第四百六十四幕 外交の最終日・いつか
──“体験学習最終日・外交”。
今日は体験学習の最終日。此処までで学んだ事は表面上、いくら取り繕うと何かしらの野望は包み隠せず必ず見えるというもの。
しかしながら、各々がお互いを思っている気持ちは確かにありますわね。
「それでは我ら人間が生み出す魔道具を輸出しましょう。その分のコストが高くなりますが……」
「気にする事はない。我々魔族が秘境や危険地帯に取りに行きましょう。観測役として、頼れる人間の実力者を何人か同行させればよろしいでしょう。安全は保障します」
『幻獣の知識を借りたいところだが』
『良いでしょう。その代わり、魔物の身体能力を用いて──』
互いに利益は重要事項。それ故に確かな協力の形が形成されていますの。
けれど当然、
「やあ、ルーチェ・ゴルド・シルヴィア令嬢。今日は最終日。是非とも今後のシルヴィア家……いやいや、ルーチェ令嬢とも親しく」
「それは何よりですわね。以後お見知りおきを」
シルヴィア家の名声欲しさに寄ってくる方の応酬。
定型文で受け流すいつものやり取り。外交として学べる事は色々ありましたが、こう言った対応など少しばかり苦痛もありますわね。
「“魔専アステリア女学院”のご令嬢の皆々様。麗しき貴女方の……」
「ごきげんよう」
「淑女の貴女方が……」
「ごきげんよう」
当然、同級生の皆様も話し掛けられてますわね。もはや定型すら言わず返していますの。最適解ですわね。
周りの方々も今日が最終日なのは把握済み。故に躍起になっているのでしょう。まだ中等部とは言え、将来有望なのは確定事項ですもの。
先人の積み立てた信頼と実績がこの様な形で巡ってくるのは少々思うところがありますが、先人に泥を塗らないようにしたいですわね。
「午前中は他国巡り。最終日でも特別感はありませんわね」
「誰が代表で誰が責任者というのもありませんものね。寧ろ一度会えば何日か別れるのは必然」
「そう言う役職ですものね」
人間の国、魔族の国、幻獣の国、魔物の国。それぞれの国を巡り、最終的に王宮で話し合う。
先日も含め、体験学習を踏まえていつもより他国への遠征が多くなっておりますが、結局留まる場所は同じですわね。
そして最終地点は王宮。此処ではネレちゃんに会えるので、それだけが楽しみですわね。
「おねえちゃんたち!」
「あら、出迎えてくださったのですね。ネレちゃん」
王宮に着き、城内に入るや否や豪華なドレスに身を包んだネレちゃんがやって来ましたわ。今日は一段と可愛くて元気で何よりですの。
あまり目立つのは問題なので、侍女長さんが気を利かせて人通りの少ない場所に呼んでくれましたの。
友人としての立場に居る故、周りの方々に邪推の目を向けられたくないのもあり、こんな風な再会になってしまうのは少々気になりますが……これがお互いの名誉の為ですわね。
結局、自分の立場でお友達とも簡単には会えない。牴牾しいものですの。
「ルーチェ様。皆様、此方を。貴女方はお嬢様のお相手をしてくださっていますが、名目上は勉強ですから」
「ありがとうございますわ。先日と同じく、ちゃんと勉強としてお相手致しますの。お友達のお勉強としてですけれど」
侍女長さんから書類などを受け取る。名目上は体験学習。これもまたお勉強ですわね。
お人形遊びや王宮でのかくれんぼ。一つのお部屋で済む遊びは良いですが、王宮全体を使った遊びはスリリングですわね。
私達は注目の的。人とすれ違う度に一瞥はされるので気が気ではありませんでしたわ。
「意外と遊んでいるだけでも学びは多いですわね」
「そうですね。貴族と王族。同じ上流階級の括りでもやはり大きな違いは多いですわ」
体験学習のレポートに纏める。
私達は、世間的に見れば貴族の集う“魔専アステリア女学院”の出ではありますが、ネレちゃんの遊びに付き合うと世界が広がりますの。
外交とは、なるべく自分達の利益になる事を優先して進めるというもの。しかし相手の立場で考え、同じ目線に立つというのもまた一つの外交なのですわね。
「次はなにしてあそぶ?」
「そうですわねぇ」
次のお遊びを催促するネレちゃん。
もうすぐ体験学習も終わりの時間。王宮からも去らなければなりませんわ。
次の遊びが最後。今度はいつ会えるかは分かりませんの。上流階級やご令嬢と言われようとも、王族とは身分の差が大きいですものね。
「では、お庭に行きませんか?」
「おにわ~?」
最後の場所はネレちゃんのお部屋や王宮内ではなく、庭師の方々がいらっしゃるお庭。
私達はそこへ向かい、王宮の白いトンネルに入った。
「わあ、キレイですわね。こんな所があったんですの」
「うん! わたしのスキなばしょ!」
そこはお花畑であり、色鮮やかなお花が咲き誇っていますの。まるで絵画の中に入ったかのよう。ネレちゃんがお気に入りというのも頷けますわ!
お庭を提案したものの、私自身がネレちゃん以上に王宮に詳しい訳がない。なので彼女の案内で此処に来ましたわ。
「それじゃあ此処で何をして遊びますか?」
「お花のかんむり!」
「ナイスアイデアですの!」
お花を繋げ、冠とする。意外とコツが要りますわね……! しかし私は負けませんわ!
その横でネレちゃんが幼いながら器用に作り、私の方へ差し出しました。
「はい! おねえちゃんにかんむりをじゅよするよ!」
「ふふ、王女様から授与されるなんて、光栄ですの!」
「あら、私達には無いんですの?」
「たくさんある!」
「やったー!」
クラスメイトの皆様も冠を授与され、みんなで笑い合う。本当に楽しい一時ですわね。
けれど、そんな一時も終わりに向かう。冠を携えてお部屋へ。荷物や書類の回収ですわね。
窓の外には沈みゆく夕陽が王宮の回廊を長く、柑子色に染め抜いている。
「……これで、終わりですわね」
私は手元の書類を整え、ふう、と小さく息を吐く。この数週間の体験学習。重苦しい雰囲気の外交でしたが、お友達としてネレちゃんのお相手をする間は楽しかったですの。
彼女に貰ったお花の冠はお宝ですわ。
「ルーチェさん。そろそろ行きましょうか」
「ええ、そうですわね」
クラスメイトに呼ばれ、まとめた荷物を背負って帰路に着く。
するとそこに、鈴を転がすような、けれど今はひどく心細げな一つのお声が掛かりましたわ。
「ルーチェおねえちゃん……みんな……」
さっきぶりのネレちゃんですわね。
豪華なドレスの裾をぎゅっと握りしめ、大きな瞳を潤ませております。
「ホントに……いっちゃうんだね……」
「……。ええ、そうですわね。私も学生という身。今回はあくまでも体験学習という名目でしたので」
私達も、当然寂しい気持ちがありますわ。こんなに仲良くなれたんですもの。
しかしどうしようもない事柄。下手に取り繕わず、ただ事実を告げました。
「おねえちゃんたちがいないと……お城でまたわたしだけ……さびしいよ……」
彼女の元に近付き、ネレちゃんに視線を合わせてしゃがむ。ポロポロと零れる涙を私のハンカチで拭き、頬に手を当ててネレちゃんの頭を撫でる。
「その様な顔をしないでくださいまし。ネレちゃんのお綺麗な顔が台無し……でもありませんわね。どんな表情でも可愛いです」
「ルーチェおねえちゃん……」
「……私がここで学んだのは、外交の仕事だけではありません。ネレちゃんという、とっても素敵な未来の女王様とお友達になれたことですわ。これは、私の人生で自慢になります。……だから、ネレちゃんも笑ってください。私が学院で『私は王女様を泣かせて帰ってきた、ひどい学生なんです』なんて噂を立てられたら困ってしまいますわ」
そんな事を言う学校の皆様ではありませんが、こうでも言わなくちゃ離れられませんものね。……私自身としても。
勿論、将来の女王様としてではなく、一人の幼い女の子。ネレちゃんとして、彼女をとても大切なお友達と見てますわ。
「グスッ……わかった……。わたし、なきやむ。そのかわり、おやくそくして」
ネレちゃんは私の手を取り、目を潤ませながら言葉を続ける。
「またいつか……わたしとあそんで……あそびにきて……!」
「……ふふ、お安いご用ですわ。今度は私のお友達であるティーナさん達もお連れしますの!」
「うん、やくそく!」
荷物をまとめ、王宮の大門をくぐった時、夜風が頬を撫でますの。一度だけ振り返ると、高い塔の窓から、小さな手がいっぱいに振られているのが見えましたわ。
それに応えるように大きく手を振り返す。ご令嬢とか関係無く、ただのお友達として「また遊ぼうね」の手振り。
様々なやり取りを見て少々疲弊した心。しかしそれを見届けた私達の足取りは、明日への希望でとても軽やかでしたわ。
そろそろ二学期の長期休暇。その間に遊びに行くのも良いかもしれませんわね。お約束通り、ティーナさんや皆様をお連れして。
これにて私達“魔専アステリア女学院”。全ての体験学習は終わりを迎えるのでした。




