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私達の最良の時/私達は幸いなる少数  作者: MV E.Satow maru
第2章 千切れる糸
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2020年7月(1)

古城こじょうミフユ


 大阪でのオーディションは7月入ってすぐの4日土曜日の午後にあった。会場になった音楽スタジオに指定された時刻に行くとレコード会社の社員証をネックストラップで下げたネクタイ姿の人が待っていて控え室に案内してくれた。そして事前に内容確認して署名を求められていた守秘義務契約書を彼に渡した。


「内容は読んで頂けましたよね。何か疑問点などありますか?」


みんなが首を横に振った事を確認すると書類をクリアフォルダに挟み込み腕時計をチラッと見ながら言った。


「予定通りなのでここで少し待ってて下さいね」


そういうと彼は部屋から出て行った。


 みんな、来るまでは空元気を出していたけど、流石にここに至って無口になっていた。

摩耶まーやがいきなり中谷ちゅうやちゃんの脇をくすぐった。


「うわ、何すんのよ、摩耶まーや。くすぐったいって」

「ほら、緊張していちゃダメだよ。中谷ちゅうやちゃんが笑えばみんな安心」

「だからってくすぐるなってーの。もう、あんた、たまに私をダシにして自分がって……鶏のマークってなんだったっけ?」

「何、鶏って。三歩歩いたら忘れる鳥頭アピール?」

「あ、違った。KINCHO。そう、緊張。私をダシに緊張緩和なんてすんなって」


 真顔の中谷ちゅうやちゃん。吹き出す摩耶まーや

みんな、二人の漫才に流石に爆笑した。そんなアホな事をやっていたら先ほどの社員が戻って来た。彼も私達の様子をみて安心したのか呆れて笑っていたのか笑顔だった。


「さ、皆さん。オーディション会場に案内します」


 オーディション会場は防音が施された大スタジオだった。一角には審査に当たるプロデューサーや映画監督の席が設けられていたがまだ誰もいなかった。


「楽器の準備お願いします。出来たら審査の方に入ってもらって始めますから」


 私達5人は定位置につくと準備を始めた。私はマイクテストとスタンド位置の調整、そして発声練習をした。

 自前の機材を持って来ているのはギターの摩耶まーやとエレキベースの朱里しゅり先輩、キーボードのふーちゃんの3人で担いで来た楽器をつないで音が出るかチェックしている。

 ドラムはスタジオのものを使うので中谷ちゅうやちゃんが座ってドラムセットの具合を鳴らして調整していた。

最後にPAの人が私達一人一人順次モニタースピーカーの調整をしてくれた。


 準備を終えると摩耶まーやが先程から対応してくれている社員の人に声をかけた。


「ティエンフェイ、準備できましたから始めて頂いてけっこうです」


 社員の人は頷くとドアを開けて誰かに声を掛けていた。そしてそのドアから白山航平監督、プロデューサー、音響監督、レコード会社プロデューサーと琴乃さんが入って来て席についた。


 オーディションでは演奏と質疑が行われた。演奏では琴乃さんからの事前注文で「Finest hour in my life」ダブル・ヴォーカル版と「Around the World」シングル・ヴォーカル(つまり私のみ)で歌った。

 私達は審査の人たちの様子を気にしてられなかった。演奏に集中しないと間違えそうで怖い。必死で集中して演奏した。


 演奏が終わると別室の会議室に移動して映画プロデューサーから映画の概要紹介があった。映画の公開は2021年夏予定。演奏シーンをアニメーションで描くため音楽録音と撮影を先行させる必要があり8月にそれを済ませてしまいたいというスケジュール故にこんなオーディションが急に開かれたのだった。

 ひょっとしたら他のアテにしていたバンドがあったが破談になったのかもしれない。これは私の単なる憶測でしかないし、一度琴乃さんに聞いたけど笑って教えてくれなかった。


 私達はみんな海事科学部所属で乗船実習もある。プロモーション活動に制約がある事を中谷ちゅうやちゃんが伝えた。

白山監督は40代のどこにでもいそうな小ざっぱりした男性だった。知らなかったら気づかないような人だけど作るものは独創的かつ執念を感じさせるもので前作「バードさんの日本旅行記」が初監督作品では必要な時代考証を徹底しつつ物語の演出をやりきった事で脚光を浴びた人だった。


「今回の録音ではビデオ撮影も入ります。後でそれを元にアニメに起こします。登場人物は作画監督の作ったキャラクターになりますが動きや演奏は出演していただくバンドのものを使います」


琴乃さんが音楽面について補足説明をしてくれた。


「劇中歌の演奏は3曲。今のところ私が作るつもりですがバンドのみなさんにもアイデア出しとか場合によっては作詞、作曲そのもので協力してもらう予定です」


横からさらに映画会社のもう一人のプロデューサーがさらに補足した。


「曲に皆さんのアイデアが入ったり、実際に作詞、作曲してもらった場合は作詞、作曲または編曲でちゃんとクレジットを入れます」


音響監督は録音がそれだけではない事を告げた。


「演奏で生じる様々な音、ギターのボディーが何かに当たる音とかあるよね。そういうのも録音していくから。このアニメーションでは本物だと確信できる音楽の音を作りたいから。琴乃さんとそういう打ち合わせしているので、いろんな録音に協力してもらう事になる予定です」


 審査員の人達は色々と事情を説明してくれた。白山監督はタイトなスケジュールについて理由を説明した。


「ともかく先行して音楽が出来てないと描けない。演奏シーン自体、バンドの奏者の指さばきとか再現しますから。あと学生の皆さんのスケジュールの兼ね合いもあるので8月で録音・ビデオ撮りは終えます。事情があって遅れてこんなオーディションになったけど、今のところオンスケジュールだから」


 映画会社のプロデューサーの人は映画封切り後の宣伝活動への協力について説明してくれた。


「映画封切り後の宣伝活動で演奏などお願いする可能性があります。これは映画に比べると優先度は低いので個別相談になります。学業など配慮はしますからこれはあまり気にしないで下さい。まずは作品のクオリティを高めることが最優先ですから」


結局、質問というよりはもっぱら説明を聞かされて終わった。


 私達は荷物をまとめてスタジオを出た。


「今日はありがとうございました」


朱里しゅり先輩が代表して今日の対応をしてくれたレコード会社の社員の人にお礼を伝えた。


「オーディションパスすると良いね。お疲れ様でした」


社員の人はそう言って私達を見送ってくれた。


 帰り道、阪神電車の車中で吊革につかまりながら雑談になった。


「なんか、大した質問されなかったねえ。すごく前のめりの説明が多かった」


中谷ちゅうやちゃんがボソッと言った。

頷く朱里しゅり先輩。


「同感。演奏は物凄くよく聴いてくれた感じはしたけど、質疑は質問というより今後の説明だったかなあ」


ふーちゃんは「あっ」と叫ぶと右手で持っていたつり革から手を離して拳を左の掌をポンとたたいた。


「琴乃さんがある程度決めていたとしたら、オーディション自体はその事の確認でしかなかったのかも」


「まさか、そこまで評価されてるかなあ。そうだったらいいけどさ」


摩耶まーやがふーちゃんをいなしてこの会話は終わった。


 オーディションの結果は6日月曜日午後にはメールで連絡が来た。ティエンフェイとあと1バンドが選ばれたとの連絡だった。

もう1つのバンドはインストバンドでヴァイオリンやトランペットなどが入っている東京の大学生のバンドだという。


 オーディションは琴乃さんが監督らを説得するための場だったらしい。映画の設定上、ダブル・ヴォーカルが必要でティエンフェイがその条件をクリアしている事が大事だったとも後で琴乃さんに教えてもらえた。出来レースと思っていたふーちゃんの印象はそう的を外したものではなかった。


 琴乃さんに言わせれば「ティエンフェイで決まり。聞けば映画に合うと分かるから心配してなかった」だった。実は後一つのバンドもそういう琴乃さんの推薦が大きく、その判断の確認をオーディションの体裁でやったという流れだった。


 7日火曜日は摩耶まーやの20歳の誕生日だったので、そのお祝いを兼ねてピザのデリバリーを頼んで夕食後の学生食堂で簡単なお祝いをした。

届いたピザを目の前にみんなはビール。このバンド、朱里しゅり先輩は1年上だからとっくにビール上等のお年頃なんだけど2回生組は何故か春から夏の生まれの子ばっか。冬生まれは私だけだった。


朱里しゅり先輩からは「冬ちゃんはまだダメだから」と言われたけど誕生日が来て飲むかは決めかねているので別にうらやましくはない……と思う。という事で私は炭酸水をチョイス。


お祝い事の好きな中谷ちゅうやちゃんがはしゃぎながら司会した。


「じゃあ、アルコール解禁になった摩耶まーやの20歳おめでとうアンドティエンフェイのオーディション合格記念でカンパイ」

「かんぱーい」

「おめでとう、摩耶まーや


 そんな声がする中でビールを飲み(私は炭酸水だけどね)、ピザがみんなのお腹の中に消えて行った。

デザートは近くの洋菓子店でお願いしておいたショートケーキを取り分けた。


中谷ちゅうやちゃんが澄まし顔で言った。


「ケーキを食べる前にあれを」


私が答えた。


「アイ・アイ・サー」


私は机の下に隠し持っていた物を取り出した。

中谷ちゅうやちゃんが号令を掛けた。


西田摩耶にしだまや、起立!」

「は、はい」


慌てて立ち上がり気を付けの姿勢を取ってしまう摩耶まーや。条件反射でやってしまったので苦笑い。


私は儀仗兵っぽい畏まった所作で小さな包みを朱里しゅり先輩に渡した。

朱里しゅり先輩が包みを摩耶まーやに厳かに授与した。


西田摩耶にしだまや、二十歳になった事を祝してティエンフェイのみんなからお祝い。……まあ、開けてみて」


受け取った摩耶まーやは丁寧に袋を開けた。中には細長いアクセサリーのビロードケースが入っていた。摩耶まーやはそのケースをそっと開けた。


「うわあ音符のネックレスだ。キレイだし私らしくて嬉しい。みんな、ありがとう」


ふーちゃんが破顔しながら言った。


「付けてみてよ、摩耶まーや

「うん!」


小さな四分音符のネックレスは彼女の首をやさしく飾った。音楽が大好きな摩耶まーやにとてもよく似合っていた。


 琴乃さんとはオンラインミーティングアプリで曲の打ち合わせをやるようになった。その時映画の内容について少しだけ教えてくれた。


「2つのバンドが出会って同じ曲を知っていて演奏する。そんな映画になるけど喋ったら」

「守秘義務契約書と怖い弁護士先生が待ってるんですよね。私達だけの時しか話しません」


 劇中の歌唱曲。1曲はビデオコンテで仮歌に入れてくれていた「Finest hour in my life」をそのまま使いたいとの提案が琴乃さんからあった。無論、作詞作曲クレジットは尊重するとの事で使用料の提示も受けた。


 朱里しゅり先輩が髪の毛に手をやりながらディスプレイに映っている琴乃さんに聞いた。


「琴乃さんが作るんじゃなかったんですか?」


画面の琴乃さんは一瞬目をカメラから逸らしたがすぐ視線を戻して微笑んだ。


「作ったけどね。この曲は仮歌でビデオコンテに当てていたんだけどあまりにピッタリだったから、作るのは止めた方がいいって白山さんに言って決めてもらった。あ、私の曲も入るよ。ただテーマソングはどれだって言われたら貴方達のFinest hourだから」


 そしてこの曲の金管弦楽版を東京の大学生バンド「ブラス・フリート」が演奏して私が歌い、ティエンフェイ版は摩耶まーやが歌う事になった。本来逆にした方がいいかもとの話もあったのだけど、摩耶まーやはギター演奏の撮影日程もあったので私だけ別スタジオで録音する事になったのだった。


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