76 一瞬の微笑み
「アニマは、敵ではなかった……」
燃え上がる火の中で、サラは小さく呟いていた。
「おかしいですね、そんな考えになるなんて……」
サラは、切なげに少し微笑んだ。
「体だけでなく、私は壊れてしまったようですね……」
その呟きは、爆発と炎に消されてしまう。
やがて、大きな音を立てて、廃工場は崩れていった。
その光景に、ハルはぼう然としていた。
すると、マサはハルの肩に手を置く。
「あのメイドは敵だったはずなのに、アニマの俺を助けてくれた」
「マサ……」
「投げられた時、あいつは最後に微笑んでいたよ」
マサは、崩れた工場を見つめ、歯を食いしばる。
ハルは涙をこらえ、マサの手を握った。
「マサを助けられて、サラさんうれしかったんだよ……」
「あぁ、そうだといいな」
ハルとマサは、もう一度崩れた廃工場を見つめる。
「サラさん……」
サラの犠牲に、ハルは心を痛めていた。
すると、数台のワゴン車がやってくる。
その中の一台が、ハルたちの近くで停まった。
「お姉ちゃん!」
「ハルさん、それに皆さんもご無事ですか?」
「えっ、さぁちゃんとアキナちゃん?」
ワゴン車から降りてきたのは、猿渡とアキナだった。
思いがけない二人の登場に、ハルは驚いた。
だが、ふとある疑問が浮かぶ。
「どうして、二人がこんな所に?」
「僕たちだけじゃないよ」
「連絡をいただいたので、研究員の方たちにも協力してもらったんです」
「連絡?」
「ハルさんの知り合いの方からと、薫さんが言っていましたよ?」
「知り合い……」
「お姉ちゃん、聞いてないの?」
「うっ、うーん……」
答えに迷ったハルは、目が泳いでいた。
なんとかしぼりだしたのが、これである。
「もしかすると、その人は気を利かして、連絡したのかなぁ」
苦笑しているハルに、二人は顔を見合わせる。
目線をそらしたハルは、ある人物を思い浮かべていた。
それは、神の遣いのことである。
ハルたちはすぐ出発したため、連絡は出来ない。
ならば、連絡できるのはただひとり。
あの時留守番すると言った、神の遣いしか考えられなかった。
しかし、干渉しないと言っていたのも、事実である。
「……まさかね」
そしてハルは、アキナたちに視線を向ける。
「ありがとう、来てくれて。怪我人がけっこういるの」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!」
「そんなこともあろうかと、手当ての準備は万端です!」
猿渡たちや研究員は、アニマたちの手当てをしていく。
「契約者の方たちは、こちらの車に乗ってくださーい!」
その呼びかけに、捕まっていた契約者たちは安堵する。
ずっと脅されていたのだから、当然である。
彼らは、次々と車に乗っていく。
その様子を、あかりはじっと見つめていた。
すると、ハルとマサが近づいてきた。
「あかりさん、あなたも行ったらどうですか?」
「あたしは、怪我などしていない」
「だったら、手当てを受けている奴らのそばにいてやれよ」
「そうだね、それがいいかも!」
二人が話しているのを、あかりは不満げに見つめていた。
しかし、ふとマサの怪我に気づいた。
「マサ、その怪我はどうした!」
「あぁ、これは……」
「まさか、その人間にやられたのか!」
マサが話そうとすると、あかりはハルに槍を向けた。
予想外の行動に、ハルは固まってしまう。
「違う、これはメイドたちの戦いでヘタうっただけだ!」
すかさずマサは、ハルを守るように、背中に隠した。
「……なんだ、そういうことか」
あかりは納得したのか、槍をハルから離した。
ハルはほっとして、胸を撫でおろす。
すると、あかりは笑顔になり、マサと腕を組む。
「だったら、早く手当てをしないとな!」
「おっ、おい、あかり!」
「遠慮するな。あたしが連れていってやるから」
そして、あかりはマサを引っ張り歩いていく。
それにハルは、ぽかんとしていた。
少し歩いて、ふいにあかりが振り向く。
「さっきは助かったよ」
「えっ?」
「あんたが知らせてくれなければ、今頃あたしたちは全員、下敷きになっていただろうね」
「あかりさん……」
「マサの契約者さん、あんたみたいな人間もいるんだね」
その言葉に、ハルはうれしくなった。
前を向いたあかりも、見えないように微笑んだ。
「マサ、あんたは幸せ者だね」
「いいだろ、あいつは俺の女なんだぜ?」
「なんだい、あたしよりいい女なのかい?」
「えっ……」
マサが驚いていると、あかりはため息をついた。
「あんたはもう少し、女心をわかった方がいいな」
「それ、どういう意味だよ!」
じゃれ合っている二人を見て、ハルは複雑な気持ちになった。
すると、そこへレンがやってきた。
「どうしたんだい、ハル。すごい顔をしているぞ」
「レンさん……」
「まぁ、君にそんな顔をさせるのは、マサくらいかな」
「べっ、別にそんなことは!」
「隠さなくてもいいよ。さぁ、俺たちも手伝いにいこう」
「はっ、はい!」
ハルは頷き、レンとともに猿渡たちの所に向かった。
そんな一部始終を、見つめている者たちがいた。
それは、サラ以外のメイドたちである。
「アニマと人間が、協力している……」
「アニマは排除しなければ」
「ですが、今のところ彼らは、危害を加えていません」
「一体どうすれば……」
「あの方がいない今……」
そこまで言うと、メイドたちの動きが止まった。




