第二十幕 初めての屋台
──“二時間後、魔専アステリア女学院・寮”。
「ティーナさんよ!」
「ボルカさんも!」
「お二人様ぁ!」
「きゃー♡」
「わ!? え!? なに!?」
「わっとっと……」
お茶会が終わり、後片付けをしてすっかり日も暮れた頃合い。寮へと戻った私達は他の女の子達に囲まれた。
……どういう事?
「見ましたわ! ダイバースの試合!」
「見事な勝利おめでとうございます!」
「カッコ良かったですわ!」
「よろしければサインとか頂けないでしょうか!」
「ダイバースの……」
「成る程なー」
理由が判明した。
どうやら他の生徒達も試合を見ていたらしく、それによって大きく目立っちゃったみたい。
ホントに浸透具合がスゴいね。逆になんで私のお家では何の噂も入って来なかったんだろう……。
「「「ティーナさん!」」」
「「「ボルカさん!」」」
「わわ……!」
それにしてもこれはちょっと目立ち過ぎてるよ……。
ググググイッと迫られ、私とボルカちゃんは壁際に追い詰められる。スゴい圧で逆に怖い……。
「これってファンを称した暗殺者とかじゃないよね……」
「なんだその発想。……まあ、当たらずとも遠からずって言いたくなるような状況だけど……」
黄色い歓声が響き渡り、私達は逃げ場を無くした。
これはどう対処するのが正解なんだろう。まさかここで植物魔法を使う訳にもいかないし……。みんなから悪意とかも感じられないもん。
「ティーナ。こうなったら昼間の戦法を使うか。誰も傷付けない方針でな」
「……! うん。ボルカちゃん!」
それだけ交わしてボルカちゃんの手を取り、彼女は片手に少量の魔力を込める。
私もママに魔力を込め、チョロチョロと少しずつ蔦を伸ばした。
「行くぞ!」
「了解!」
此処からでも見える二階の手摺にその蔦を絡め、ボルカちゃんが誰もいない方向に炎を放出。私達の体は押し出され、蔦が引かれてその場から飛び去った。
「「「あぁ~~!」」」
下方から他の子達の声が聞こえ、私達はその場を後にする。
ダイバースで勝利した事で及ぶ影響力はこんなに大きいものなんだね……。
多分一時的ですぐに収まるとは思うけど、こんな事今までになかったからドキドキだよ~。
「それで、勢いで逃げたは良いけどこれからどうする? この調子じゃ食堂でも人が集まってくるぞ」
「あー、そうだね……どうしよっか」
一時的だとして、それでもこの人だかりは大変。夕御飯もゆっくり食べられないような状況だよね……。
そこへボルカちゃんが提案した。
「そんじゃ、思いきって外食でもするか? もう授業もクラブやサークルも殆ど終わってるし、門限までに帰ってくれば外出はOKだ」
「が、外出……! なんて妖しい響き……!」
「ハハッ。大袈裟だなぁ。少なくとも妖しくは無い気がするぞ。ティーナって結構箱入りだったりするのか?」
「まあね~。引っ込み思案で……外に出ても庭くらいの行動範囲だったから外出って言える外出はした事が無いんだ」
「成る程なー。それって自分の意思でか?」
「うん。なんとなくね。外に出たくなかったの」
理由は……よく分からない。覚えていない様な感覚。だけど外に出る気力がなかった。
憧れみたいなものはあったんだけどね。改めて考えると何でだろう……。
なんにしても初めての外出。胸が踊るよ!
「けどまあ、出入口は出待ちの人達が居るし、ティーナかアタシかどっちかの部屋窓から外に出よっか」
「そうだね。どっちにする?」
「うーん、良さそうなのはティーナの部屋からかな。何故なら来て二、三日。場所が曖昧だろうしな」
「納得!」
ボルカちゃんの提案で私の部屋から外に出る。三階だし、中等部からなのもあってほとんど知られてないもんね。
自室の窓を開け、蔦を垂らして脱出。
私達は外でご飯を食べる為、学院指定のローブを着て外に出るのだった。
*****
──“街中”。
学校から外に出た私は、来る時の馬車で見た以来の外の光景に胸を踊らせる。
歩廊は石造りで整備されており、脇を埋める街路樹はお花が満開に咲き誇っている。
日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木道を行き、辿り着いた広場は限りなく夜に近い夕方でも賑やかな場所だった。
「いや~昼間の試合はスゴかったなー!」
「ホントホント! バロンさんとルミエルさんは当然として、中等部の子達が予想以上の活躍だった!」
「あのインタビューも初々しくて可愛かったなー!」
「今度はいつ出るんだろ!」
「わ、私達の事話してる……」
「名を馳せるバロンセンパイと引き分けた訳だからな。イヤでも目立つさ」
「学校指定のローブを羽織ってて良かったぁ~。ボルカちゃんの予想通りだね」
「まあな!」
広場では昼間の試合について話している人がチラホラ居た。顔も完全に覚えられちゃってる……。
ローブを着用したのはボルカちゃんのアイデア。その懸念が見事に的中したみたい。
「見れば学校の子達も結構居るんだね~」
「食堂で食べるかは自由だからな。外で食べたいって人達も居るし、学院生行き着けの広場でもあるんだ」
「そうなんだ~」
名前も知らない人達だけど、同じ制服の人が居るのってなんか安心する。
規律とか厳しいイメージだったけど、結構フリーダムなんだね。あ、けど理事長があのルミエル先輩の親って考えたらなんか分かる気がするかも。
「それで、何食べよっか。ボルカちゃん!」
「そうだなぁ……っし、屋台の食べ歩きだ!」
「屋台?」
「うん。この辺は飲食店だけじゃなくて、色んな出店もあるんだ。テキトーに食べたい物を選んで買い食い。それもまた青春だ!」
「うーんと……よく分からないけどボルカちゃんがそう言うならオッケー!」
今日の夕飯は食べ歩きという事になった。
出店に寄って買うなんて初めての経験。今日は初めて尽くしだね。
早速屋台の方へと向かう。
「うわぁ……色々あるね!」
「だろー? しかもお手頃な値段なんだ。好きなの選んでいいんだぞ」
「お、アンタらアステリア学院の人達だね! 今日の試合、良かったから学院生にはオマケしてるんだ!」
「マジすか! あざーす!」
「ハッハッハ! 男勝りで元気な女の子だね!」
スゴい……ボルカちゃん。初対面の人ともう打ち解けてる。
私もこの親しみやすさを出せるようにならないと……!
「じゃあアタシは……“魔力上昇黒トカゲ”と“筋力増強ガルーダモドキの焼き鳥”で!」
「なにそれ!?」
ボルカちゃんが頼んだ物には驚きを隠さずにはいられなかった。
黒トカゲとガルーダモドキってなに……? そもそも食べ物なの?
そんな疑問が尽きないけど、ボルカちゃんは嬉々としてそれを頬張る。
「うーん、この黒トカゲの苦味は癖になるなぁ~。同じく苦いお茶とよく合う!」
「か、変わった食べ合わせだね……」
「そうかー? 結構イケるんだけどな~。魔力上昇の効果があって鍛練にもいいんだ。ティーナも一つどうだー?」
「遠慮しときます……」
「そっか。ならガルーダモドキの焼き鳥はどうだ? 神鳥ガルーダに見た目が似てる何の関わりもない鳥類の肉なんだけど、筋肉を育てるのに重宝されてるんだ」
「それくらいなら……」
ボルカちゃんに一本の焼き鳥を貰い、口に含む。
噛んだ瞬間に肉汁が溢れ、タレの甘辛さや風味が口いっぱいに広がっていく。
「美味しい!」
「だろー? アタシのオススメだからな!」
「お嬢ちゃんは何か買ってくかい?」
「あ、じゃあ私は焼きコーンで」
「あいよ!」
ボルカちゃんから貰った焼き鳥を食べ終え、そのまま別の物を購入する。
今度は私がボルカちゃんに上げる番だね。
「はい。お返し!」
「お、焼き鳥がコーンに変わった。量的にはアタシの方がお得だな!」
「ふふ、そうだね!」
分け合いっこしながら色々な屋台を見て回る。
外で食べるご飯も新鮮で美味しい。鮮度的な意味じゃなくて気持ち的な意味で。
良い素材使ってるけどね~。
「わあ、これ美味しそう! “ストラスカムルスアイスクリーム”だって!」
「積層雲みたいに積み重なったアイスか~」
「らっしゃいらっしゃい! 天界からの使者! 今年で創立五千年のアイスクリームだよ~!」
「創立五千年!?」
「ハハ、売り文句に決まってるだろ? 神話クラスの英雄の時代ですら数千年……大体二、三千年前なのに、それ以上前の時代にアイスクリームは流石に無いって。人類は居たと思うけどなー」
「あ、ハハハ。そうだよねぇ~。せっかくだしくださーい!」
「毎度ありー!」
積み重なった柔らかいアイスを一口。
冷たくて甘くてフワフワで美味しい! 味も食感もどっちも楽しめてスゴくお得だね!
「もうデザートみたいな物になっちゃったけど、他にも色々あるぞー!」
「このまま食べ歩こー!」
食後のデザートにピッタリなアイスクリームだったけど、私達育ち盛りの胃袋はまだまだ余裕を持ってるよ!
それからお米、麺類と炭水化物を少々。他にも野菜の屋台とかでバランスを取りつつ満喫するのだった!
*****
──“魔専アステリア女学院・大浴場”。
「ふぅ……お腹いっぱい……太らないよね……」
「さあな~。今日は結構カロリーを消費したけど、間違いなくその分は補った感覚があるな~」
一時間程食べ歩き、門限が迫ってきたので私達はアステリア女学院の寮に戻った。
色々と匂いとか付いちゃったからそのままお風呂に直行。二人で寛いで伸びをする。
体を解した後、ボルカちゃんが私に笑いかけた。
「けどま、ティーナが元気になって良かったよ」
「え?」
「ほら、今日の試合後、なんか調子が悪かっただろ? ルミエル先輩が気を遣って残りの質問に全部答えてくれたから何事も無かったけど、気になってたんだ」
「あー……なんだろうね。ちょっと疲れちゃったのかな」
「そうか?」
どうやらボルカちゃんとルミエル先輩は私の事を気に掛けてくれていたらしい。
心配させちゃったかな……。私にもよく分からない体調不良。頭痛にも近い何かや吐き気が起こって目眩がしてフラフラになっちゃった。
今は見ての通り元気だけど、二人には悪かったな。
「ごめんね。心配掛けちゃって」
「いや、何ともないならいいんだ。ティーナって勉強も魔法も優秀だけど、ちょっと頑張り過ぎる節があるのか定期的に具合悪くなるもんな。定期的っても出会って二、三日だけど」
「アハハ~」
確かにボルカちゃんの前では何回か体調が悪くなってるね。何れも理由は分からないけど、体調管理は気を付けよっか。
「取り敢えず今日は疲れただろうし、今のお風呂も含めてゆっくり休んだ方が良いな」
「うん。ここのお風呂も気持ちいいから疲れが溶けてくよ~ブクブク……」
「わー!? ティーナも溶けてる溶けてる!」
改めて疲れが押し寄せ、ブクブクとお湯の中に沈んでいく。
ボルカちゃんは私の肩を掴んで引き上げ、前後に揺らして意識を取り戻させてくれた。
「こりゃ早く寝た方が良いな」
「全然大丈ー夫……私はこれくらいじゃへこたれないよ~……見てこの拳」
「その発言が既にフワフワしてるよ……。さっさと上がろうか」
今日は短めに十数分だけお風呂に浸かり、私達は浴場を後にする。
流石に夜の時間帯は他の子達も詰め寄らず、何事も無く自室に戻ってこれた。
「それじゃおやすみー」
「みー……」
「ここでは寝るなよー」
ボルカちゃんが去り、部屋には私達三人だけ。
あ、今日の宿題やってないや。簡単な予習だけだから明日早めに起きれば終われるね。多分。
「それにしても……疲れた~」
『フフ、試合にインタビューに食べ歩きに大変だったわね』
「うん。でも全部楽しかったよ~」
『それは良かったわ』
『良かった良かったー!』
一応不安なので数ページはママ達とお話しながらやっておく。
最悪ホームルーム前の数分で終わらせれば良いもんね。
だけど集中力が10分足らずで切れちゃってそのまま吸い込まれるようにベッドの中へ。テーブルに置かれたお家の前でママ達が話す。
『それで、部活動。入るのかしら?』
「うん……痛かったし疲れたけど……楽しかったからね……入ってみるのもいいかも……」
『そう♪ それじゃ、明日の放課後はルミエルさんの所に行くのね』
「そのつもり……学校終わって遊び歩くのも良さそうだけど……何かに打ち込みたい気分……」
『頑張ってね。ティーナ』
『頑張れティーナ!』
「うん……ママ……ティナ……」
『あらあら。もうお休みのよう……ね……おやす……み……なさ……い……』
「うん……おやすみ……」
ママの声が遠退く。ママが─きていたならこう言うよね……。
ううん。ママが言ったんだった……なんでそんな他人事になっちゃったんだろう……。考えるのも疲れた……寝よっか……。
今日は色々あったね。ダイバースの試合もしたし、お茶会も……食べ歩きもした……。
楽しかったなぁ。けど楽しい時はなぜかママの声が届かない……。なんでだろう……。こんなに楽しいのに……。
明日も明後日も……まだまだ楽しい事はいっぱい。私の魔法学院生活はまだ始まったばかりだもん。
そんな事を考え、意識が溶けて奥の方へと沈んで行く。私は心地好い微睡みに包まれて眠りに付くのだった。




