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私達の最良の時/私達は幸いなる少数  作者: MV E.Satow maru
第2章 千切れる糸
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2020年8月(5)

古城こじょうミフユ


 お盆明け。再びスタジオに篭っての録音・録画が始まった。


 エンドロール用で「Finest hour in my life」ダブル・ヴォーカルのティエンフェイとブラス・フリート、コメット・ストリングスのフルメンバーバージョンも後半日程でリハと録音をこなした。


 録画は白山航平監督がつきっきりでカメラと楽器奏者に指示をして細かい指の動きなど演技を付けられた。カメラの動きも演技の一部に入っていてそちらも小うるさく指示が飛んでいた。


 琴乃さんは白山監督の執念の理由について理由を教えてくれた。


「映画って出来上がったら最後早々修正なんて出来ないから。アニメーション映画だと描けるから適当だろうっていう人もいるけど、逆に何もかもコントロールして描きこまなきゃいけない。だから素材ビデオ段階から先を考えて意図した表現を描けるように徹底的に詰めていく事になる。監督が細かいのはそういう理由があっての事なのよね」


私はふと思った事を聞いてみた。


「それって琴乃さんが作曲で関わって感じた事ですよね?監督とぶつかったりしません?」


琴乃さんはお手上げの仕草をした。


「監督からダメ出し食らってお蔵入りしたり、編曲し直してまるで違う感じに仕上げた曲もあるからね。監督はそれ気付かなくて面白かったけど。全ては映画のためだから予算が許すなら譲歩なんでしたくないだろうし、して欲しくもない。そこでぶつかるのは避けられない事ではある。しばらく顔を見たくない時もあるけど、良い意味の衝突だからあまり気にしない事にはしてる」


 『Finest hour in my life』ダブル・ヴォーカル版は収録最後の2日間を割いて行われた。金管、弦楽とドラムの人が入ったのでいつも使っているスタジオではなくもっと広いスタジオ変えられたけどそれでも手狭だった。

 今日はティエンフェイではなくブラス・フリートのヴォーカルとしてティエンフェイと摩耶まーやの演奏に絡んで行く事になる。


 曲は最初にティエンフェイと摩耶まーやパートで始まり、1番目の歌詞が終わると間奏でホーレイシアのトランペット独奏からトロンボーン、ヴァイオリンが加わり2番の歌詞を私が歌う。そして再度間奏でティエンフェイも加わって2番の後半を繰り返して全員で演奏を終えるというものになっていた。


 指揮台の琴乃さんが演奏を止める合図を出した。


「ティエンフェイ、タイミングがちょっと合ってない時があるかな。管楽器は呼吸があるから相手の音をよく聞いて合わせて」


 ティエンフェイのみんなは頷いた。それを見た琴乃さんが演奏再開を指示した。


「じゃあ、2番繰り返しからもう一度。私のタイミングで入って」


 琴乃さんがキューを送るとブラス・フリートとティエンフェイの合奏が再開された。


 午前中に一度入った休憩時間、音楽から頭を離して床に座っているとホーちゃんが私の前に立った。


「冬ちゃん、摩耶さんを紹介して」

「いいよ」


私は立ち上がるとホーちゃんを連れて摩耶まーやを探した。ブラス・フリートのドラムの子と話し込んでいた中谷ちゅうやちゃんに声を掛けた。


「ねえ、中谷ちゅうやちゃん、摩耶まーやは?」


彼女は天井に目をやった。


「あー、自動販売機じゃないかな。コーヒー飲みたいとか言ってたから」

「了解、ありがとう」


 廊下を出て1階にある自動販売機へ2人で向かうとペットボトルを片手に吹き抜けのロビーのソファーに座っている摩耶まーやが見えた。

 階段を降りて彼女の側に行った。


摩耶まーや、ホーレイシアが紹介して欲しいって言うから連れて来た」


ホーちゃんが右手を差し出した。


「改めてはじめまして。ホーレイシア・コリングウッドです。摩耶さんの曲が良かったのでその事を言いたくて冬ちゃんにお願いしました」


摩耶まーやは立ち上がってホーちゃんと握手を交わした。


「こちらこそ。私の曲でトランペットがあんな風に歌うなんて想像もしてない事だったから。ホーレイシアさんのトランペットもブラス・フリートの演奏もとっても素敵です。私の事は摩耶まーやと呼んで下さい。さん付けなんていらないから」


ホーちゃんも笑顔になった。


摩耶まーやね。じゃあ、私の事はホーちゃんと呼んで頂戴」

「わかった。ホーちゃん」


 演奏の合間のお昼休みや休憩で2人はいろんな話をしていた。

お昼、配られたお弁当を食べている時、お箸の手を止めてホーちゃんが摩耶まーやに質問のボールを投げた。


「『Finest hour in my life』って映画から思いついたの?」


摩耶まーやは隣の中谷ちゅうやちゃんの弁当に卵焼きを入れると彼女の弁当から焼売を強奪した。

少し怒る中谷ちゅうやちゃんに対していたずらっ子の目で摩耶まーやは「この間の唐揚げの仕返しだからさ」とか言っていた。

そしてほーちゃんの方を向くと言った。


「『Finest hour』はもともとチャーチル首相演説にある言葉なんだけど、その演説の主旨自体はシェイクスピアの戯曲『ヘンリー五世』の聖クリスピンの日の決戦前の演説から採られている。そしてチャーチル経由で映画の中で引用されたり色々していると思うんだけど合ってるかな?」


ホーちゃんが首を縦に振った。


「確かにチャーチルの言葉として知られてる事が多いかな」


摩耶まーやが続けた。


「中3か高1の時に映画を見たんだ。英国で戦争中に映画を作る話。その映画の脚本チームの一人がヒロインなんだけど辛い体験を経た後に『それでも私にはまだ映画がある』って気付かされる。その映画の中で『ヘンリー五世』の引用があってね。チャーチル首相の演説とオーバーラップしてこの曲の歌詞を一気にかいた。それがきっかけ」


ホーちゃんは眼をキラキラさせていた。


「そういうのは良いなあ。私らは管弦楽だから曲を作っても言葉で表すのはせいぜいタイトルぐらいなんだよなあ。嫉妬しちゃうな」


琴乃さんまで羨ましげに摩耶まーやの事を見ていた。

ホーちゃんは話を続けた。


摩耶まーや、英語版の歌詞も作ったらいいと思うよ。私のDadの母国できっと受け入れられると思う。歌に普遍性があるもの。アメリカでも好まれるんじゃないかな」

「じゃ、ホーちゃんが訳してくれない?」

「ダメダメ。私は育ちは東京だから。英語なんてDadとかGrandmaぐらいしか使えないし。もうGrandmaは私の英語について匙を投げてるし」


ホーちゃんはそう言うと大袈裟に顔をしかめてみせたので、その場にいたみんなが笑ってお昼の休憩時間が終わったのだった。


 翌日、夕方無事収録を終えてスタジオの会議室で簡単な打ち上げとなった。ティエンフェイとブラス・フリート、コメット・ストリングスのみんなは別れを惜しんだ。


 摩耶まーやはホーレイシアと気があったようで二人で話し込んでいた。


「冬ちゃん」


軽食のサンドイッチをつまんでいたら摩耶まーやから呼ばれた。

ホーちゃんと一緒だった。


「ホーちゃんがまた冬ちゃんと一緒に演奏したいって。歌って欲しいって。私は先にティエンフェイでの共演しようよって言おうと思ったのに、それより先に冬ちゃん貸してだもの」


そう言って摩耶まーやは缶ビールをぐいっと飲んだ。


「あー。私はどっちもやりたいけど贅沢?」

「冬ちゃんはそうだよねえ」


摩耶まーやが眼を細めて笑っている。

ホーレイシアが体を前に乗り出して言った。


「冬ちゃんがこっちの人だと分かったから、また冬休みとか戻ってきたら日は取れるでしょ?っていうか取って」

「そりゃあ、実家には帰るんだけど」

「じゃあ、帰る予定決まったら教えて。その中でリハとライブ本番で2日ぐらいブラス・フリートと一緒に遊ぼ」


天真爛漫なホーちゃんの口説きのおかげで休みで帰ってきても音楽漬けになりそうな予感がしてきた。

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