある。森には小動物も虫もいるし、木だって音を立てている。それらが絡み合った音なんだろう。


 ずっと東京で暮らしてきた。飲み過ぎて真夜中に千鳥足になりながらの帰り道も、道には必ず街灯が立っていて、自宅に辿り着くことができた。しかしここは違う。一日のうち半分が闇なのだ。


 俺は用を足して、またハウスに入り、寝た。



  ◇◇◇◇◇



 起きたら日が昇っていた。よく眠れた。寝る前に卒倒していた割に。


「おはよう、ペプ」


 俺はペプに生魚をあげ、水を替えてあげる。生魚以外に猫が食べるものはないだろうか? 生肉か。


 俺も朝飯を食べて、ペプと一緒に街へ向かった。



 街の教会に着いた。タイミングよく、シスターが外に出ている。


「やあ、おはよう」

「おはよう。今日はどうしたの? またヒール? 毎度ありがとうございます」

「いや、違う。今日はゾンビの件できた」

「どうしたの? 出たの?」

「うむ、いた」


 するとシスターは興奮して、


「どこ!? どこにいたの!?」

「地下神殿の近くの盗賊の根城の中」

「えええ!?」


 ものすごい驚いてる。


「盗賊はどうしたの? あなたが倒したの?」


 まあ、当然聞かれるだろう。俺の能力や必殺技を知られたくない。かといって俺が殲滅したというのは無理がある。


「違う。いなくなってた」

「え!? ちょっとわけがわかんない」

「盗賊がいるかと思って中を覗いたら、いなかった。探したら代わりにゾンビがいた」

「…………もしかして、あなた盗賊?」

「いや!!!違う!全然違うよ!」


 とにかく現場へ行くことになった。


「さあ、いくよ。案内して」



 シスターは俺の後をついてくる。俺の肩の上のペプの顔を見てるようだ。ペプを抱かせてあげるとイチャイチャし始めた。むう。黒い修道着で猫を抱っこしたら毛だらけになると思うんだが。


「この国では洗濯はどうやってるの?」

「川か井戸で水を汲んで洗うのよ」

「あ、魔法じゃないんだ」

「そんな魔法ないわ。あんた、魔法をなんだと思ってんの?」

「マナを使ってスペシャルでデラックスなことをする」

「あのね、魔法っていうのはエネルギーをちょっと変化させるだけのものなの。原理があるの。なんでもできるわけじゃないの」

「へー、具体的はどんなものがあるの?」

「火魔法、冷気魔法、風魔法、土魔法、それに神聖魔法ね。あとは魔族が使う闇魔法、召喚魔法。大昔には空間魔法、転移魔法、原始魔法があったとされてるけど確かじゃないわ」

「神聖魔法にお洗濯魔法があっても良さそうだけど」

「ちょっと! 神罰が降るよ!? 神聖魔法はマナを使って人体の傷を修復したり、マナを聖なるエネルギーに変えてアンデッドの魂を浄化したりするの。神の奇跡なの」


 魔法が何かしらの原理原則に基づいているなら、神の奇跡ではないと思うが、それはつっこまないでおく。


 空間魔法とか原始魔法とかが気になる。俺のストレージは… いや、それよりまず普通の魔法を覚えよう。


「ところでこのペプちゃんが神様の遣いなわけ?」

「そうだよ」

「神様に会ったの?」

「うん」

「すごい!どんな神様?」

「神々しくてよく見えなかった」


 本当は二日酔いでグロッキーだったからよく見えなかった。


「へー、そうなの。なにか仰ってた?」

「時間がないとかなんとか……」

「意味深ね……」


 重くなってきたのか、ペプが返ってきた。ペプ抱っこ用に、首から輪っかにした布をぶら下げるといい感じかも。骨折したときに腕を吊るやつ。こんどやってみよう。



 盗賊の根城に着いた。誰か入った形跡はない。一応、警戒しつつ奥の部屋に入った。


 ゾンビは、麻袋を被ったまま立っていた。


「こいつだよ」

「間違いなくゾンビね」

「ゾンビってこういうもんなの?」

「そうよ、暗いところでは動きを止めるの。早速駆除するね」


 神の奇跡が見れる。


 ターン・アンデッドって魔法は、俺の知ってるゲームの中では微妙な位置づけだった。いまくいけばアンデッドを一発で昇天させることができるが、コストパフォーマンスが悪く、格上の敵にはほとんど効かないし、ザコ敵でも大量に出てきてマナが足りない。殴った方が早い。


 そしてシスターも鞄からメイスを出して、思いっきり殴った。


——って、えーーーーー!?


「ちょっ! 殴るの!? ターン・アンデッドの魔法は!?」

「その魔法はまだ知らないの」

「え!? そんなんでいいの!? 魂を浄化したりするんじゃないの!?」

「このゾンビはウイルスで感染するの。浄化できるかどうか怪しいわ」


 ゾンビは頭を潰されて、一撃で死んだようだ。


 シスターが詠唱を始めた。


「########……ファイアウォール」


 ゾンビが火に包まれる。っていうかすごい火力だ。ヤバそうな黒煙があがる。ペプがびっくりして俺から飛び降りた。


「ちょっ! これ火が大きすぎる!」

「火の魔法はこれしか知らないの」

「どういうこと!? っていうか煙がヤバい。逃げるぞ」


 ペプを拾って外に出た。間一髪だったんじゃないだろうか? 煙を吸い込んだら危なかった。


「盗賊が煙を見つけたらヤバい。隠れるぞ」


 俺は森に入り、少し離れた木の陰に隠れた。


「ミッションコンプリートね」


 シスターが暢気に言う。もしかして、すっげえ頭が弱いんじゃないだろうか。


「ちょっと待て、あんな狭いところで火をつけたら危ないだろ。死ぬぞ」

「しかたなかったのよ。でも結果オーライでしょ?」


 殴って燃やすだけなら聖職者を連れてこなくても、俺でもできたし、っていうかやったし……。


「じゃ、またゾンビがいたら教えてね」


 何か気まずい空気になったせいか、ここで解散してシスターは街へ帰っていった。俺も街に帰りたいんだが、俺も一緒に行くと言うタイミングを失って途方に暮れる。


 時間はまだ早いが、今日は何もする気がなくなった。今夜はここで野宿すっか。



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