おくさまはこうさぎ。 4(最終話)
群のなわばりに足を踏み込んでわずかに進んだところで、ラグラスと、おおかみの群はついに対面しました。
四匹のおおかみと小ウサギの前に、数十頭のおおかみが行く手を遮るかのように立ちふさがっています。
そして、群の先頭には群のボスであり、ラグラスの敬愛してやまないダイアンサスがいます。
「……お久しぶりです」
ラグラスはプリムラをかばうように寄り添い、ダイアンサスに礼を取りました。
辺りを緊張感が漂いました。
そんなラグラスにならって、プリムラもちょこんと頭を下げます。プリムラ、いっぱいのおおかみを見て、ちょっと緊張です。だって、きれいでかっこいいおおかみがいっぱいいるのですから! でも、やっぱり、ラグラスさまが一番ステキだな、とかプリムラは思っています。プリムラもいろんな意味で緊張感にあふれていました。
「……まったく、そなたは何をしておったのだ」
言葉では責めながらも、よく帰ってきたと、そして帰ってこいと言葉の響きに含ませダイアンサスが言いました。
「ご心配をおかけしました」
「かまわぬ、よく帰ってきたな」
厳しさの中にも思いやりのこもったダイアンサスの言葉に感謝の思いを抱きながらも、ラグラスはいいえと首を振りました。
「……そなた、どうしたというのだ」
言いながら、ダイアンサスは、チラリとラグラスの側にいる小ウサギに目を向けました。
「俺は、生涯の伴侶を見つけました。彼女と共に生きていきます。……群には、戻れません」
ザワリと、おおかみの群に動揺が走ります。
ダイアンサスもまた、表情を強ばらせました。少し後ろで、オーキッドも驚きを隠せないようでした。
ラグラスを含め、四匹のおおかみの間に緊張が走ります。もしもの時は、なんとしてでもプリムラだけは守り通さなければなりません。
「あ、あのっ」
そんなおおかみ達の間に漂った緊張感をどう受け取ったのか、プリムラが声をあげました。
プリムラはぴょこぴょこと、ちょっと前に進み、ダイアンサス、そして群のおおかみに向かいました。
「はじめまして、プリムラといいます!」
一生懸命さが滲み出る、大きな声です。
「ラグラスさまにはいつもお世話になってます、ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
元気な声でいっしょうけんめいあいさつをすると、礼儀正しく深々と頭を下げます。
その一生懸命さが何とも愛らしいです。
プリムラは、ラグラスに恥をかかせてはいけないと、本当に一生懸命でした。
やっぱり、いまいち、プリムラは状況を把握しきれていなかったようです。
ともあれ、あいさつを終えると、ちょっと安心したのか、プリムラはおじぎをした頭を上げると、ちょっと恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を浮かべました。
そのおおかみをほのぼのとさせる笑顔の愛らしいことと言ったら!!
「……ま、孫の嫁に……」
ちょっと後ろでラグラスらのやりとりを見ていた長老のおおかみが、思わずそう呟きそうになっています。しかし、なんとかそれは思い留まりました。思いとどまれたのはひとえに、そんな申し出なんかしなくても、実はちゃんと孫の嫁になっているからです。そう、長老はラグラスのおじいちゃんでした。そうでなかったら、長老はきっとプリムラにそう詰め寄っていたことでしょう。
一方ダイアンサスは、今まで免疫のないその愛らしさに固まってしまっています。
まったく、この愛らしさをどう表現すればいいのでしょう!
「……か、かぁ~わいい!!」
笑いながらオーキッドがダイアンサスの後ろから飛び出しました。そしてオーキッドの反応にきょとんとしているプリムラに駆け寄ると、きゅーっと抱き締めてぺろぺろとその顔を舐めます。
オーキッドの抱擁に、くすぐったそうにプリムラがキャッキャと笑い出しました。
「……なっ 俺のお嬢ちゃんに何をするんだ!! 離れろ、オーキッド!!」
ラグラスは一瞬言葉を失ったものの、あわてて怒鳴って引き離そうとしました。
「あんたこそ、ナニこんなかわいい子独り占めしてんの」
キューと小ウサギを抱き締めてからかうようにオーキッドが言います。
「あたりまえだ! 誰がお嬢ちゃんを他のヤツに渡すんだ!」
「あはははは」
いかにも楽しいといわんばかりの笑い声がオーキッドからこぼれました。話を聞かなくても、もうこれだけで説明は十分でした。
「あんたの好きにしなよ」
笑いながら、プリムラに頬をすり寄せオーキッドはラグラスに言いました。
「誰も反対なんてしないさ。そうでしょ、ダイアンサス」
うさぎのプリムラをここまで連れてきたラグラスの覚悟、ただ一人を選ぼうとしなかったラグラスが生涯の伴侶として選ぶほどの想い、そして何より一目で誰もがノックアウトされてしまうほどの愛らしいプリムラ!
誰が反対するというのでしょう。
ラグラスが群に目をやると、誰もオーキッドの言葉に不満な目をしたものはいませんでした。
こほん。
ダイアンサスが軽く咳払いをしました。
群のおおかみ達の視線がダイアンサスに向きます。
ダイアンサスはその視線をうけて軽く頷くと、ラグラスに向き合いました。
「その想いに変わりはないのだな」
「はい」
確認をするような口調に、ラグラスは力強く頷きます。
ダイアンサスの視線は厳しくラグラスを見つめます。
「……幸せになれ」
わっと群が歓声を上げました。
「だが、たまには群の方にも顔を出すのだぞ。群と離れていようとも、そなたは群の一員だ」
「ありがとうございます」
ラグラスは表しがたいほどの感激を胸に頭を下げました。
ラグラスが大切に思っている仲間と敵対せずにいられるのです。ずっと、プリムラと一緒にいられるのです。
ラグラスはプリムラに目を向けました。
プリムラはすっかり群のアイドル状態です。おおかみ達が話しかけるのに嬉しそうに答えています。
さすが俺のお嬢ちゃんだ。
ラグラスは幸せな気持ちでその様子を見守ります。
「よかったわね」
側にいたベロニカがささやくように耳打ちをします。
「ああ」
ラグラスはプリムラを見つめながら目を細めて頷きました。
「あーあ、ヤダねぇ、そんな締まりのない顔してさぁ?」
「……うらやましいならそう言え」
歩み寄ってくるオーキッドのからかうような口調に、しゃあしゃあとラグラスは答えます。
「だいたいさあ、自分だけ幸せになろうって言う根性が気に入らないんだけど?」
じゃれるように噛み付いたりしてくるオーキッドに応戦しながら、ラグラスは笑いながら「すまんな」と小さく返しました。ラグラスは、自分がプリムラと一緒にいることでオーキッドにどれだけ負担がかかるかわかっていました。それでもそれを微塵も見せず認めてくれるオーキッドに感謝しているのです。
「バーカ、ナニ殊勝なこと言ってんの」
笑って、よかったねと続けるオーキッドに、ラグラスは「ああ」と頷きました。
ラグラスは、とても幸せな気持ちでいっぱいでした。
満月の夜です。
オォ~ン
おおかみの遠吠えが夜の森に響きます。
ラグラスとプリムラを歓迎するおおかみ達の宴は夜通し続いたのでした。
おしまい。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました♪