52 私を、忘れないで
ハルの背後に現れた、白くて丸い空間は、だんだん大きくなっていく。
「えっ、これってあの時の……」
「あの時って、ハルが飲みこまれたってやつか」
「しかも、だんだん大きくなっています!」
ハルたちが戸惑っていると、空間は周りのものを吸いこもうとする。
そのため、近くにいたハルの体が浮かんでいった。
「えっ、うわわっ!」
「ハルっ?!」
マサがハルの手を掴んだため、なんとか吸いこまれずにすんだ。
だが、マサも踏ん張るので精いっぱいである。
すると、ユミとイグも駆けつけ、マサを支えた。
「マサ、手を離すなよ!」
「あぁ、わかってる!」
マサたちが耐えている後ろで、アキナはユキの腕を掴む。
「ユキ君、私たちも支えに行こうよ!」
「ダメでござる。今動けば、あれに吸いこまれてしまいますぞ!」
「だとしても、このままじゃハルさんが!」
アキナは、切なげにハルたちを見つめた。
薫もまた、レンに問いかける。
「レン、君も同じ考えかい?」
「あぁ……マサたちには悪いが、あのままではハルは……」
レンは薫の肩を抱き、ハルたちを見つめる。
「くっ……マサ、手を離して!」
「なに言っているんだ、ハル!」
「だって、このままじゃマサも皆も吸いこまれちゃう!」
「ダメだ、絶対離さない!」
マサは、両手でハルの手を掴む。
「もう……あんな思いはっ……」
苦しそうなマサの表情に、ハルははっとした。
そして、公園の時のマサの話を思いだす。
「マサ……」
しかし、ハルとマサの手は、だんだん離れていく。
「くっ、離すもんか!」
「……マサ、大丈夫だよ」
「えっ……」
マサが顔を上げると、微笑むハルと目が合った。
「私がいなくなっても、皆が私を覚えていてくれるはず」
「そんなの、当たり前じゃないですか!」
「そうだ、忘れるはずがない!」
「ふふっ、うれしい……」
ユミとイグの言葉に、ハルは微笑んだ。
だが、その目には、涙があふれていた。
「皆が覚えていてくれれば、私が消えることはない。だから……」
ハルは、精いっぱいの笑顔を作った。
「忘れないで、私のこと……」
「忘れない……忘れるわけがない!」
マサは、必死にハルに呼びかける。
「だって俺は、あんたのことが!」
言い終わる前に、ハルとマサの手が離れてしまう。
「ハルーっ!」
「マサーっ!」
そして、ハルは白い空間の中へ消えていった。
★★★
ハルが目を覚まして最初に見たのは、白い天井だった。
「こっ、ここはどこ……」
「ハルちゃん、やっと目が覚めたのね!」
「えっ、お父さん、お母さん?」
「そうよ……よかったぁ、私たちのこと、わかるのね!」
戸惑っているハルを、母親は強く抱きしめた。
父親も、ほっとして胸をなでおろしている。
それから、ハルは両親から今までのことを聞いた。
コンビニの前で倒れていたこと、そのまま三日間眠っていたこと。
それを聞いて、ハルは絶望する。
「今までのことは、夢だった?」
「ハルちゃん?」
「……ごめんなさい。今は一人にして」
俯いたままのハルを心配しながらも、両親は病室を出ていった。
そしてハルは、枕に顔をうずめ、声を殺して泣いた。
しばらくして、ハルの病室に入ってくる者がいた。
「だから、一人にしてって……」
ハルは顔を上げて振り向くと、目の前の人物に驚く。
「えっ、薫さん?!」
「あれ、確かに私は薫だけど、なんで知っているの?」
目の前にいたのは、薫にそっくりな女性だった。
「あっ、えっと……あなたによく似た人を知っていたので……」
「あら、そうなの?」
薫に似た女性は、口に手をやり微笑む。
すると、なにかを思いだしたように手を叩いた。
「そうだった。これを、あなたに渡しておきたくて……」
そう言って、女性は白衣のポケットを探る。
そして、出てきた物に、さらにハルは驚いた。
「これって……」
「あなたが、指にはめていた物よ」
それは契約の指輪であり、夢ではない証拠でもあった。
女性は、ハルにそっと指輪を渡す。
受け取ったハルは、涙を流しながらそれを見つめる。
「ずっと光っていて、まるであなたに語りかけているようだったわ」
「語りかける?」
「そうよ。でも、検査の時に引っかかるから、外させてもらったけどね」
「……ありがとうございます!」
「ずいぶん、大切な物みたいだね」
「はいっ……大切な人たちとの絆なんです」
「そっか……じゃぁ、これからも大切にしないとね」
微笑む女性に、ハルは強く頷いた。
ハルは微笑み、指輪を強く握り、胸にあてた。
やがて、ハルの退院の日がやってくる。
病院の屋上にいたハルは、青い空を見上げていた。
「ハルちゃーん、ここにいたの。さぁ、帰るわよ」
「うんっ、わかった!」
母親の元に駆け寄ったハルの表情は、いつものハルの笑顔だった。
そして、ハルの薬指には、あの契約の指輪が微かに光を帯びていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
この話で第3章が終わり、
第1部が完結となります。
第4章から、第2部が始まります。




