第四百六十三幕 学院の最終日・笑顔
──“体験学習・魔専アステリア女学院”。
今日この日、私の体験学習は終わりを迎え、いつもの日常に戻る。
此処に居る生徒は初等部の下級生であっても全員が優等生。ハッキリ言って私にやれる事はほぼ無かったわね。
魔法も他とは一風変わった本魔法だし、基礎知識なら教師達で十分。セオリー通りの行動をすれば何一つ間違いは無かった。
(まあ、悪くはなかったけれど)
仮教師としては今日で最後。下級生達の校舎へと続く石畳を歩きながら、私はふと足を止めて見上げた。
聳え立つ時計塔、歴史を感じさせる蔦の絡まった見慣れた校舎。そして窓からこちらを覗き、私を見つけて嬉しそうに手を振る初等部の子達。
「相変わらず元気にしてるわね」
結局のところ、基礎知識を教える必要の無い私が彼女達に教えたのは魔法の理論ではなく、もっと泥臭い現場の判断、アドリブの在り方だった気がするわね。
教科書通りの詠唱。完璧な魔導形成。けれど実戦や不測の事態において、その正解がどれほど脆いものか。
具体的に言えば初日にあった仲直り……騒動? 教科書通り動いても仲直り出来るとは限らない。
それに私はダイバースの選手でもあるので、子供達は嬉々として試合の事も聞いてきた。ダイバースの試合はまさにアドリブの連続ね。
本来の教師は、憧れではあっても親しみの対象ではない。けれど学生の立場で一時的な教師となった私は比較的話しやすい対象として見られていたわね。
「ウラノ先生! 今日の授業は?」
「それは私が決める事じゃなくて、貴女達の担任次第よ」
一応先生呼びはされている。だけど単なる体験学習期間中の生徒ともまた違う接触方法。彼女達にどう思われてるのかしら。態度からある程度は分かるけど、内情は理解不能ね。
そんな事を考えつつ、いつも通り授業に取り組む。
「それではこの問題の解き方は──」
本日も変わらず授業を進める。方程式に文学、歴史や魔導科学。
それから午後の休憩。私はいつも通り一人でのんびりとお昼を食べる。周りから聞こえる声は存外心地好く、誰にも邪魔されない孤独の時間を心行くまで満喫する。
チャイムと共にお昼休憩が終わり、午後の授業に差し掛かる時、クラスの担任が口を開いた。
「──それでは本日最後の授業。ウラノ先生のお別れ会をしましょう!」
「「「はーい!」」」
担当教師が明るい声で宣言した。 子供たちが歓声を上げる中、私は呆然と立ち尽くした。
(お別れ会……?)
頭の中の計算機が、激しく警告音を鳴らす。 “魔専アステリア女学院”の一時間の授業時間。それを、ただのレクリエーションに費やすなんて。この時期の初等部にとって学ぶべき基礎学力は山ほどある筈。
そんな子供達の貴重な時間を、感情的な儀式のために浪費するなんて非効率じゃないかしら。
「先生、一つよろしいでしょうか?」
私は教壇の横に歩み寄り、耳打ちするように小声で問いかけた。
「授業の進捗は大丈夫なのですか? 私のために一つの時間を潰すのはあまりに非効率的かと……一貫校とは言え、その小さな校内での熾烈な争いは常に行われるので。そもそもお別れ会と申されましても、同じ学園内でまた会えるでしょうに」
純粋な疑問。その時間を他の授業に組み込んだ方が効率的だもの。
担当教師は慈しむような笑みを浮かべてこう言った。
「ウラノさん。教育っていうのは、知識を詰め込むことだけじゃないのですよ。誰かに感謝して、その気持ちを形にする。その心の動きを学ぶ時間も同じくらい大切なの。また会えるとしても、今の子供達の記憶に強く残るのはこの体験になるかもしれません。……私が言うまでもないかもしれませんね。だって貴女もそれは重々承知しているでしょう?」
「……そう、ですね」
重々かは分からない。けれど確かに学園生活を、ダイバースを通じてティーナさん達の心の内を理解し、より深く把握したのは事実。
複雑な人の心。それを授業だけで学ぶのは確かに大変ね。
一先ず納得し、無駄かもしれないけれど、無駄じゃない可能性もあるレクリエーションに臨む。
──“お別れ会”。
「それでは、ウラノ先生とのお別れ会を開始します!」
「「「わー!」」」
パチパチと拍手と共に賑やかなお別れ会が始まる。他クラスの授業妨害になっていない事を願うわ。
それから行われる様々なレクリエーション。伝達ゲームだったりワードウルフだったり。昔はともかく、あまり人を騙さない今の時代のウェアフルフが聞いたら、嘘を暴くゲームに名前を使われるのが少し可哀想ね。
今のところ大変なゲームは無いし、このまま穏便に済めば良いわ。
「それでは、ウラノ先生とダイバースをしましょう!」
「「「はーい!」」」
「……え?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
ダイバース? 私と……このクラスの全員かしら。普通に考えたら違うけれど、確かに私は世界クラスの実力者。一人vs数十人となってもおかしくない。
先生も生徒達も当たり前のように振る舞っているし、此処で断ろうと無意味なのは明白。……やれやれ。面倒ね。
「ルールは何かしら」
「あら、話が早いんですね」
「この流れじゃ、私が今すぐ体調不良になるか災害が起きない限り断れませんから」
「ふふ、流石です」
先程教師が告げた慈しみの言葉から断れないのは分かっている。なので教室を抜け、“魔専アステリア女学院”所有の専用ステージへ。
子供達は動きやすい服に着替え、私は変わらず本魔法を携える。今回はどんなルールなのかしらね。
「それでは、今回執り行うのは、“色彩陣取りゲーム”となります! 自分の陣地を広げてください!」
「「「はーい!」」」
「私の負担が大き過ぎないかしら?」
陣取りゲーム。それも魔力などを用いて染め上げるもの。似たような試合はやった事がある。
それなら子供達も傷付かないし、初級魔法で妨害とかも出来るから打ってつけ。けれど私一人に対して子供達数十人。大変ね。……まあ、別にいいのだけれどね。
「それでは、各々の陣地についてください!」
先生が転移させる。私の背後には魔力に反応する球体型の魔道具。これに魔導を当てる事で自分色に染まる。
同じ物が各地に配置されており、より多くの球体を染めれば勝ち。魔力で上書きも出来るから奪取も可能ね。
モニターでカウントされ、試合スタート。私は早速自分の背後の球体を染め上げ、“魔導書”をパラパラと捲った。
「物語──“魔王軍”」
『ウキャキャア!』『ヒャッハー!』『ウッヒョオ!』
品の無い、絵物語によく居る典型的な雑魚敵を召喚。これは軍勢なので一つの物語で複数顕現が可能よ。一人一人、一体一体は弱いけど、子供達が倒すなら適任でしょう。
そしてリソースは残っている。あくまでもこの魔王軍は一つの物語カウントだからね。もう一つの物語も召喚可能。
なので別のページを捲り、選択して次の刺客を召喚する。
「物語──“天神”」
風神や雷神は今まで何度か召喚したけれど、今回は天神。
一概に天神と言っても様々だけど、この種類は単純な天候操作ね。魔力からなる雨を降らせ、盤面全ての球体を私色に塗り替えた。
さて、此処からね。あの子達は魔王軍の雑兵を倒し、いくつの球体を自分色に塗るかしら。
「わわっ、陣地の色が……!」
「ウラノ先生の本魔法……!」
「敵も攻めて来たあっ……!」
その現場に行き、下級生達の様子を窺う。
私が直接手を下す訳じゃなく、あくまであの子達に委ねる。一人一人でも倒せるレベルの兵士を突破し、いくつの陣地を取り返すかしらね。
「“ファイア”!」
『グエッ……!』
「“ウォーター”!」
『ギャッ……!』
「“ウィンド”!」
『ウゲッ……!』
「“ランド”!」
『ガギッ……!』
各々が使える初級魔法で魔法軍を倒し、魔力で簡単な身体能力強化。一気に走り出して球体に魔力を当て、変えていく。
意外と連携が取れてるじゃない。全員が兵士を倒すのではなく、ちゃんと役割を決めて行動に移している。
「あ! ウラノ先生!」
「ラスボスだ!」
「あら、確かにそうなるわね」
魔王軍の兵士を召喚した私がラスボス。強ち間違ってないわね。
天神は既に引っ込めたけど、まだインターバルもある。私自身が戦おうかしら。
勿論一人じゃなく、本の鳥は召喚してね。
「さあ、来なさい。ちょっと痛いかもしれないわ」
「やってやる!」
「おおー!」
踏み込み、跳躍。私との距離を詰める。
振り下ろされた拳を片手で掴み、そのまま勢いを利用し、私の足を軸にした回転投げ。兵士の上に落とし、距離を離す。
子供達を傷付けたくはないけれど、これくらいならするわ。
「近距離じゃダメだ!」
「遠距離からの攻撃!」
「「「やあ!」」」
「ふふ、ちゃんと考えてるわね」
魔弾や炎などが迫る。それを本の鳥達で防御し、そのまま転じて本の鳥による突進。子供達を少し吹き飛ばす。
コロコロと転がり、土に汚れても立ち上がって果敢に挑む下級生。“魔専アステリア女学院”って、意外と古臭い根性論よね。
攻撃が放たれていなし、戦っていなし、いなして、いなして、いなす。それに伴い少しずつ時間が経過する。
そして担任の教師が声を上げた。
「そこまで! 時間が来ましたよ!」
「えー、もう~?」
「勝てたのかな?」
少し早く息をし、肩を落とす子供達。
全くのノーダメージの私。今の子が告げた“勝てたのかな?”が示すのは陣取りゲームの結果について。何人かの実力者が私の足止めをし、何人かに先行させて球体に向かわせてたのは知ってるもの。
教師は子供達を一ヶ所に集め、ダイバースの試合結果を示した。
「ただ今の試合、49vs51で……みんなの勝ち~!」
「やったー!」「わーい!」「いえーい!」
「あら、スゴいじゃない」
将来有望ね。ちゃんとクラスのメンバーで役割分担をし、ラスボス(?)の私を相手取るのは最小限に留めた。
他の召喚はしなかったけれど、小さな子供達が広いステージを駆けるだけでも大変な筈。球体からは微力の魔力を発していたけど、その感知を出来ていた証明だものね。
私は下級生、いえ。子供達……ううん。“魔専アステリア女学院”の後輩達へ素直に感心する。
「それでは教室に戻りましょう!」
「「「はーい!」」」
それから午後三時。最後のダイバースを含めて職場体験の全日程が終了した。
「さようなら」の挨拶を終えた後も、みんなは名残惜しそうに私を取り囲んだ。
「また来てね!」「お手紙書くからね!」
「手紙って……それに来てねと言われても、また会えるでしょうに。同じ学校なんだもの」
私は一人ひとりの頭を軽く撫で、あるいはハイタッチをして、嵐のような教室を後にした。
(教師……ねぇ)
将来になる職業について、私はまだ未定。今回は一番近いという理由で同じ“魔専アステリア女学院”を選んだけれど、その選択肢が脳裏に過った。
「……ふふ、馬鹿げてるわね」
独り言を言い、ふっと小さく笑った。自分の声は清々しさに満ちていた気がする。私にしては珍しいかもね。仮面を付けた私の心に、小さな、けれど消えない灯が点った瞬間だった……かも。
冬の風は冷たい。けれど、私の頬はまだあの教室の熱を覚えている。メッセージカードの入ったカバンをしっかりと抱え直し、また一歩を踏み出した。
私の“魔専アステリア女学院”体験学習。それは終わりを迎えるのだった。




