表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/25

第一話 モブヒロインを褒めまくって困らせたい

 ――話は少しさかのぼる。


 二カ月前。

 その日は夏休みを目前に控えた、猛暑日だった。


 俺は図書室で、とある女子生徒を観察……いや、鑑賞していた。


「ん~っ」


 彼女は背伸びして、高い位置にある本を取ろうとしている。

 だが、小柄なので指先がわずかに届いていない。手がプルプルと震えてかわいかった。


 少し枝毛の多い長い黒髪と、学校指定の紺色のジャージを常に着用していて、スカートの丈も長い。色気というものが一切ない。そういう素朴さが俺は好きだ。


 そして何より――前髪が長すぎて、目が隠れている。

 俺の大好きな「メカクレ属性」そのものだった。


(モブ子ちゃん……やっぱりかわいいな)


 彼女の名前は最上風子。

 俺がこよなく愛していた、打ち切り漫画『もうラブコメなんてこりごりだ(泣)』に登場するモブヒロインだ。


 主人公を遠くから見守るだけの健気な子で、登場人物からは名前を間違われてばかり。

 そのたびに小声で「もがみです……」と訂正する姿がかわいいんだよなぁ。


(転生できて良かった……!)


 自分の幸運を噛みしめて、心からそう思った。


 実は俺――佐藤悟は、転生者らしい。


 ついこの前までは普通の男子高校生として生きていた。ここが漫画の世界だとも知らなかったが、ある日突然記憶が蘇って自分の正体を知った。


 元の世界では、28歳の独身サラリーマン。趣味は漫画とゲームとアニメ。

 そして今、大好きだったが打ち切られてしまった漫画の中にいる。


 どうしてこうなったのかは分からないが……まぁ、せっかく大好きな漫画の世界で生きているわけで。


 それなら、大好きなモブ子ちゃんに会いに行こうと思い立って、今日ここにいるというわけだ。


「と、とれない……」


 おっと。つい感傷にふけっていたが、モブ子ちゃんは困っている。

 彼女はまだ俺に気付いていない様子だが、手伝ってあげた方がいいだろう。


「俺が取ろうか?」


「……っ!?」


 俺が近づいてきたことで、驚いたのだろう。

 ビクンと体を震わせたかと思ったら、彼女は――体勢を崩した。


「あ」


 先ほどまで背伸びしていた反動もあるのだろう。俺の方向に、前のめりになって転びそうである。


「危ない!!」


 このままだと顔を打ちそうだったので、慌てて俺が彼女を受け止めた。


「うぎゅっ」


 モブ子ちゃんの顔が、俺の胸に飛び込んでくる。

 同時に、むにゅっという感触も伝わってきた。おお、意外と……って、そんなことはさておき。


 とにかく、彼女が倒れないようにしっかりと支えてあげた。


「大丈夫か?」


「え? あ、あの……」


 モブ子ちゃんは混乱している様子だ。

 俺に抱きしめられて、おろおろしている。いちいち反応がかわいいのはやめてほしい。ニヤニヤしそうになるほっぺたを引き締めた。


「怪我がなくて良かった……気をつけてくれよ」


「そんなっ。ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」


「いいよ。これくらい気にしないでくれ――最上さん」


「…………え?」


 よし。我ながら、しっかりと自然体で振舞えている。

 とりあえず今日はもう帰ろうかな。大好きなキャラを一目見られただけで満足……していたのだが。


「なんで、わたしの名前を知っているんですか?」


「それは……ほら、同級生だし」


「でも、わたしの名前を知っている人間なんて家族以外に存在しません」


 そんな悲しいこと言わないでくれよ。

 たしかに、作中で他のキャラから正式な名前を呼ばれたことはなかったけど。


 俺はちゃんと、知っているよ。


「最上風子さんだろ。覚えてるけど」


 まずい。何か怪しまれているのだろうか。

 干渉しすぎたか? 会話を切って帰った方がいいかもしれない。


 そんなことを、考えていたのだが。


「――ひぐっ」


「泣いてる!?」


 何も触れもなく、いきなり彼女が泣きだした。

 目は前髪で隠れて見えないけど、泣き声と頬を伝う涙が見えたので、間違いないだろう。


「ご、ごめんっ。何か変なことしたか? あ、もしかして名前を呼ばれることも嫌だったのか!?」


 初対面から、距離感が近すぎたのか。

 慌てて謝って、離れようとしたのだが……しかし、それは違うとモブ子ちゃんは首を横に振った。


「う、うれしくて」


「嬉しい? なにが?」


「名前……覚えている人が、いたと思わなくてっ」


 ……な、なるほど!


(モブすぎて、他人に名前を呼ばれたことがなかったせいか)


 つまりは、そういうことだったのだろう。

 でも、まさか名前を覚えられていただけで泣くほど喜ぶなんて。


「あ、あの、あなたのお名前は?」


「俺か? 俺はD組の佐藤悟だ。よろしくな」


「はい。よろしくお願いしますっ」


 モブ子ちゃんは、やっぱりとても嬉しそうだ。


「あ、ごめんなさい。いきなり泣いちゃって……名前を呼んでくれる人がいて、すごくびっくりしちゃいました」


「覚えているに決まってるだろ。こんなにかわいいんだから」


「――っ!?!?!?」


 しかも、かわいいという一言で彼女は面白いくらいに顔を真っ赤にした。

 耳まで赤くて、ゆでだこみたいである。


 こ、こんなところを見せられたら、我慢できなくなるな。


(もっと褒めたくなってしまうだろ……!)


 俺の存在は異質なので、あまり彼女と絡まない方がいいかなとも考えていたのだが……でも、そんなことはいいや。


 とりあえず、モブ子ちゃんを褒めまくって笑顔にしてあげたいと思った――。

【あとがき】

お読みくださりありがとうございます!

もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!

これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ