結末を覆す切札
浅い呼吸に合わせた無駄のない動きは、彼のこれまでの人生を表している。主君に仕え、感情を捨て、それが自身の使命だと信じて疑わない。そんな人間に、これまでは馬鹿馬鹿しいと唾を吐きかけてきたけれど、オフィーリアを心に宿した今の私にはよく理解出来る。
とはいえ、アレクサンドラが消えてなくなることもない。私と彼女と、それから美しい毛並みの猫。普通なら決して交わらないこれらが一つの身体に混ざり合い、新しいオフィーリア・デズモンドを創り出した。
まぁ、結局何が言いたいのかと問われれば。愛を知ったアレクサンドラは無敵だから、踏み潰されて痛い思いをする前に脇役は大人しく道を開けなさいってこと。
ベンチに座る私が促しても、彼は立ったまま。恭しく身を屈めているのは、こちらに圧を与えない為の配慮だろう。
「貴女様のおっしゃる通り、私はベッセルの出身者です。ある方の命によりデズモンド家の査察を行なっておりました」
「それは、父を懐柔し引き入れようという目論見で?」
「いいえ、違います。あの方の目的は貴女様です、オフィーリア様」
微かな動揺を気取られぬよう、瞳にぐっと力を込める。
「そのご様子ですと、理由もお分かりに?」
「そんなことはありません。私は、ただのお飾りですから」
「今さらご謙遜なさらずとも、この数日で貴女様のお人柄は十分に把握いたしましたので」
抑揚のない声色で淡々と言葉を紡ぐ度、目元を覆い隠している前髪が鬱陶しく揺れている。
「事前に聞き及んだ話ですと、オフィーリア・デズモンド様は父親の傀儡だと。お優しすぎるあまり自我を殺す癖がつき、自分以外の誰かが傷付くことを極端に恐れている。故に我儘な妹を助長させ、無慈悲な婚約者からも冷遇され、それでもなお黙って耐えておられるのは、他者には真似し難い強さと言えるでしょう」
上官に調査報告書を読み上げるがごとく、ぺらぺらと偉そうにオフィーリアを語る姿は、実に滑稽だ。
「まぁ、ありがとうございます。そんなにも私を理解していただけているなんて、なんだか気恥ずかしいです」
口元を押さえ控えめに微笑みながら、くいっと首を傾ける。レオニルの長躯によって遮られていた太陽の光が私に当たり、まるで猫がそうするように瞳孔がぶわりと広がった。
「貴方が取るに足らないと侮っている人間が人知れず研いでいる牙の鋭さを、知りたいと思いません?」
どいつもこいつも、オフィーリアの価値をまるで理解していない。同志があのヴィンセントだなんて腹落ちしないけれど、人をみる目だけは認めてあげる。
「……お気に障ったのでしたら、謝罪いたします」
「お気遣い感謝いたします。実は私、こう見えて自己愛が強いんです。内緒ですよ?」
開いた瞳孔をそのままに、にこりと柔らかに微笑んでみせる。さすがの鉄仮面も頬をひくひくとさせながら、場をとりなすようにんん、と喉を鳴らした。
「それで、前評判と違う私にはもう用がないとおっしゃりたいのでしょうか?」
「いいえ、違います」
レオニルは躊躇なく地面に片膝を付くと、伏した長い睫毛を持ち上げ、じっとこちらを見つめた。隠れていたグリーンアイが露わになり、そこにはただ一人だけが映し出されている。
「どうか、我が主の話を聞いてはいただけないでしょうか」
「それが誰かを知らないままでは、信用することは出来ませんわ」
従順なオフィーリアでなくとも話を持ち掛けてくるということは、よほど性急な理由があるのだろう。この男の動向を屋根裏から観察していたが、ヘレナに対しては一定の距離を保っているように見えた。全幅の信頼は到底置けないが、私達姉妹を天秤にかけているというわけではなさそうだ。
「私の主君は、ベッセル王国第二王子クリストフ・ド・カルロイ・ベッセル殿下です」
「……へぇ。それはとっても素敵なお方ね」
――ヴィンセントを打ち負かす為の駒が、またひとつ増えたわ。
艶やかな唇がにいっと弧を描いたのを手で隠しながら、何度学習しても懲りない自分自身を叱責した。駒ではなくて、ちゃんと仲間と言わなきゃだめでしょう?おばかさん、と。
命を奪われる最悪の結末に向かって、懐中時計のぜんまいは少しずつ進んでいる。それと同時に、オフィーリアの幸せなシナリオを描く為の絵の具も、一色ずつ揃っていくようだった。
必ず成し遂げてみせるという決意と同時に、私の喉が微かにくるくると音を立てた。




