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私達の最良の時/私達は幸いなる少数  作者: MV E.Satow maru
第2章 千切れる糸
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2020年7月(2)

古城こじょうミフユ


ミフユ:琴乃さん、ちょっと相談が。

琴乃:何かな?他のバンドとの共演の件?

ミフユ:そうです。

琴乃:で、何かな?お姉さんに率直に言っちゃいな。

ミフユ:えーとですね。私の声ってどう思います?

琴乃:始めたばかりとは思えないティエンフェイにぴったりな歌声だと思うけど。摩耶さんとのダブル・ヴォーカルもきっといい曲になるなあって期待してる。

ミフユ:ははは。

琴乃:ひょっとして音痴だった事?

ミフユ:なんで知ってるんですか???

琴乃:そりゃあ。シンガーソングライターですから。歌を聞けばわかるって言いたいけど

ミフユ:そんな能力もあるんですか?

琴乃:ないよ。

ミフユ:おい。

ミフユ:……すいません。あまりな返事なので動転して。

琴乃:冗談よ、冗談。あなたはよく練習して音痴は克服しているし持ち歌を自分のものにしている。そこは自信持っていい。摩耶さんと話をした時にちょっと必要があってそういう話が出たけど事前練習できるように配慮してくれたら大丈夫ですからって力強く言われたし。ミフユさんなら大丈夫よ。

ミフユ:信じていいんですか?

琴乃:信じる者は救われるってね。大丈夫だから。普段通りやればできます。



琴乃 7月


 1年前から脚本、絵コンテ作成と映画作りは突き進んできた。仮題は「Strand,Thread」。どちらも「より糸」の意味がある。作品の特徴を表した良い課題だと思う。


 劇中で高等学校の軽音学部が2バンド登場する。だからヴォーカルも2人必要だった。監督、このあたりは調子に乗ってホイホイ設定詰めて来ていて「琴乃さん、こういうのあり得るかな?」とメッセで頻繁に質問が飛んで来ていて相談に乗っていたので経緯はよく知っている。なので、ティフェンフェイはベストだったし、その推薦は監督をはじめ関係者にもすんなり受け入れられた。


 この映画の企画がスタートした直後、どこで話を聞きつけたのかある芸能プロダクションからそこの売り出し中のガールズ・バンドに歌わせてやって欲しいと売り込みがきていた。良い子達だけど歌と演奏が要求レベルに達しておらず避けたかった。私はレコード会社のプロデューサーと新山監督と協議してプロデビューしていない大学生バンドを探して当てはめる事にした。関係者説得のためオーディション形式を取る事は呑んで候補のバンド捜しに掛かったのだった。


 スマフォのメッセアプリを立ち上げると登録してあるアドレス帳からある名前を見つけて「ちょっと話をしたい」とメッセージを送った。


 昼過ぎに都内のある大学キャンパスで待ち合わせ。ここのレストラン、本来学生ではなく学校法人などお偉いさん向けらしいけど、そこでランチミーティングしようと彼女に持ちかけていた。ま、ランチぐらい奢らないと大人の立場ってものがない。

 約束の時刻の少し前に黒がかったブロンドのポニーテールでTシャツに夏物の風通しの良さそうなジャケットとハーフパンツを組み合わせた誰もが振り返ってしまう可愛らしい女性がやってきた。私は彼女に小さく手を振った。


「ハーイ。琴乃さん」

「ホーちゃんも元気そうね」


 挨拶そこそこにレストランの中へ入るとウェイターが予約していた席に案内してくれた。


「琴乃さん、今回映画の話はありがとうございます。面白そうな仕事で楽しみにしてます」


ホーちゃんがまず社交的挨拶から切り出してきた。


「オーディションについて候補として出したのは確かに私だけど、通ったのは貴方達の実力だから。それに金管クインテットで必要に応じて弦楽カルテットと組めるとか柔軟性の高さも監督が喜んでたし」


 ホーちゃんはレストランの外に視線を向けていた。小鳥が何羽か楽しげに飛んでいるのでそれでも見てるらしい。


 ホーちゃんことホーレイシア・コリングウッドさん、トランペット奏者だ。トロンボーン奏者の井上光くんと2人で金管クインテット、彼らはシンフォニック・バンド「ブラス・フリート」を名乗っている、を立ち上げて評判だった。

このバンドは光くんがマネジメントをして音楽面をホーちゃんがリードしている。弦楽カルテット「コメット・ストリングス」と姉妹関係にあり必要に応じてメンバーを組み合わせての演奏は粒選りのメンバーも相まって将来性豊かなポップス・バンドだと評判になっていた。

 映画のオーディションでもブラス・フリートの金管クインテットにコメット・ストリングスのヴァイオリンとチェロの子が加わっての演奏で異論なく全員一致で合格が決まっていた。


 ホーちゃんは私の方に視線を戻した。


「オーディションでの説明を聞いてからいろいろ考えてましたけど、私達みたいな管弦楽、吹奏楽崩れのブラス・フリートを使うにしてもインストだけじゃないですよね。ひょっとして歌を入れます?」

「そう。今日はちょっとその話もあってね」


 私は編曲をお願いしていた作曲家の先生から受け取っていた楽譜が入っているクラウドサービスのアドレスとパスフレーズをメッセで送った。楽譜ビューワーは琴乃がホーレイシアたちに自分のイベントで演奏して貰った時に琴乃が使っている楽譜ビューワーと同じものを使っている事を確認していた。。


「オーディションの際に話をしたけど、大阪の大学生バンドも劇中曲演奏で参加します。彼女たちはヴォーカルを2人擁しているんだけど、うち一人とブラス・フリートで共演して欲しい。貴方達の演奏技術なら問題はないと思うけど今送った楽譜をよく見て確認して。質問があったらメッセで頂戴」

「この曲の編成は?」


 ホーちゃんから言い忘れていた事への質問が来た。


「今のところ4曲のうち2曲はトランペット、トロンボーン、ヴァイオリン、チェロ、コントラバスになる。1曲はコメット・ストリングスを含めて編成検討中。最後の1曲はオープニングテーマ曲でブラスとコメットのフルメンバーが必要。これはインスト曲になるわね」

「コメットとドラム頼んでいる子に楽譜見せてもいいですか?」


 当然の質問だった。


「あなたの端末で見せるのは構わない。クラウドのIDは奏者全員が契約書締結したら発行してもらいます」

「分かりました。……メインの曲、琴乃さん作曲じゃないんですね」


 ホーレイシアはこういう事にはすぐ気がつく子。


「仮歌でビデオコンテに入れたもので打ち合わせしていたら変える気がなくなちゃってね。もう一つのバンド、ティエンフェイのギターの子が作詞・作曲したものに手を加えてる」


 これは少し嘘がある。ほとんどそのままで編曲を担当した先生にまわした。管弦楽向け編曲はともかくそれ以外はほとんど触る必要はない。それが私の判断だった。


「そうなんですか。ほんと琴乃さんそういう所はすごく冷静ですね」


 ホーちゃんが分かって言っているのか、勘違いしているのか判断しかねた。ちょうどその時、ウェイターが頼んでいたステーキを持ってやって来た。

目敏く見つけたホーちゃんは背筋を伸ばした。


「うわあ、ご馳走になります!」

「遠慮なくどうぞ。お礼はいい演奏でよろしくね」

「はい!それは任せて」


ホーちゃんが元気よく答えて来た。

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