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悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました  作者: 奏白いずも


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コミカライズ完結記念~リシャールの日常~

!本編後設定ネタバレ注意!

コミカライズ版の完結とともに、お楽しみいただけましたら幸いです。



 魔法学校の校長でありながら、かつては裏社会に生き、人には言えない過去を持つリシャール。そんな彼だが、運命を信じるかと聞かれたら迷わず頷くだろう。彼にとってはそれほどまでに『運命』に感謝したい人生だった。

 かつてのリシャールは生きるために何でもやった。自分以外の人間は全て敵だと思っていたし、報酬のためならどんな仕事にも手を染めた。

 けれどある日、運命の出会いを果たす。たった一人の少女との出会いが、彼の世界を変えてしまったのだ。

 心優しい少女の存在を胸に、元々あった魔法の才能を社会のために役立てることにした。

 理由は単純だ。こんな自分に笑顔を向け、手料理を振る舞ってくれた。心優しい少女に誇れる人間になりたいと思ったからだ。


 これが運命に感謝した一度目。

 二度目はそれから数年後――


 最高峰の魔法学校と名高いアレクシーネ王立魔法学校の校長の座を手に入れた。これで少しは彼女に顔向けできるだろう。そう考えていた時、絶好の機会が訪れた。

 目の前にはかつて少女と出会った船――ラクレット家の船が停泊していたのだ。恩人の名前まではわからなかったけれど、彼女に関する情報が掴めるかもしれない。

 そんな期待から乗り込むと、空から舞い降りたのは女神だった。

 恩人だった少女は美しく成長していたが、力強い瞳の輝きに、鮮やかな紫の髪を忘れたことはない。

 あまりの眩しさに女神が舞い降りたのかと思い、しばらく言葉を失った。救国の魔女アレクシーネの美貌は女神にも称えられるが、リシャールにとっては目の前の女性こそが女神だ。

 思えばこの瞬間からラルミア・ラクレットという人に魅了されていたのだろう。


 初めて優しさを知った。

 貴女のおかげで変わることができた。

 何もなかった人生が救われた。


 その瞬間、伝えきれない感謝が溢れ出しそうになったけれど、一方的な想いを伝えても困らせるだけだ。

 感謝を告げる資格はないと戒め、その目に映ることができただけで幸せなのだと現実を受け入れた。

 そのはずだったのに……

 知れば知るほどカルミアの素晴らしさに惹かれていく。

 自分の恩人はただ心優しいだけではなかった。勇敢で頼もしく、仕事に対しても誠実だ。素晴らしい魔法の才も秘めている。

 それなのに謙虚で、他人を思いやることができる。笑顔は眩しく愛らしいのに、諦めずに前を向く姿勢が逞しい。おまけに料理上手だ。

 再び出会えただけでも奇跡だというのに、なんとカルミアも自分との出会いを憶えていてくれた。それも大切な思い出として語ってくれた。

 それがどれほど嬉しい事だったかを本人は知らない。リシャールが鉄壁の理性で隠し通したからだ。


(幼いカルミアさんが振る舞ってくれた料理は、本当に美味しかったのです)


 不安そうに過去を語るカルミアに今すぐ伝えたいけれど、正直に話すことはできない。過去の自分を知られて幻滅されるより、アレクシーネの校長として理想的な大人で在りたかった。

 美味しいと言ってもらえる喜びを教えられたとカルミアは言うけれど、違うのだ。


(大切なことを教えられたのは私の方ですよ)


 リシャールは自分を感情に乏しい人間だと思っていたけれど、カルミアを前にすると想いが溢れそうになる。


(ああ、彼女と家族のように過ごせる船員たちが羨ましい……)


 この幸せな時間が少しでも長く続いて欲しい。その結果、学校に危機が迫っているという嘘を吐いてしまった。

 自分は無欲だと思っていたけれど、大きな間違いだ。彼女が絡むと欲張りになる。初めは目に映るだけでよかったのに、傍にいることを望んでしまった。

 頭の中は彼女の存在で埋め尽くされ、彼女に頼られるような理想の大人を演じるのに必死だった。

 嘘を吐いた償いは一生をかけても足りないけれど、こんな自分を許し、傍にいると言ってくれた彼女に報いたい。

 カルミア·ラクレットは世界一素晴らしい人だと、リシャールは全世界に伝えたくてたまらないのだ。


「というわけで、カルミアさんの素晴らしさはご理解いただけましたか?」


「ええ、よくわかったわ。うちの校長って女性人気が高いわりに淡々としていたけれど、恋人が関わると全力でのろけるのね」


 リシャールがにこやかに語り終えると、同僚のオランヌは深刻に頷く。どうやらこちらが伝えたかった内容はほとんど伝わっていないらしい。

 今日もオランヌは頼んでもいないのに学食について来て、空席は他にもあるのに、わざわざ隣に座った。おまけに恋人となった女性との馴れ初めについて質問攻めだ。

 もちろん過去の出会いや密偵の件については伏せているが、いかに恋人が素晴らしいかを語り聞かせたところでの一言である。


「カルミアさんの魅力が少しも伝わっていないようなのですが」


「確かに馴れ初めを聞いたのはあたしだけど、それが運命だのなんだの、壮大なのろけになってびっくりよ。このままだと昼休みが終わる」


「貴方が知りたいと言い出したのですが」


「それはそうだけど、カルミアが魅力的なのはあたしも知ってるから……って違う違う! 奪おうとかそんなこと考えてないから。ああもう、何を言っても面倒なことになるわね。助けてオズ!」


 にこやかな笑顔を凍りつかせるリシャールを前にオランヌが助けを求めたのは、通りすがりの学生だ。

 しかしオランヌは人選を間違えた。何故ならオズはこの状況を面白がってみせたのである。


「校長先生がのろけるタイプ。それは面白いことを聞いたな」


 臆することなく席に着いたオズは、笑顔で話に加わるつもりらしい。


「そもそも私は聞きたいことがあるからこそ、対価に出会いを語ったのです。本来なら聞かせるつもりはありませんでした」


「え、そうなの? ならもう話題を変えましょう!」


 オランヌは潔く敗北を認め、リシャールのため息によって場面は切り替わる。

 リシャールは仕切り直しとばかりに真剣な表情で語り始めた。


「実はカルミアさんに贈り物をしたいのです。貴方はカルミアさんと親しいようですから、欲しいものを知っているのではないかと」


 悔しいけれど、自分はカルミアについて知らない事が多すぎる。そこでリシャールは彼女を知る人たちに話を聞きに行くことにした。

 本当は自分の力で喜ぶものを選べたらよかったけれど、女性の喜ばせ方などまるでわからない。そこで認めたくはないがカルミアと仲の良い同僚を頼ることにした。

 作戦会議の場は学食だが、カルミアは現在帰省している。学食の要が不在でも見事に営業している姿を見て、改めてカルミアの手腕に感服していると、最初に意見をくれたのはオズだった。


「パーティーで見かけるカルミアはいつも流行りのドレスで完璧に着飾っていました。似合うものをプレゼントするのはどうですか?」


「まさかとは思いますが、口説いたりはしていませんよね?」


 リシャールが笑顔を向けると、オランヌはすかさずオズを守る壁になった。


「気をつけてオズ! この人のカルミアのへの感情とっても面倒だから!」


「安心してください、校長先生。これまではお互い存在を知っている程度の認識でしたから」


 目に見えてリシャールの警戒が薄れ、オランヌは肩の力を抜く。自分のせいで大事な生徒が犠牲になってはいけないと別の案を考えた。


「新作コスメや香水の話も楽しそうに答えてくれるけど、そういえば今王都で話題の香水店を経営してるのよね。前にあげたリンゴは喜んでくれたし、野菜を渡した時も、あの子本当に喜んでくれて。こっちまで嬉しくなるわよね」


「なるほど。それほどまでに私の恋人に貢いでいると」


 またしても学食の温度が下がりかけたのでオランヌは焦る。


「静かに怒らないで。誤解だから! 確かにたくさんある食材を引き取ってもらうことは多いけど」


「それも初耳なのですが」


「心狭っ!」


「まあまあ先生方。では花はどうですか?」


 軌道修正とばかりにオズが提案する。オズにとってもカルミアは恩人だ。学食改革を成し遂げ、竜を退けてくれた。そして友人でもある。友人が喜ぶためなら力になりたい。


「確かにカルミアさんには花が似合いますね。私も考えてはみたのですが、一体どの花にすればいいか迷っているところです。カルミアさんの美しさを引き立てるのに最適な花を選ぶだけで何年掛かるやら……」


「これはまた長くなりそうね」


 オランヌが額を押さえてげっそりと答える。昼休みの終わりまでに残された時間は少ない。


「なら、カルミアのお兄さんに聞いてみるのはどうですか?」


 オズの提案にオランヌも賛成する。事件の後に実の兄妹ではないと教えられたけれど、親しい間柄には違いないだろう。


「実は既に聞いてみたのですが……」


 まず最初に訪ねた相手は彼女が最も信頼する部下だった。


『お嬢の欲しいものが知りたい? 俺じゃなくて本人に聞けばいいんじゃ……』


『驚かせたいのです。私はカルミアさんにたくさんのものを頂きました。その感謝を少しでも返したいのです』


『なるほど。そういうのはお嬢も喜ぶだろうな。とはいえ、たいていのものは自分で手に入れるからな~』


『では、好きなものを伺うことはできますか?』


『あーっと……これは本人には内緒で。お嬢は可愛い物が好きだ!』


 リデロは本人が聞いていたら赤面することをさらりと暴露する。カルミアがこの場にいれば、今頃魔法の餌食になっていただろう。


『そういえば、いつも可愛らしい格好をされていますね』


『俺らの前じゃ面子を気にして隠してるみたいだけどな』


『カルミアさんらしいですね』


『だからまあ、なんだ。兄弟はそういうのを気にせず、自由でいさせてやってくれよ。そういう人ができたってのがお嬢にとっては一番嬉しいことだろ。欲しかったものって、そういう相手とか?』


 良いことを言ったとリデロは誇らしそうに頷く。

 最後には『お嬢に何か言うなら直球が一番』とアドバイスをもらった。


「あ、あの!」


 突如進展のなかった会議に響いたのは女性の声だ。実は近くの席に座っていたレインが顔色を伺いながら手を上げている。

 リシャールは控えめな生徒だと記憶していたが、あの事件の後から積極的に人と関わるようになり、教師として嬉しく思っていた。


「お役に立つかはわかりませんが、私からもいいでしょうか」


 発言したものの、注目を集める事には慣れていないのか、緊張してるようだ。


「もちろんです。カルミアさんと深い関わりがある貴女にも、ぜひ伺いたいところです」


 リシャールは安心させるために微笑んだつもりだが、オランヌには「怖がらせないで」と言われた。心外だ。

 確かに同郷の出身であり、リシャールの入り込むことが出来ない『前世』の話題を羨ましく思うこともあるけれど。


「私たちのいた世界――あ、いえ、物語で! 将来を誓い合う証に指輪を贈る文化があるんです」


「それは興味深いお話ですね」


「きっとカルミアも憧れていると思います。でもあの、友達なのに欲しい物も知らないなんて役立たずですよね。私、校長先生のためなら命をかけて聞き出してみせます! それが私にできる罪滅ぼし……」


「そこまで重く考えていただかなくて大丈夫ですよ」


「そうだね。レインの責任感は素晴らしいけど、もっと気楽に行こう」


 オズはレインの肩を叩いて励ます。その裏表のない笑顔にレインも落ち着きを取り戻したようだ。


「みなさん貴重な意見をありがとうございました。参考にさせていただきます」


 後日学校ではカルミアに指輪を贈るリシャールが目撃され、恋人に指輪を贈る文化が流行ったという。

お読みいただきありがとうございました!

コミカライズ版の最終回、見届けていただけましたでしょうか?

まだの方も、今からでも間に合いますよ!

デザインしていただいたキャラクターたちは素晴らしく、諸田先生が毎話わかりやすく面白くまとめて下さっているので、ぜひ読んでみて下さいませ!

そんなコミカライズは完結してしまいましたが、まだ小説下巻に合本版の配信もございますので、今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。

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