愛とは尊く、どうしようもなく愚か
「レオニルの言う通り、貴女は僕達が事前に調査した人柄と随分異なっていますね。何か、のっぴきならない事情でも?」
「ええ、確かに事情はあります。ですが私が意識を変えたのは、それが原因ではありません」
すっと視線を上げ、どこまでも澄んだ緑水晶を見つめる。美しければ美しいほど、それは不気味で得体が知れない。
「私は私を幸せにすると決めました。今後一切、自分自身を過小評価したりはいたしません」
「それは、素晴らしいことですね」
この男は嘘を吐いている。本音では、自尊心の低いままでいてくれた方が操りやすかったのにと腹を立てているに違いない。
「ですが残念ながら、まだその願いを叶えられる環境が整えられておりません。私をお調べになったのならば、当然現状もご存じでしょう」
「ええ、もちろん」
「利害関係の結びつきが最も信用出来ますから、私が殿下を裏切ることはありません。そしてその逆もまた然り、と」
「おや、なんだか悪い顔をなさっていますね」
至極愉快そうに肩を揺らして、私から視線を逸らさない。本当に質が悪いのは、ヴィンセントよりもこういった人間。おそらくクリストフは、根が善人だ。私を懐柔しようとしているのも、私欲が目的ではない。オフィーリアと同じ人種であるが、彼女のように卑屈ではなく野心も備えている。
建前の正義ではなく、本心から行動を起こしている。大義を果たす為ならば多少の犠牲は致し方なく、またそれを生涯胸に刻んで生きていこうという覚悟もある。
私の理解から、最も程遠い場所にいる人種。オフィーリアは愛することが出来たが、この男に同じ感情を抱けるかと問われれば、それは無理な話。
罪悪感などとは無縁の私とは違い、クリストフは己の行動のひとつひとつを悔いながら生きているのだろう。産まれ落ちた時代と環境が悪過ぎたと、それ以外に言えることはない。
「何が貴女をそこまで変えたのか、個人的に興味が湧きました」
「簡単なことです、殿下。私は愛を知りました」
「愛、ですか?」
「ええ。自分でも驚いておりますが、この感情は紛れもなく真実の愛です。これまでの価値観をすべて捨ててでも、大切にしたいと思う相手に出会えました」
この口振は、明らかにヴィンセントを指していない。婚約者がありながら別の誰かを愛していると、こんなにも堂々と宣言出来る淑女などきっと私だけ。人間だろうと猫だろうと亡霊だろうと、姿かたちなどに囚われたりしない。
愛し愛された私達は、未来永劫見えない糸で繋がっているのだから。
「随分と大胆なことを口にされるのですね」
「理由が曖昧ですと、信用していただけないかと」
「なるほど。大して知りもしない他国の王子と契約を交わすほど、真実の愛は貴女に多大な影響を与えていると」
私の発言は、初めてクリストフを動揺させた。さすがに、なんの形もないものの為にここまでするとは思っていなかったのだろう。自身の立場の安定、名誉の回復、支配からの脱却、望みはそんなところだと踏んでいたようだが、この私をあまり舐めないでほしいものだ。
オフィーリアがいなければ、デズモンド一家もヴィンセントも私の敵ではない。手段を選ばなければ、現状を打破することなんて眠るよりも簡単に出来る。
だからこそ、彼女が何より愛おしくて堪らない。稀代の悪女、欲の化物、悪魔。そんな風に評されていた私を、ただの人に変えてくれたのだから。




