取引の相手
「オフィーリア様、お食事をお持ちいたしました」
「あら、ご苦労様」
十日ほどが経ち、私は屋根裏から自室へと戻された。ヘレナの緩い嫌がらせをにこにこと受け入れていたら、さすがに気味悪がられたのか数日前からぴたりと止んでいる。
「ユリのおかげで、好物をたくさん食べられるわ」
「い、いえ!そんな……。気配を消すのが得意なだけです」
褒めてやると、照れ臭そうに微笑んでいる。ヘレナの侍女だったユリは現在、私の侍女となった。鬱憤を晴らす為のぼろ人形のような扱いを受けていた彼女も、今ではすっかり元気を取り戻した。
当初ユリを手放すのをごねていたヘレナだが、私の「よほど彼女が大切なのね」というひと言が気に障ったらしい。そんなごみはくれてやると吐き捨てられたので、遠慮なく拾うことにした。
長く虐げられていたユリはオフィーリアに良く似ており、自己肯定感が低く主張が苦手。彼女が猫ちゃんに依存していたように、ユリは私を救世主として神格化している。特に望んでいるわけではないが、影の薄さを利用して美味しい食べ物をくすねてくるのは非常に便利である。
「ふぅ……。お腹も満たされたことだし、そろそろ行きましょうか」
「はい、オフィーリア様」
誰がどこにいるのか、足音さえ聞こえればすぐに把握出来る。猫としての名残は大いに役立っているが、どうせならあの美しい尻尾も残してくれれば面白かったのにと、金のツインテールを優雅に揺らしながら微笑んだ。
「ご機嫌よう、お父様」
わざと照明を抑えたシガールームにて、優雅に葉巻を燻らせている父ホーネットに向かって、恭しくカーテシーをしてみせる。せっかくの時間を邪魔されたと、眉間に深い皺が寄る。
「女が来る場所ではない」
「どうしても二人でゆっくりとお話がしたかったのです、どうかお許しください」
「ふん。近頃調子に乗り過ぎているようだな」
ヘレナが喚き散らしているせいで、ホーネットの機嫌はすこぶる悪い。その鬱憤を母サラにぶつけ、彼女はそれを使用人に当たり散らす。私の蒔いた種は見事に根付き、かつてないほどにデズモンド家の空気は最悪だった。
――ああ、おかしいったらないわ!これまでどれだけオフィーリアに助けられていたのか、身に染みたでしょう!
高笑いしたい気持ちをぐっと堪え、代わりにすらりとした指先をホーネットの頬に伸ばした。近頃すこぶる調子が良く、元々備わっている天性の美貌にさらに磨きがかかっている。実の父親さえ、思わずたじろいでしまうくらいには。
「近頃、領民達の陳書が増えているのではありませんか?」
「……なぜ、お前がそれを」
「重要なのは、事実か否か。ただそれだけですわ」
これは夢などではない。アレクサンドラも猫もこの世界には存在していないが、他の人間は別だ。もう一度あの未来に沿って時が進んでいると確信している私は、自信たっぷりに微笑んでみせた。




