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互いに腹の探り合い

 なぜオフィーリアが虐げられあんな女が幅を利かせているのか改めて理解に苦しむが、周囲が馬鹿ばかりだから仕方ない。いつの時代も、善人は悪人に食い物にされるだけなのだから。

「さて、ようやく静かになりました」

 軽く虫でも追い払ったような物言いと共に、クリストフはぱっと私から手を離す。

「改めまして、オフィーリア嬢。この度ははるばる我が国へお越しくださり、本当に感謝いたします。ぜひ、私の部屋へお越しください」

「……殿下の部屋へ、ですか?」

 目の前の謁見の間ではなく、まさか私室へ案内しようとでもいうのかと、さすがに不信感が声色に混じる。そんなことは気にも止めていないような態度で、へらへらと笑いながら勝手に先を歩いていく。

 この私が、無策でベッセルへ乗り込むはずもない。大体の算段はつけてきたつもりだが、この男は想像以上に食えない性根をしている。気を張らなければ、あれよあれよという間にこの翠眼に絡め取られてしまうだろう。ただの悪女ではきっと、クリストフには通用しない。


――そうね、貴女の力を借りることにするわ。オフィーリア。


 一心同体どころか、そこに加えて一匹。相手がどれだけの策士であろうとも、彼女の幸せを奪わせはしない。死へと続くこの道を、必ず捻じ曲げてみせよう。

 クリストフの後に続きながら、今一度姿勢を正す。くいっと顎を上げ、口元にはオフィーリアそっくりの慈愛に満ちた笑みを浮かべる。金色のツインテールを優雅に揺らしながら、まるで獲物を品定めするようにざらりとした桃色の舌をぺろりと覗かせたのだった。




♢♢♢

 好戦国の第二王子らしからぬ、こざっぱりしていて執着を感じさせない部屋。宮殿はこれでもかというほどに栄華を見せつけているというのに、まるでそれに反発するかのように感じられる。

 クリストフの斜め後ろには、レオニルが控えている。私の側にもユリがおり、二人きりにならない方が得策だと考えているのはどうやら私だけではないらしい。

 ただでさえ、視察留学という名目で婚約者を置き去りにして外国へやって来た。本来ならば許されるはずもないことが出来ているのは、ホーネットとヴィンセントの弱みを握っているからだ。

 ここでしくじれば、あの二人がすぐさま私の寝首を掻きにくる。オフィーリアの足元を盤石にする為ならばなんだってすると、金のツインテールを撫でながら微かに唇を噛んだ。

「まずは、お礼を申し上げなければなりません」

 正面に腰掛けているクリストフはわたしを詰問するつもりなど毛頭ない様子で、穏やかな表情を浮かべている。いくつもの視線を潜り抜けてきたであろうこの男には、ヘレナの幼稚な演技など通用しない。

 というより、あんなものに騙されろという方が無理な話で、振りでもない限りよほどの馬鹿以外は彼女を信用するはずがない。

「不躾な申し出を受けてくださり、本当にありがとうございます」

「お言葉ではございますが、殿下」

「構いません。楽にして、なんでもおっしゃってください」

 クリストフは掌をこちらに向けると、私の警戒を解くように爽やかな口調で言った。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 ベッセルのことも、この男の置かれている状況についても、ユリとレオニル、それから自慢の耳で調べられるだけ調べてある。私を選んだ目的も、これから述べるであろう台詞についてもおおよその算段はついていた。

 オフィーリアの周りには、なぜこうも曲者揃いなのだろうと、舌打ちをしたくなる。この私はいいとして、両親といい妹といい婚約者といい、自身の思惑をぶつける自分本位の輩しかいない。こんなにも愛おしい善人が幸せになれない世の中など、いっそ滅ぼしてしまおうかとお思うが、この子を死なせたくはない。

「この先、殿下の利となるよう働くとお約束いたします。ですから、貴方のお力で私を守っていただきたいのです」


――絶対嫌よ、オフィーリアを守るのはこの私だけ。変な気を起こしたら噛みついてやるから。


 などという本音を瞳の裏に隠しつつ、誠意を見せる為立ち上がり恭しく膝を折る。クリストフは特段驚く様子も見せず、先ほどと寸分変わらない表情でこちらを見つめていた。

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