75 一瞬の微笑み
「えっ……」
ハルは、顔を上げたまま動けなかった。
だが、突然強い力で突き飛ばされる。
そのため、ハルに瓦礫が当たることはなかった。
「きゃぁっ!」
「ハル!」
そこへ、駆けつけたマサが、ハルを受けとめる。
「大丈夫か、ハル」
「うっ、うん……なんか強い力で突き飛ばされて……」
ハルはわけがわからず、後ろを振り返った。
「っ!?」
あまりの衝撃に、ハルは言葉を失った。
なぜなら、サラが瓦礫の下敷きになっていたからである。
「さっ、サラさんしっかり!」
「困りました……下半身が損傷したようです」
「待ってて、今助けるから!」
青ざめたハルは、慌ててサラに駆け寄った。
そして、なんとか瓦礫を持ち上げようとする。
「無駄です、あなただけの力では……」
「ハルだけじゃねぇよ!」
「マサ!」
ハルは喜んだが、周りでは爆発が起こっていく。
火災も起き始め、ハルは咳こんでしまう。
「ごほっ、ごほっ!」
「ハル、無理するな!」
「へっ、平気……早くサラさんを助けないと……」
平気な顔をしたハルだったが、手足は震えていた。
マサはそれに気づき、ハルの腕を掴む。
「マサ、どうしたの?」
「あんたは、先に外で待ってろ」
「でも、サラさんが……」
「それは、俺がなんとかしてやる。いいから早く逃げろ!」
「嫌よ、私も残る!」
「このままじゃ、三人とも火に焼かれて終わりだ」
マサは、ハルを抱え、勢いよく出口に向かって投げた。
「レン、受けとめろーっ!」
「きゃぁーっ!」
投げられたハルは、即座に現れたレンに受けとめられる。
「レンさん、離して!」
「だめだ、ハル。近づいたら危険だ!」
「でも、マサが……マサーっ!」
そして、肩に担がれ、工場から離れていく。
ハルは手を伸ばしたが、届くことはなく、出口は塞がれた。
「マサ……どうして……」
地面におろされたハルは、泣くことしかできなかった。
★★★
ハルの無事を見届けたマサは、サラに近づいていく。
そして前までくると、サラを見下ろした。
「あなたは、逃げなかったのですか?」
「借りをつくったままなのは、嫌だからな」
「借り、ですか?」
二人が話している間にも、火は広がっていく。
しかし、マサは気にせず、サラを見つめていた。
「あんたあの時、俺を狙うふりして、わざと外しただろ」
「……気づかれていたのですね」
「おかげで、命拾いしたけどな」
話しながらマサは、瓦礫に手をかける。
だが、瓦礫はビクともしない。
「でしたら、なぜここに残ったのです。一緒に逃げれば助かったのに」
「あんたは俺だけじゃなく、ハルも助けてくれた」
「……」
「その恩人を、見捨てたりなんかしないぜ!」
マサは力をこめるが、足に痛みが走り、顔を歪める。
「くっ……」
その間にも、工場内に煙が充満していく。
さすがのマサも、苦しくなり咳こみ始める。
「ごほっ、ごほっ」
「もう、私のことはあきらめてください」
「嫌だ、俺はハルと約束したんだ。あんたを助けるって!」
「このままでは、あなたも死んでしまいます」
すると、サラはワイヤーを伸ばし、マサに巻きつけた。
「あんた、なにを……」
突然のサラの行動に、マサは目を丸くする。
そのサラは顔を上げ、高い所にある窓を見つめた。
「あなたには、大切な方がいらっしゃいます。その方を、泣かせたらいけませんよ?」
「まっ、待て!」
「着地は、なんとかしてくださいね」
サラはそう言うと、マサを窓めがけて、勢いよく投げ飛ばした。
投げ飛ばされた瞬間、マサはサラと目が合った。
火に焼かれながらも、サラの顔は無表情ではなかった。
その表情は、とても柔らかなものだったのだ。
そして、マサは窓を突き破り、外に投げ出された。
「えっ、あれってマサ?!」
「あのままでは、落ちてしまいますぞ!」
マサに気づいたハルは、驚いて慌て始める。
すると、イグが羽を広げて飛んでいく。
「俺に任せろ!」
落下していくマサを、イグは難なく受けとめた。
そして、方向転換し、ハルたちの元へ戻っていった。
「マサ、よかった無事で……」
「あぁ……でも、あいつは……」
「あっ、そうだサラさんは?!」
ハルたちが振り向くと、廃工場は炎に包まれていた。
その中で、サラは小さく呟いていた。
「アニマは、敵ではなかった……おかしいですね、そんな考えになるなんて……」
サラは、切なげに少し微笑んだ。
「体だけでなく、私は壊れてしまったようですね……」
その呟きは、爆発と炎に消されてしまう。
やがて、大きな音を立てて、廃工場は崩れていった。
その光景に、ハルはぼう然としていた。
すると、マサはハルの肩に手を置く。
「あのメイドは敵だったはずなのに、アニマの俺を助けてくれた」
「マサ……」
「投げられた時、あいつは最後に微笑んでいた」
マサは、崩れた工場を見つめ、歯を食いしばる。
ハルは涙をこらえ、マサの手を握った。
「マサを助けられて、サラさんうれしかったんだよ……」
ハルたちは、しばらくの間、崩壊した廃工場を見つめることしかできなかった。




