第二百三十二話 歪みだらけのハッピーエンド
もし、ミスコンで氷室さんが勝てば、湾内さんはさやちゃんの下僕になる。
ただし、ミスコンで氷室さんが負けた場合は、さやちゃんが湾内さんを姉と呼ばないといけなくなる。
そんな条件で、取引が持ち掛けられていた。
「それくらい、さやちゃんに『姉』と認められることの価値は大きいってことだな」
「うん! あたしの立ち位置を安定させたいのよ」
大きく頷いて、湾内さんは再びムカつく笑みを浮かべた。
見ているだけで色々とイライラさせることができるのは、やはり彼女の才能である。
「てか、負けなければ良くない? さやが勝てば、あたしに好きに命令できていいじゃん? 何をためらってるのよ。あ、それとも……負けるのが怖いのかにゃ~? 正直に言ってくれたらなかったことにしてあげてもいいけどぉ~?」
「……普段は、こんな分かりやすい挑発乗ることはしないのですが」
そう言って、さやちゃんはため息をついた。
迷うように視線をさまよわせて、それから俺をチラッと見てから……小さく、頷いた。
「仕方ありません。その挑発に、乗ってあげます。まぁ、たしかに勝てばいいだけの話なので」
「――交渉成立ね」
そう言って、湾内さんはさやちゃんに手を差し出した。握手をしようとしていたが、さやちゃんは無視してひょいっとクッキーをつまんで、パクっと食べた。
「……美味しいです」
焼き立てのサクッとした食感に、表情を緩めている。
良かった。ようやく食べてくれた……ずっと手をつけなかったので心配だったが、これで少しだけ安心できた。
「あ。ごめんなさい、お兄さま。少し、席を外します」
表情と一緒に、気が緩んだのだろうか。
さっきまでは強張って動かなかった体が、今は脱力しているように見えた。その影響か、お手洗いも近くなったらしい。
「おしっこ? いってら~」
「直接的なワードを出さないでください。お兄さまに失礼ですっ……まったく」
デリカシーのない湾内さんにため息をついてから。
彼女は、お店の奥にあるお手洗いへと向かっていった。
「――感謝してもいいわよ? あたしのおかげで、さやがやる気を取り戻して良かったわね」
……はぁ。
せっかく言葉にしないように気を付けていたのに、どうやらその点についても織り込み済みだったらしい。
確かにその通りなのだ。
俺も、氷室さんも、元気のないさやちゃんをどう扱っていいか分からずにいた。
そんなタイミングで湾内さんが強引に絡んできたことで、さやちゃんの気分もちょっと変わったように見えた。
「敵に塩を送るなんて、珍しいな」
「まぁ、こっちにとっても都合がいいのよ。さやが姉と認めてくれるだけで、あたしはその他大勢とは違う存在になれるでしょ。そのためなら、ささやかな代価じゃない?」
「君が下僕になるリスクもあるが」
「そんなことありえないからw 日向が風子に勝てるとでも? あんな面白みのない女に、うちの風子は負けないわよ」
自信は相当あるのだろう。彼女は自らの勝利を信じて疑っていない。
まぁ、俺たちの分が悪いのは明白か。現時点においては最上さんの圧勝だろうが。
でも、本番は分からないと思うぞ?
……もちろんそう思ってこそいるが、あえて反論はしないでおいた。
ここは深堀りせず、少し話の内容を変えてうまく湾内さんの意識をズラすか。
「……さやちゃんに『姉』と認めさせる、か」
あと、ひとつ気になっていることがある。
それは――仮に湾内さんが勝った場合の彼女の立ち位置についてだ。
湾内さんは、愛人として確固たる地位を築けると思っているみたいだが。
「もし、さやちゃんが姉と認めたら――それだけで、真田にとって特別な存在になれそうだがな」
愛人どころか、恋人の可能性も浮上しないだろうか。
それくらい、真田のさやちゃんに対する愛情は異常である。
たとえば、絶対にありえないことだと思うが、さやちゃんが『お兄ちゃんのほっぺたにちゅーするから、美鈴お姉ちゃんと恋人になってください♡』と言えば、たちまち真田は湾内さんと付き合うだろう。
だが、湾内さんは俺の疑問を、いつものように冷笑した。
「バカじゃないの? あんただって知ってるでしょ。さやが懐いていて、誰よりも信頼している同性の女子が一匹いるでしょ。あんたにとって誰よりも大切なあの子のこと、忘れたわけ?」
「……最上さんのことは、忘れているわけではないが」
俺が彼女のことを忘れるわけがないだろう。
もちろん最上さんのことは知っている上で、俺は彼女をさやちゃんの『姉候補』から外したんだ。
「さやちゃんは最上さんのことを姉とは認めていなかったぞ。友達、とは言っていたが」
「だから何? 現状で唯一、さやと一番仲がいい年上の同性は風子でしょ。実質、お姉ちゃんみたいなものよ」
うーん。そうなのだろうか。そういう解釈もできるのか?
いや。でも、最上さんがさやちゃんの姉は、さすがに無理がある気がした。
だが、湾内さんは俺とは違う考えなのだろう。
「才賀が夢中で、しかもさやに懐かれているんだから、正妻の条件には十分よ。あとは正妻ぶってる幼馴染の日向をぶっ潰して終わり。才賀は本格的に風子に執着するようになるし、あたしは愛人になれるように色々と才賀をサポートしながら風子を洗脳して、最終的に邪魔してくるあんたを排除する。そうしてハッピーエンドね」
なんて救いのないシナリオなんだ。
歪んだハッピーエンドに、俺は小さくため息をついた。
俺がそれを許すと思うなよ?
たしかに君たちの陣営が有利であることは間違いないが、そうやって余裕をかましてくれるのはありがたい。
おかげで、勝機が生まれる。
その油断を突けば、氷室さんにだって勝つ可能性は十分にある。
俺は、そう信じている。だから、湾内さんの思うようにはさせない――
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