12.
瞳キラキラの満面笑顔で嬉しそうに説明してくれたクラリッサお嬢様のお話によると、ことの経緯はこんな感じだった。
まずは何日間か、アンジェリカさんとアンジェリカさんが話をつけて味方に引き込んだ有志のお姉さま方とで、娘と娘の養父母が切り盛りする料理屋を数時間ずつ貸し切り状態にしたデザートを楽しむ会を開催し、お嬢様による給仕の練習と訓練に明け暮れた、らしい。
お嬢様は、俺の娘による指導を受けてウエイトレス業務の実習を行い、お姉さま方は連携して一生懸命に給仕するお嬢様をさり気無く補助しながら他の客から自然な感じでガードする訓練を繰り返していた、のだそうだ。
うん。この辺りは、キッチリと練られた良いプランだ。アンジェリカさん、グッジョブ!
ちなみに。三馬鹿トリオは、その間、お嬢様のお父様であるロンズデール伯爵様から手を廻して貰い、王宮から一歩も出られない状態に追い込んでおいたのだ、とか。
こうして。クラリッサお嬢様の給仕の技術は磨かれ、有志のお姉さま方による連携の技が洗練されて十分に仕上がった状態で、本番を迎える。
久し振りに王宮からの脱出を果たしたキラキラしい王子様を含む三馬鹿トリオが、いつも通りの時間帯に、娘と娘の養父母が切り盛りする料理屋へと訪れる。
すると。
そこには、給仕する少女が、二人。
熱気に包まれた満席の店内を、華麗に舞うかの如く、優雅でかつキビキビとした所作で忙し気に行き来をしている。
店内各所の要所要所に分散して陣取る有志連合のお姉さま方からは、スイーツとドリンクの注文を。
二人の少女たちの姿を熱い視線で追う若者や壮年の男達からは、ガッツリ食べるのであろう少し遅めの昼食の注文を。
にこやかに眩しい笑顔で応対しては、その場に立ち止まることなく厨房の方へと舞い戻り。
出来上がったメニューを軽々と両手に抱えてテーブルまで運んできては、笑顔で冷めないうちにどうぞ召し上がれと勧めて次のテーブルへと移動する。
めまぐるしく入れ代わり立ち代わり店内を縦横無尽に行き来して、二人の可憐な少女が、次から次へと湧いて来る注文を笑顔でテキパキと捌いていく。
そんなクラリッサお嬢様と俺の娘の雄姿に、茫然と視線をクギ付けにされたまま立ち尽くす、三馬鹿トリオ。
そして。
そんな王子様を含むキラキラしさも半減以下へと成り下がったお間抜けな三人組のイケメン達に、颯爽と現れて問答無用で引導を渡すクラリッサお嬢様。
「申し訳ありません。本日は満席ですので、またのお越しをお待ちしております」
クラリッサお嬢様が、ニッコリと微笑んで宣言する。
呆然と立ち尽くす、三馬鹿トリオ。
俺の娘が、そんな三馬鹿トリオを一纏めにして強引にグイグイと店外へ押し出す。
こうして。
見事な連係プレイにより、招かざる客である王子様御一行を、この店から追い出してしまった。
そんな話を聞くと、俺も、何だかワクワクして来る。
うん。話しているクラリッサお嬢様も瞳キラキラで心の底から楽しそうな笑顔になっているので、こちらのテンションも更に盛り上がる。
うん、うん。当初の目的はさておき、クラリッサお嬢様にここまで喜んで貰えたのならば、色々あった苦労も報われる、というものだ。
そう。この後に襲い掛かって来るであろうお叱りやお咎めや叱責の暴風雨など諸々も恐怖だが、それらを甘んじて受け入れよう、と思わせる程に尊い笑顔だった。
唯一の心残りは、クラリッサお嬢様のウェイトレス姿をこの目で見ることが出来なかった、という点のみだが...。
俺が、そんな感じで、少しばかり思考を脱線させ、心の中で忙しない百面相を延々と繰り広げていると。
ポンッ。
と、クラリッサお嬢様が急に手を叩いた。
「そう言えば、アルヴィン様」
「ん?」
「マルヴィナちゃんですが」
「あ、ああ」
「わたくし、アルヴィン様からキチンとお聞きしておりませんでしたわ」
「お、お?」
「アルヴィン様とマルヴィナちゃんとのご関係、です」
「いや、まあ」
「マルヴィナちゃんは、アルヴィン様のことをご存じないようですし」
「そ、そうだね」
「ユーフェミアちゃんやアンジェリカさんは、何やら言葉を濁されますし」
「...」
「年齢的に見て兄妹か従妹なのかとも思ったのですが、どうも違うようですし」
「...」
「どういうご関係ですの?」
「まあ、その、なんだ」
「...」
「娘、だな」
「...」
「そう。娘、なんだが...」
「えっと、むすめ?」
「あ、いや。正しくは、姪っ子なんだが...」
「あ~、ビックリしました。娘は、親子というのは無いですわ」
「あ、いや、ホント、俺にとっては娘のようなものなんだが...」
「はいはい。アルヴィン様は、私より少し上の、レナードと同じくらいの年齢ですよね?」
「は?」
「レナードは、あれでも、わたくしより二つ年上なんですよ」
「レナード?」
「あっ、失礼。今回の騒動を起こしたあのおバカ王子が、レナードです」
俺は、思わず、眉間に少し皺が寄ってしまった。
何か、もやっと不快に感じるものがあった、のだ。何故だか、不愉快だった。
そんな俺の表情を見たクラリッサお嬢様の、笑顔が曇った。
ので。俺は、慌てて、微妙に強張る顔面に愛想笑いを貼り付け、会話を再開させる。
「う~ん。お嬢様は、確か、十六歳でしたよね?」
「ええ。十六歳ですわ」
「であれば、俺の方が、かなり年上になりますよ」
「あら。二つや三つの年の差くらい、誤差の範囲内ではないですか?」
「いや、いや、いや。俺、二十代後半ですから...」
「う、嘘ぉ~!」
クラリッサお嬢様に、眩しい笑顔が戻ってくる。
他愛もない話を織り交ぜながら、年相応に可愛らしい笑顔でのクラリッサお嬢様による今回の騒動の顛末に関する説明は、まだまだ続くのだった。




