09
階段を下りると、ステラさんが私に気づいたようで「あら」と小さく声を上げる。
「遅いから掃除に集中して気づかなかったのかと思いました」
「すみません」
反射的に謝る。
呼びに来てくれたのだろうか。
ステラさんは半回転し歩き始めたので、私も後を追う。
ダイニングと言っていた場所に入ると、うちの台所よりだいぶ広い部屋だった。生成り色の壁に、今は火がついていない暖炉。窓庭にチェストがあり、チェストの上にはレースがかかっていて、オレンジ色の大きな花が活けてある。入って生きた扉の真正面に次の部屋に行く扉がある。多分台所だろう。扉がある壁には食器棚があり、ガラス棚になっているところには、観賞用のお皿が飾ってある。
中央には十人ぐらい余裕で使えそうな長机に、椅子は六脚。机の上にはランチョンマットが三枚。その上にサンドイッチとスープが置いてある。お誕生日席の場所にはワトレ……おじいさんがすでに座っており、もう二枚は合い向かいに置いてある。
その上にも食事。
ステラさんが席に着いたので、私も急いでステラさんの向かいの席に座る。
「遅くなってしまいすみません」
「気にせんで大丈夫じゃよ」
謝罪をすると、おじいさんはにこやかに返答してくれた。
手を組みステラさんが祈りの言葉を紡ぐ。
食事の際は食前に神に祈りを捧げてから食べ始めるのが一般的だ。食後の祈りはない。うちの場合はかなり省略して「いただきます」「ごちそうさま」だけなんだけどね。
うちも最初は祈りを捧げていたのだけれど、私が祈りを捧げてから「いただきます」って言っていたら、次第に祈りが省略されていった。でも食べ終わったら「ごちそうさま」ってする。
皆が夕飯に揃って食べれるときだけは、祈りをするようにしている。
リョウにはちゃんと、ちょっとうちがおかしいっていうのは伝えてあるから職場でもしっかりやるだろう。兄ちゃんもいるし大丈夫だろう。
祈りが終わり、ご飯を食べ始める。
私は出された食事をまじまじと見てしまった。
黒パンと白パンの間ぐらいのパンに、具は野菜とハムまで入っている。スープも家で出すくず野菜のスープではなくて、しっかりとした具が入っている。
凄く豪華だ。
「何か不満でもありますか?」
ステラさんにそうに言われて、私はあわてて首を横に振った。
「ちがいます。えっと……こんなに豪勢なものは家では出ないので……」
「……嫌味ですか?」
「え!?」
待って、なんで嫌味だととられたんだろう?
ステラさんの眉間に皺ができて、私を若干睨む。
「嫌味などではなく……!」
「リュウ、お前さんがいつも食べている食事はどういったものなのじゃ?」
誤解を解こうと口を開くと、おじいさんが私に聞いてきた。
「私がいつも食べている食事ですか?パンとスープです」
「パンはどういうパンじゃ?」
「近所の人が働いているパン屋さんで売れ残ったパンとか、にいちゃ……兄が食堂で働いてるのですが、そこで余ったパンです」
「ではスープは?」
「兄が食堂でお客さんに出せないようなくず野菜をもらって来てくれます。毎日ではないですけど。それが無い時は、八百屋で野菜を買ったりしますが、それも厳しい場合はその辺りに生えている食べれる草をいれたりしてます」
「他には?」
「近所の人が養鶏場に勤めてまして、そこで出たひびの入った卵を分けてもらったりもしますし、果物を分けてもらったりもします。後は、ごくごくたまにねえちゃ……姉がお肉を買ってきてくれます。その時は、リョウ……弟なんですけど、弟も大喜びなんです。弟は一か月前から兄と同じところで働き始めましたから、まかない食でお肉とか出るので良かったです。小さい時にちゃんと食べないと丈夫に育ちませんから」
「それが、普通なんじゃな?」
「そうですね。私が住んでいる場所では普通です。あ、でも普通よりちょっといいかもしれないです。毎日三食パンが食べれてますから」
おじいさんから、ステラさんの方に視線を移す。
「だから、嫌味とかではなく、こんなに具だくさんのスープなんて私は一年に一回食べれるか食べれないかですし、サンドイッチにはハムまで!凄く豪華です!」
ぐっと握り拳を付けて言えば、面食らったようにステラさんが目を瞬いた。
「というわけだから、ステラの料理に文句を言っているわけではないようじゃな」
「……そうですね」
おじいさんがステラさんへいえば、ステラさんは素直に頷く。
「ワシはこれでも若いころは冒険業もやっておっての、それなりにいろいろ見たのじゃが、ステラは少しその辺りの常識が疎い。ワシの店のお客は主に貴族や冒険者、医者だからの。接する機会がなかったからのう」
「そうなんですね。確かに私はお医者さんに行ってしまうので、薬屋さんとかに入った事はナイです」
「一度も?」
「はい。薬屋さんはとても高いと聞きましたので」
それに、薬の事はよくわからない。薬屋さんに『これです』と値段と商品を提示させられればそれを信じてしまう。言われたとおりにお金を出すしかなくなってしまうので、ぼったくられてもわからない。
医者も同じように値段があってないような職業だから、ぼったくられてもわからないのだけれど……なので、私は周りに情報収集をして一番評判のいいお医者さんに行っている。お医者さんもすごく親切でいい人だったし。
いかないに越したことはないのだけれどね。
「話もひと段落したし、お昼を食べてしまおう」
「はい。いただきます」
サンドイッチに手を合わせ、少し頭を下げる。
持ち上げると、柔らかい!
口に運ぶと、ふわっともちっとしている。こんなパン食べたことがない。いつもはこのパンの二倍以上は固いパンを食べている。時々、スープに浸さないと食べれないようなパンもある。
中に入っている野菜もしゃきしゃきして美味しいし、ハムもすごくおいしい。
ソースはトートソースをベースにいくつか香辛料を使っているようだ。
スープは鳥ガラベースのスープのようだ。大きな野菜が入っていて、味付けもちょうどいい。肉は入ってない。スープに肉が入っていないから、サンドイッチにハムを入れたのかな?
今まで食べたことないくらいおいしい!
あ、姉ちゃんや兄ちゃんが奮発して買ってきてくれるお菓子や惣菜もおいしいんだけどね、このサンドイッチとスープはもっとなんか、高級っぽいんだ。
私に語彙力があれば絶賛しているおいしさだ。
「凄くおいしかったです。ご馳走様でした」
食べ終わり、手を合わせる。
と、二人の視線に気づく。
「えっと、なんでしょう?」
「……何でもないわ……」
何か面食らったような顔をしているステラさんに、おかしそうに顔を緩ませているおじいさん。
もしかして私の食べ方悪かったかな……?
「ふふ。ステラはの料理が苦手での。貴族は自分で料理をするのははしたないとしているものが多いのじゃが、ワシの妻に感化されてサンドイッチとスープは作れるようになったんじゃ」
「買うよりは安いですし。私の勉強にもなります」
あ、確かに、貴族は自分で料理しないよね。
シェフとか、メイド、執事……お手伝いさん?とかそういう人たちに作ってもらうのよね。
どんな貴族も最低一人はお手伝いさん的な人を雇うって聞いたことがある。ステラさんは見たところ裕福そうだし。
そういえば、ここは貴族の家なんだろうか?
それとも、家は別にあってここは店舗だけなのかもしれない。貴族のお屋敷にしては小さい気がする。
おじいさんとステラさん以外に人はいないようだし。
気になるけど、まだ内定決まってないし聞かないほうがいいよね。
「お前さんの口に合うか、食べてくれるか心配しておっ「ワトレイノイズ様!」
少しだけ考えていると、ステラさんのちょっと大きな声にびっくりした。
ステラさんはちょっと不機嫌そうだ。いや、照れているのかな?
おじいさんは、すまんすまんと謝っている。
くるりとおじいさんが指を回すと、みんなの前にティーカップがふわりと飛んできた。
ポットから湯気を立てて黄金色の紅茶を注ぎいれる。
指を回すだけで魔法が使えるのすごい。
「ところで、何か掃除で必要なものはあるかの?」
「いえ、まだ作業するスペースを作っただけなので……あ、必要なものではないのですが……」
「なんじゃ?」
「本は、言語順、分類順、その他の分け方とどのようにすればいいですか?」
「おまえさんはどのように分けると作業がしやすいかの?」
「言語順が一番作業しやすいです」
「では、それでお願いしよう」
「わかりました」
無理はせんようにの。と声をかけて、席を立った。
私もすぐに席を立ち、食器を片づけようとするとステラさんに止められた。
あなたの与えられた仕事は、書斎を片づけることです。と言われたので、大人しく頷いておく。
「ステラさん」
「なんでしょう?」
「あの、私時計を持ってなくて、あの部屋に時計がなくて……もしかしたらどこかの本の下にあるのかもしれないのですが、探し出せなくて、時間がわからないのですが……」
書斎には時計がなかった。
もしかしたらどこかに埋もれているのかもしれないけど、まだ発掘できてない。
書斎を片づける時間は九時から五時までと言われたのだが、五時には鐘はならない。
「一応このお店は五時で閉じます。お店を閉めたら私があなたを呼びに行きましょう。五時を過ぎてしまいますが大丈夫ですか?」
「はい」
時間は問題ない。
兄ちゃんは早番のシフトに入ったので、帰りが早い。リョウが家で一人になるということはないだろう。
今日の時間によっては、兄ちゃんと姉ちゃんに話しておかないとな。
よろしくお願いしますと頭を下げて、書斎の片付けに向かう。
二階の廊下からふとベランダの方を見ると、洗濯物が風になびいていた。
主にタオル類が多いが、その中に私の洋服もある。
一応一番きれいな服だったんだけど、汚いって思われて洗われてしまったのだろう。
帰りに洋服屋さんに寄って帰ろう。