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【第12回 ネット小説大賞受賞】稀代の悪女は、猫となり愛を知る。  作者: 清澄 セイ


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眼前に垂らされた食べかけのパン

 オフィーリアが妹によって殺される十日ほど前、デズモンド領民による大規模な反乱が起こった。年々上がる税金と、労働力の搾取。国王に莫大な金を積んで見て見ぬ振りをさせ、誰が死のうと関係ない。

 不作の年も税を下げることはなく、彼らが困窮するほどにデズモンドの屋敷は華美になっていった。

 鞭で叩き続けるホーネットのやり方に限界を感じた領民達が反旗を翻し、どうせ死ぬなら領主諸共だと彼の馬車を襲ったのだ。

 幸いというべきかホーネットは擦り傷程度で済み、私兵によって反乱分子は即座に鎮圧された。けれど、この件によりデズモンド領は働き盛りの男達を多く失い、またあちこちで起こされた火事のせいで莫大な損失を被った。国王はこれ幸いとホーネットを糾弾し、領地の評判は地に落ちた。

 窮地に立たされたこの男は、前々から話には上がっていたらしいヘレナの結婚を早急に決めた。おそらく、オフィーリアについても同様に、ヴィンセントから婚約を破棄される前にとっとと結婚しろだの、既成事実を作れだのと彼女に迫ったのだろう。

 それに焦ったヘレナが、時を待たずしてあんな暴挙に出た。つまりあの件について元凶の一端はホーネットにあるといっても過言ではない。

 たとえそれが起こらなかったとしても、だ。オフィーリアを蔑ろにしていたことは揺るぎない事実。この私がきっちりと制裁を下してやらねば気が済まない。

「ぜひこの私に、お父様のお手伝いをさせてくださいませ」

 それに今回は、絶対に同じ轍は踏ませない。領民が暴動を起こす前に手を打ち、デズモンド家長女であるオフィーリアが多くの命を救ってみせようではないか。


――貴女の望み通り、人助けをしてあげるわ。座り心地の良いソファーにでも座って、高みの見物でもしていなさい。ねぇ、オフィーリア?


 ぎらりと光る金の瞳の妖しい猫は、今にも目の前の卑劣漢の喉元に食らいつこうと、舌なめずりをしていた。

「ふん、お前ごときが私の手伝いを?笑わせるな」

「そうおっしゃるのも当然です。これまで碌に社交界に顔を出さず、ただ学園を卒業しただけの落ちこぼれだと」

「よく分かっているじゃないか」

 満足げに右の口角を上げ、再び葉巻を咥える。この男は絵に描いたような暴君の末路を辿っているが、稀代の悪女アレクサンドラに比べれば地べたを這いつくばる虫も同然。しかし、煙の匂いだけは非常に不快で鼻持ちならない。さっさと話を済ませて、一刻も早くここから立ち去りたかった。

「ですが先日も申し上げましたように、私は我慢を止めたのです。欲しいものを手に入れる為には、自らの足で立たなければならないと」

「口だけ達者でも意味がない」

「もちろん、そこまで愚かではありませんわ」

 取り出した一通の封書をホーネットの眼下に差し出すと、途端に目の色が変わる。それにははっきりと、王家の紋章が描かれた封蝋印が押されていた。

「国王陛下直々に、デズモンド領民の陳情に目を通していただけるという契約証明書です。彼らの不満が爆発し取り返しがつかなくなる前に、こちらで操作してしまいましょう」

 要は、領主が意見を聞き入れたのだという事実さえあれば良い。先にこちらから領民と交渉し、害にならないと判断したものだけを国王への陳情として提出する。

 デズモンドは決して独裁を強いるだけではない、領民の声を聞き上に掛け合うこともすると、パフォーマンスとして見せる。

 我が家は元々、莫大な税を納める見返りとして多少のいざこざは咎められない立場にある。両方それぞれに利益のある提案を提示し、その間で上手く手綱を握れば良い。

 不満が起こらない程度の権限を与えつつ、国には干渉させない。この図式を作ればデズモンド家の意のままに操ることが出来る。一切の痛手を負おうともせず力による支配に頼り切るしか能がないから、ホーネットは愚主なのだ。

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