プロローグ モブヒロインがせっかく覚醒したのに主人公とラブコメしないのだが
「お前……誰だよ」
昼休みの教室で、このラブコメの主人公――真田才賀が声を震わせていた。
こんな巨乳美少女、夏休み前まで教室にいなかった。動揺するのも無理はない。
実は彼女が、あの不遇で可哀想な『モブ子ちゃん』だったなんて、誰も夢にも思わないだろう。
本当に、綺麗になった。ずっと彼女の隣にいた俺でさえ驚くほどである。
「たしか、えっと……もが、み。そうだ――最上だ。随分、変わったな」
今、真田が彼女に歩み寄ろうとしている。
名前を思い出されるなんて……もう、彼女はモブヒロインではない。
これから彼女はメインヒロインとして、主人公の真田とラブコメを繰り広げるのだ。
そんな彼女を、影ながら応援しよう――そう、決めていたのに。
「あの、佐藤君?」
不意に彼女が、俺の名を呼んだ。
しかも、真田の視線を無視して、俺の腕をギュッと掴んでむにゅっと押し付けてきた。
「っ……!?」
その瞬間、真田が大きく目を見開いた。クラスも一気にざわついた。
そして俺もびっくりして動揺した。胸が大きいから押し付けるのはやめてね。
何をやっているんだ、モブ子ちゃん?
「そ、外に行かない?」
「……なんで?」
「いいからっ」
彼女はそう言って、俺の腕をつかんで歩き出す。廊下に出る直前、ふと教室を見たら真田が俺を睨んでいた。
俺のせいじゃないからそんなに敵意を向けないでほしいんだが。
あれ? この子はせっかくのチャンスに何をやっているんだ。
ここから君のラブコメが始まるんだぞ?
どうして主人公をスルーしちゃうんだ……!
「佐藤君に、お弁当を作ってきたから」
「お弁当!?」
その弁当は、真田にあげなくて良いのだろうか。
というか、なんで君は俺から離れようとしないんだ。
「最上さん、本当にいいのか?」
廊下を歩きながら、彼女に問う。
「……真田君のこと?」
それ以外に何があるというのか。
「まぁ、うん。別にいい……かも?」
「マジか」
いったいどんな心境の変化があったのだろう。
夏休み前までは、真田のことをあんなに遠巻きに見つめていたのに……今、彼女の目はまっすぐ俺だけを見つめていた。
長い前髪の隙間から、空色の綺麗な瞳がよく見える。
この瞳が何よりも綺麗で、かわいくて……だから俺は、君に夢中になった。
主人公と結ばれて幸せになってほしいと願うくらいには、大好きな女の子だ。
だから迷う。本当に、真田を無視してもいいのだろうか――と。
「それより、佐藤君にお弁当を作ってきたのは……迷惑だったかな」
あ、まずい。
モブヒロインだった名残で、彼女はまだ自己肯定感が低い。
油断するとすぐに落ち込んでしまう。そういうところもかわいくて仕方ないので、つい俺は本音を言ってしまった。
「いや、それは嬉しい。ありがとう。弁当作ってくるとか、信じられないくらいかわいいな」
「……か、かわいい。えへへ」
すると、モブ子ちゃんは笑った。
モジモジと、照れたように。
それでいて、嬉しそうにほっぺたをゆるゆるにしている。
その表情を見て、俺は多幸感に包まれた。
大好きなヒロインが幸せそうにしていて、嬉しくないわけがない。
でも、うーん……これでいいのかなぁ。
主人公をさしおいて、俺の前でだけこんな表情を見せるなんて。大丈夫なのだろうか。
そのあたりには、やっぱり自信がなかった。
もともとは、打ち切られるはずのラブコメ漫画だったはずなのに。
覚醒したモブヒロインが絶世の美女に化けて、主人公の寵愛を受ける資格を手に入れたのに、そんな彼女が好きになったのは……転生した脇役の俺で。
どうしてこんなことになってしまったのか。
やっぱり、夏休み前……モブ子ちゃんに奮起してほしくて伝えたあの一言が、彼女の運命と、この誰も報われることのない不幸なラブコメを、大きく捻じ曲げてしまったのかもしれない――。
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