第四百六十二幕 ギルドの最終日・戦友
──“職場体験最終日・ギルド”。
「さて、先輩方。アタシがこのギルドに居られるのは今日までッス。今日こそはあの巨鹿と決着を付けなくてはならないですね」
「ああ、その気持ちは山々だが、我らの実力不足は織り込み済み。果たしてどうする?」
「自信満々に自信無さげな事を言うな。ウチのマスターは。まあ事実だから仕方ないけど」
「だよね~」
職場体験の最終日、アタシはギルドのメンバーと話していた。
初日程に気が抜けている訳ではないが、如何せん自信は無い様子。本人達が理解している通りだから仕方無いか。
とは言えこのまま弱気で何もしない訳じゃない。残りのクエストを一通り終わらせ、今日の巨鹿の出現地点に集合した。
ギルマス達の能力は、剣と炎。魔力付与のサポート、拘束。気を逸らせるのが関の山だけど、アタシが一気に仕掛けられればそれでも十分なんだよな。
「そうだ……!」
「何か思い付いたかボルカ・フレム」
「ええ。成功するかどうかはともかく、まあまあなアイデアですよ」
「それじゃあ早速動こう」
「やっるよー」
地味にたくましくはなっている。巨鹿に散々打ちのめされたギルドの先輩方だけど、それが逆にタフネスに繋がったみたいだな。
それは何より。やる前から諦められるよりはずっといい。
そんな感じで作戦を遂行。まずは見え見えの罠を仕掛けた。
『……』
(来た……!)
ノソッ……と巨鹿が姿を見せる。
罠であるケージの中のエサに注目し、その中へ。ガシャーン! と閉まった音がした。
けどそれが相手からの逆罠なのは想定内。だからアタシは、自由にやれる場所に運ぶんだ。
「そーれ!」
『……!』
ケージのみならず、ケージの周囲にある地面ごと打ち上げ、空へと吹き飛ばした。
要領は簡単。硬い土塊をアタシが更に焼き固め、炎糸で吊るすって寸法よ。
罠にはわざと掛かったフリをするのも見越してたんで、罠を見易くする照明も付けてたから細い炎の明るさは誤魔化せたぜ。
舞台は逃げ場の無い平面な空中闘技場。これならアタシの炎も思う存分扱える!
「さあ、決着と行こうか。巨鹿!」
『……』
「え……? 今アタシの言葉に返事……」
偶然か否か、言葉に対して頷いたような巨鹿。その反応に気を取られ、眼前には相手が迫っていた。
身を翻して躱し、まずは脇腹に炎のジェット噴射で加速させた蹴りを打ち込む。
今までは威力控え目だったけど、今回は効くだろ!
『……ッ』
「しゃあっ! 手応えあり!」
蹴りを受け、地面を擦って膝を着く。今までのようにすぐ立ち上がるのではなく怯んだ様子。
そこにギルドマスターが剣を振り下ろした。
「だあっ!」
『……!』
アタシの方に集中していたからな。巨鹿にとっちゃ弱く思えるギルマスは眼中に無かったろ。
強靭な頭なので剣は弾かれるが、アタシの方を見るのが一瞬遅れた。そこ目掛け、懐に炎で加速して入り込みアッパーカット。
『……っ』
「“火炎連弾(弱)”!」
打ち上げ、更に空中で無数の炎弾を叩き込む。
これは威力を下げたバージョンだ。理由は、
「私の出番だね~」
「“達”だ。僕達の出番だろ」
ギルドメンバーが魔力を放ち、もう一人に付与。少し強化された拘束魔法によって巨鹿の両足から自由が無くなり、アタシも急上昇。からの急降下で踵落としを叩き込んだ。
それによって空中闘技場へ落下し、粉塵と共に地面にヒビを入れる。けれど既に魔力強化済み。ちょっとやそっとじゃ壊れないぜ。
『……!』
「お、来たか……!」
落ちた瞬間に拘束をすぐ外し、ツノで地面を掘って土塊で攻撃。アタシは避け、ギルドマスターも剣の腹で欠片を受け止めて弾いた。
その土塊の隕石群に正面から突っ込み、鼻先に炎で加速した拳を叩き込む。
鼻が折れたのか出血し、大きく仰け反る巨鹿。しかしその目はアタシを見やり、頭を一気に下げて頭突きを噛ましてきた。
『……!』
「……っ。痛ェな! やるじゃねえか!」
当然身体能力は魔力で強化している。本来なら骨が折れるダメージでも少したん瘤が出来るくらいだ。
アタシと巨鹿は向き合い、正面から力比べ。腕とツノが押し合い、その衝撃だけで地面が抉れる。
やっぱコイツ、ただ者じゃないな。アタシと張り合おうなんざ、地元でも中々いないぜ。
「けど……!」
『……!』
今まで戦った幻獣や魔物に比べりゃ大した事無い。
ツノの方向を横にし、回転させるように巨鹿を倒した。その上からアタシの設置していた炎の罠が迫る。
『……っ』
炎槍が降り注ぎ、巨鹿の体を拘束する。
一応討伐任務だけど、行動不能にして抑えれば殺さなくても済むかもしれないしな。
『……』
「藻掻く事もしないか。潔いな。好きだぜ、そう言うの」
職場体験期間中だけとは言え、幾度となく戦った巨鹿。アタシには友情にも近い感情が芽生えていた。
野生動物と話し合いなんて出来ないし、アタシが勝手に思ってるだけだけどな。
「後は文字通り煮るなり焼くなり……。……!」
ふと感じた、巨鹿の違和感。
アタシの周りにはギルドメンバーが集まってきた。
「やったな。ボルカ・フレム。これで巨鹿を捕らえる事は出来た。後は報告すれば……どうした? 様子が変だな」
流石、ギルドマスターは観察眼も中々。何だかんだ落ちぶれたギルドも解散まではいかなかったらしいし、纏める力は確かにあるのだろう。
けれどアタシの感じた違和感はそこじゃない。この巨鹿……。
「……体に傷がある」
「……? 今か先日か、しばらくの戦いで負ったものではないのか?」
「いいえ、違いますね。これは……何年も前からある古傷……既に手遅れだ」
「……!」
巨鹿にあった傷。それは最近のモノではなく、ずっと前からあったような。
そこでアタシは依頼人の言葉を思い出した。確かこの巨鹿……。
「群れを追い出されて暴れていた……もしかして、その時に付いた傷なのか?」
『……』
巨鹿は答えない。当然だ。さっきも言ったように野生動物の感情は分からないしな。
けど目を逸らすような動きを見せた。これは条件反射か、それとも巨鹿の意思でか。
横ではギルドマスターが訊ねる。
「手遅れとはどういう……。マズイのか?」
「ええ。この古傷から菌が侵入し、既に周りの肉まで壊死させています。遅かれ早かれ、一年も経たないうちにこの巨鹿は息絶えていましたよ」
古傷。人間のように治療出来るならまだしも、野生動物は己の自然回復に頼る他無い。
それが悪化して命を落とすのは野生じゃ珍しくない事態だった。
「それじゃあ、最初からこの巨鹿さんは……」
「死ぬ気だった。という事か」
「はい。依頼が来ようと来まいと、もう寿命は尽きます」
だから最近になって人里にも降りて暴れ始めた。合点がいくな。
死に行く肉体。痛みを誤魔化す為に戦地に躍り出る。それが巨鹿の覚悟かよ。
「どうする? 捕らえたのは君だ。ボルカ・フレム。君の治療魔導なら或いは……」
「いや、ダメッスね。肉体の時間その物を何年も戻せる魔導ならまだしも、アタシはそれを使えない。それに、この巨鹿に生きる気力さえ無くなってますよ」
単なる傷だけではなく、群れを追い出され、同族相手に暴れ回っていた時からそうだったのだなと察する。
巨鹿はずっと、死に場所を求めていたんだ。
『……』
「……それが野生動物の態度かよ。何で暴れず逃げず……首をアタシに差し出すんだよ」
マジで言葉が分かってるのかもな。巨鹿はアタシを一度見つめ、その頭を此方に向けて大人しくなった。
巨鹿から感じた奇妙な友情。それはもしかして、本当だったのかもしれない。
今ここで医者に連れて行けば治るかもしれない。その後どうするか。また山に返し、怨みを晴らす為に同族相手に暴れるだけの日々に戻すのか。或いはギルドのマスコットにして共に任務を塾す。それが一番良い道だけど、残念ながらアタシ以外に心を開いていない。
「……そんじゃ、引導を渡すのがダチとしての礼儀って訳か。元々討伐任務だったし……それが望みなんだろ?」
『……』
巨鹿は何も言わない。いや、『早くやれ』って考えているように思う。その証拠に少しずつ空中闘技場の端に這って近付き、野生動物なのに自害しようとしているんだからな。
此処でアタシがやらなかったら元々死ぬつもりだ。仲間に捨てられた巨鹿。最期はせめて異種間の友人がトドメを刺してやるよ。
「“フレイムサーベル”」
『……』
炎の剣を顕現させた瞬間に移動を止める。マジかよ。本当にそうみたいだ。本来なら逃げる筈だろうが。
動物の言葉が分かれば、最期に別れ話くらい出来たのにな。
「じゃあな──戦友!」
『……』
炎の剣を振り下ろし、断頭。空中闘技場も両断されるように崩れ落ちた。
これが巨鹿の最期。最後の任務、職場体験最終日。色んな最後が混ざり合って胃もたれしそうだ。
アタシと一瞬目の合った巨鹿の頭はどこか安らかで、閉じられた口が微笑んでるように思えた。
「そんな目で見るなよ。お前がやれってポーズを取ったんだからな?」
『……』
ハッ、ずっと見てると呪われそうだな。
乾いた笑いと共にアタシ達は地上に辿り着き、巨鹿の頭を優しく支える。
炎の刃で焼き斬ったんで血は出ていなかった。
「ギルドマスター。これで任務完了です」
「ああ、凄まじい相手だった」
「強かったね……」
「ああ、とっても」
アタシの言葉に返す面々。なんつーか、締まらないな。全員が着地に失敗してヘンテコな格好になってら。
まあでも、これもまたこのギルドらしいな。
その後アタシ達は依頼人の元に行き、任務の成功を報告。アタシの表情から何かを察したのか気になるような事は言わなかった。
そしてギルドは結局莫大な報酬を受け取る。けれど鉱山や土地じゃなく、形ある金品として受け取った。ギルドマスター達も思うところがあったのかもな。
これで全部が完全に終了。
「ボルカ・フレムともここまでか。寂しくなるな」
「もっと一緒にいようよ~」
「彼女が困ってるだろう。ワガママ言うな」
「ハハ、アタシも少し寂しいッスね」
仕事が終わり、ギルドから立ち去る。今までもそうだったけど、今日で本当に最後。寄る機会は少なくなるだろう。
ギルドマスターはフッと笑った。
「まあなんだ。我らのギルドはボルカ・フレムのお陰である程度立ち直った。またすぐに没落するかもしれんが、如何なる時も我らは君を待っている。依頼人としても、仲間としてもな」
「遠回しなスカウトッスか? まあでも、ギルドマスター達もアタシが必要になったら呼んでくださいよ。将来を見据えるならそこに就職はしませんけど、手伝いくらいならしてあげますから」
「手厳しいな。フッ、だが分かった。あの時内定を受け取っていれば良かったと後悔する程のギルドに仕上げておこう」
「ええ、そん時は正式に入るかもしれませんね。楽しみにしてますよ」
それだけ告げ、固く握手を交わし、手を振って別れる。
あのギルドがどう転ぶかは分からないけど、どう転んでも継続だけはダラダラし続けるんだろうなという信頼はあった。
アタシの職場体験は最後の依頼を終え、これで幕を降ろすのだった。




