13.
夕暮れに染まる王都エレンの街の勝手知ったるいつもの道を、足取りも軽く、結構な距離を歩き続けて漸く、俺は、娘と娘の養父母が切り盛りする料理屋へと辿り着いた。
店の入り口の扉を静かに開け、気配を少しずつ希薄化させながら、俺のほぼ定位置と化しているカウンターの隅っこにある席へと向かう。
そして。この店の店主である養父さんに軽く会釈してから、静かに座る。
然程は待つこともなくスッと供された、酒のアテにもなる美味しい料理の数々を少しずつ楽しみながら、ゆったりとした気分で空腹を満たしていく。
料理や飲み物を運びながらクルクルと元気に店の中を忙しげに行き来する元気な娘を、視線を合わせることなく視界に収めてはこっそりと眺め、精神的な疲労が癒されていく心地良い感覚を堪能する。
それは、至福の時間、だ。
俺は、この世の楽園で、静かに寛いでいた。
そう。
この店から、娘の周辺から、目障りな害虫たちは駆除されたのだ。
クラリッサお嬢様からは、そう聞いた。
つまり。遂に、俺のパラダイスが戻って来たのだった。
クラリッサお嬢様によると、華麗な町娘姿での活躍を披露して盛大に度肝を抜いた上で追い返したその後、改めて、監督権限ある然るべき面子によって王子様とその付き人たち三馬鹿トリオが召喚され、完膚無きまでに叩き潰す勢いの教育的指導で、こってりキッチリと徹底的に絞られた上で止めが刺されたらしい。
詳細までは教えて貰えなかったのだが、この先、王子たちが俺の娘の周囲を徘徊することは絶対ない、と太鼓判を押してくれたのだった。
更には、驚いたことに、クラリッサお嬢様と王子とは、暫くの間、距離をおくことになったそうだ。
今までは、周囲の思惑や認識は別として、幼馴染という事もあって夜会等でのエスコートを受けていたそうなのだが、今後は見送りに、という合意が王家とロンズデール伯爵家との間で成立したのだとか。
うん、まあ。あのボケボケな王子にクラリッサお嬢様は勿体ないので、良い事だと思う。
それに、王国としても、やはり、王子には他国の姫君を正妃として迎える方が何かと都合が良い筈なのだ。
残念ながら、まだまだ、周辺諸国との関係は安定しているとは言い難いのだから...。
ただ、一点気になるのは、見方によっては婚約の解消とも受け取られかねない今回の決定が、クラリッサお嬢様の汚点にならないか。
そう。残念ながら、どうしても、重鎮であるとはいえ臣下であるロンズデール伯爵家の方が悪く言われがちな傾向にあり、どちらかと言えば女性の方に厳しい目が向けられることが多い。それが、現実なのだ。
だから、心配になって思わず聞いてしまったのだが、クラリッサお嬢様は問題ないと笑うだけで、全く気にもかけていなかった。
それよりも、と。より一層の笑顔となって、爆弾発言を投下してきた。
何が如何なってそういう結論に至ったのか、全く以って意味不明なんだが、クラリッサお嬢様は、伯爵家の一員として見聞と人脈を広げるために他国への視察の旅にでる、と言うのだ。
何だそりゃ?
しかも。それ相応にはリスクのある国外への旅で、公式な使節団を随行してのお貴族様的な物見遊山などではなく、一般的な旅人に混じっての市井を巡りながら視察する形式を取るのだ、と。
前例がないとまでは言わないが、実行した場合は強行突破型へと分類される相当に特異な事案となる筈だ。
経路や行き先を厳選した上で安全性も十分に考慮するのだとしても、余程の事情や背景がなければ選択しそうにないプラン、だと思う。
そもそも、深窓のご令嬢に、そんなことが出来るのか?
...あ、いや。クラリッサお嬢様なら、出来るかもしれない、ね。
話を聞けば、もう既に関係各所との調整は進んでいるそうで、パワフルな趣味人でもある見ため少女なアンジェリカさんの旦那さんが経営する某商会からも協力を得ることになっている、とか。
何してるんだよ、アンジェリカお姉さん。
クラリッサお嬢様にアンジェリカさんを引き合わしたのは誰だぁ~、って俺か。
それに、よくよく考えてみると、クラリッサお嬢様が諸国漫遊の旅を思い立ったのって、もしかしなくても、俺がお嬢様の見聞を広げるためという名目で行った特別講義が影響しているような気が...。
これは、ヤバイ。
クラリッサお嬢様の幸せそうで蕩けるような笑顔は尊いが、クラリッサお嬢様のお父様であるロンズデール伯爵様から確実に恨みをかっているという現在の状況は、大変に不味い。
この後に襲い掛かって来るであろうお咎めや叱責の嵐の規模が予測不能なほど、巨大化している恐れがある。
可愛い娘を誑かした不埒な奴、と認定されたと考えてほぼ間違いない。確実だ。
俺が父親なら、可愛い娘に自身の手元からの巣立ちを大幅に前倒しさせた上に危険な場所へと行くことを唆した人物など、目の敵にして徹底的に潰す。
公私混同にまで至って圧力をかけるかどうかは状況次第だが、個人の立場であれば絶対に、捻り潰すための策を二つや三つは直ぐさま手配して実行に移している自信がある。
うん、確定だ。
これは、逃げるしかないか?
この街から?
いや、この国からか?
って言うか、この国に睨まれたら、弱肉強食の帝国に逃げ込しかない。
けど。体育会系の実力主義を標榜する強権国家である帝国で生き延びる自信が、俺には全くない。
つまり、詰んでる。
はっはっはっはは。
せめて、娘と娘の養父母には迷惑を掛けないように、何処ぞに身を隠すべきか。
出来れば、何とか俺の身元を誤魔化せないものか...いや、冒険者ギルドを通して依頼を受けた形になっているからバレバレだな。
となれば。残る活路は、クラリッサお嬢様を経由してロンズデール伯爵家を懐柔する、しかない。
では。どうやって、クラリッサお嬢様を丸め込むか、なんだが...。
「あっ、クラリッサさん。いらっしゃい」
「マルヴィナちゃん、お久しぶり!」
天使の共演、だった。
店の入り口へと店内の注目が集まり、店内の雰囲気がぐっと晴れやかで明るくなる。
和気あいあいと言葉を交わしてキャピキャピと軽く触れ合い盛り上がる二人の可愛い女の子たちの様子に、空気が和み、ほのぼのとする店内のお客さん達。
勿論。俺の瞳も意識も、その光景にクギ付けだ。
この世の天国の降臨、だった。
何故だか町娘風の質素だが可愛らしいワンピースを着た超絶美少女なクラリッサお嬢様と、いつも通りに朗らかで可愛い俺の娘。
二人が並んで楽しげに会話する姿は、この世の極楽浄土だ。
まだ死ねないけど、こんな夢のような光景を拝められたならば、もういつ死んでも良いなと心の底から思ってしまう。
悪夢も懸念も悪だくみも、そんな奇跡のような情景を前に全て纏めて頭からぶっ飛んで行ってしまった、俺。
そんな呆けた俺を目敏く見つけたクラリッサお嬢様が、娘の耳元で何やら一言二言ぼそぼそと言ったかと思うと、こちらへと向かって真っ直ぐに歩いて来る。
その後ろでは、俺の娘が、店内に向かって何やら大きな声で言ったかと思うとワッと盛り上がっていた。のだが、俺の意識は、真っ直ぐな瞳で俺を見据えて満面の笑みを浮かべながら俺の方へと一直線に向かって歩いて来るクラリッサお嬢様に、全てを持って行かれていた。
クラリッサお嬢様が、俺の目の前までやって来る。
俺のすぐ横のカウンター席へと優雅に座り、俺の方を向いてお淑やかに微笑む。
「お待たせしました。アルヴィン様」
「へ?」
「どうぞ、これを」
そう言ったクラリッサお嬢様から、俺は、何故だか、封がされた冒険者ギルドからの指名付き依頼書を手渡されたのだった。
頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべながら、俺は、呆けた顔でクラリッサお嬢様を見る。
「依頼書、です」
「あ、ああ。依頼書だね」
「はい。わたくしの諸国漫遊の旅に、ガイド兼護衛として同行するお仕事です」
「は?」
「勿論。アルヴィン様に拒否権は、ございませんわ」
「...」
めでたし、めでたし。で、あった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
ここで、取り敢えず、完結のフラグを立てさせて頂きます。
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