38.光輝のライバル
翌日、疾風は歌番組のリハーサル中にハンドマイクを片手に佇んでいた。
(やっぱり本人に直接聞いてみたい。大事なことのような気がする)
今も野岸友香に感じた既視感が胸の奥にずっと引っかかっていた。この後、橘に打ち合わせで会うスケジュールが組み込まれている。
(彼に聞いてみようか。何か知ってるかな?)
「疾風、お呼びだよ」
疾風は、「REDWIND」のメンバーに声をかけられ、彼が親指で指し示している人物の方に目を向ける。
「お、おはようございます!」
疾風は珍しい人物から呼ばれ、自分が何かしでかしたかと不安になりながら、その人物の元に走り寄った。
※ ※ ※
「おはよう! 皆、元気? 急に寒くなったから体調気をつけてね!」
事務所の会議室に明るい橘光輝の声が響き渡る。
これからREDWINDの次のアルバムコンセプトの打ち合わせで、メンバー他統括プロデューサー等一同に介する。
「橘さんはとても健康そうですね。やはりプライベートが充実してると肌艶が違いますよ!」
そう言って、メンバーの一人が橘をからかう。
「まあ、君達はしばらく恋愛御法度だからね、そこは申し訳ない」
橘はにこやかに返答した。
そんな中で、疾風一人だけが、何か考え事があるのか伏せっている。
「疾風どうした?」
橘は沈んだ表情をしている彼に後ろから声をかけた。
「橘さん……」
「体調悪いなら、後で打ち合わせの内容を報告するから、今日は安静にしてて」
「いや、体調は大丈夫です。……それよりこの後、時間ありますか? 個人的なことなので、2人きりで話をしたいのですが」
橘は暗い表情をする疾風が珍しいので、純粋に心配になる。
「分かった、この会議の後、別室で話をしよう」
※ ※ ※
次作のコンセプトも決まり、それに合わせたスケジュールも組み終わった。
そして、約束通り橘は疾風を別室に連れて行き、ペットボトルの温かい紅茶を渡す。
「ありがとうこざいます」
疾風は、アイドルらしい可愛い笑顔で光輝に礼を言う。
「どうしたの? 話って何かな?」
光輝は、疾風の向かいの席に座り自身も珈琲を一口飲んだ。
「野岸友香さんなんですけど」
光輝は疾風の口から「野岸友香」という名前が出るとは思わず、途端に表情がこわばった。
「僕、彼女に会ったことないですか? なんか少女漫画みたいなんですけど、僕が王子様で彼女がお姫様みたいな格好をして、手にキスをしたら、倒れちゃったみたいな記憶があっで、」
「疾風!」
思わず光輝は少し大きな声で、疾風の話を遮った。
「あり得ないこと言うんじゃない。彼女は先日まで『REDWIND』は、ライブ会場でしか会ったことないと聞いている。お前のファンであることは確かだけど」
「わ、わかりました……」
疾風はいつも穏やかな光輝が、焦って声のトーンも大きくなっていることに戸惑う。
「じゃあ、この件はもう言いません。それとは別に報告したいことがあるんですけど」
※ ※ ※
光輝は、疾風との密談が終わり、様々な状況の変動にどう対処するか思い悩んでいた。
一つ目は、最初から分かっていた妨害。
さっき疾風から報告を聞いたが、これはどうとでもなる。ニ年前、僕があの人に出会った時から、友香さんに再会した時にどう対応するかずっとシュミレーションしてきたから。
二つ目は、あの世界で関わった人物が、僕の周りで覚醒し始めている。これは、リリーシャもこの世界のどこかに存在することを意味するのだろうか。
三つ目は……これが一番の大問題だ。僕にとって、ライバルは「アクア王子」でも「疾風」でもない。「ハル皇子」かもしれないという事実。
ーー時間をかけるしかないのかな……僕はどうも恋愛に対しては、臆病なのか先走ってしまう。
その時、光輝は背後から声をかけられた。
「お疲れ様、光輝さん」
振り向くと、170センチ近い長身でニットワンピース姿の江口美聡が近寄ってきた。
「打ち合わせは終わったの?」
「はい、今のところ順調に進んでいます」
「そう……じゃあ今日は何時に仕事終わるのかしら?」
「今日はたぶん22時まで仕事入ってます」
「……そう、一体いつ私と食事ができるの?」
社内の廊下で立ち話をしている二人を見て、早速女性社員達が噂話に花を咲かしている。
「見て、美聡お嬢さんよ。アジアンビューティーって感じでスタイルも抜群。あいかわらず目を引くわね」
「あの二人が並ぶと、本当絵になるわ」
「橘さんはもうお嬢さんのお気に入りだから、私たちなんて手が出しようがないわね」
女性達の視線をよそに、光輝は美聡の食事の誘いを断っていた。
「あいかわらず食事もダメなのね」
「二人きりは困ります。三人以上ならお付き合いしますよ」
光輝はニッコリ笑って、次の打ち合わせがありますので、とその場を足早に去った。
一人取り残され美聡は、悔しそうにその後ろ姿を見つめていた。




