屋根裏から見下ろす元悪女
「お姉様、いい加減にして!また私の悪口をあちこちに言いふらしているでしょう!」
最近、こうしてヘレナが私の部屋に怒鳴り込んでくる頻度が増えた。私の態度が気に入らないのがひとつ、それからあらゆる罠や混入物に引っ掛からなくなったことがひとつ。つまり、自身の思い通りにならない事態に腹が立って仕方ないのだ。
彼女の気持ちはよく分かる、かつては私もそうだったから。何をされても腹を立てないオフィーリアの方が、私からしてみれば異質だった。
――猫ちゃん、大丈夫だから。それに触れてはダメよ。
彼女は賢く、そして大馬鹿者。毒ではないにしろ体調を崩すような薬の混ざったスープを、わざと飲み干し苦しんでいた。猫であった私がことごとくそれをひっくり返し、その度にヘレナから「死ね、クソ猫!」と追い回されていたのを、慮っての行動だった。
「まぁ。可愛い妹を悪く言う姉なんて、きっとこの世に存在しないわ。私達はたった二人の姉妹なのだから、助け合って生きていきたいの」
「何よ、白々しい!腹が立つったら!」
昔から、彼女の金切り声は耳に触る。無意識に耳をたたもうと試みたが、そういえば今は無理だったとほくそ笑んだ。
「お母様、お母様ぁ!」
私を詰っていたかと思えば、ぽろぽろと涙を流して赤子のように母親を求める。すぐにサラが飛んで来て、お可哀想なヘレナを抱き締めた。
「お姉様が、私に酷いことを……っ!」
「なんて子なの、妹を虐めて楽しむなんて!部屋で大人しくしていられないのなら、しばらく屋根裏で反省していなさい!」
なるほど、悪くないと猫時代の血が騒ぐ。鬼の形相をしたサラと嘘泣きヘレナによって私は屋根裏部屋へと追放されることになったが、自らいそいそと準備を始めた私を見て頓狂な表情を浮かべた。
「オフィーリアお嬢様、なんとお可哀想な……」
あの日以来、ユリは私の味方をするようになった。彼女は元よりオフィーリアに好意的だったが、ヘレナからの仕打ちに怯え保身に走った臆病者。とはいえ、現状手駒は一人でも多いに越したことはない。
「あら、違ったわ。お友達、よね」
口元を押さえながら控えめに微笑み、金色のツインテールを優雅に揺らしながら屋根裏へと続く梯子を登った。
誰に案内されるまでもなく、私はこの場所をよく知っている。猫ちゃんだった頃の絶好の隠れ家で、ヘレナやヴィンセントの魔の手から逃れる時にはよくここで身を潜めたものだ。
それに、オフィーリアが屋根裏へ追いやられるのはこれが初めてではない。何かと難癖をつけられては、躾と称して閉じ込められた。その時には、もちろん私も一緒。簡易的なベッドと必要最低の衣服しか置かれておらず、平民の部屋でももっとましだろう見窄らしい生活。
――猫ちゃんが一緒にいてくれたら、どんな所でも関係ないわ。
惨めな侯爵令嬢が、私の柔らかな背を撫でながらそれは幸せそうに笑っていたのを思い出した。




