表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/46

完璧なトップアイドルとして

 その頃。

 白須賀沙也加は、都内の大型スタジオで、何度目かも分からない通しを終えたところだった。


 肩で息をしながら、壁一面の鏡へ映る自分を見る。

 汗で前髪が少し張りつき、頬には薄く熱が残っている。それでも、姿勢は崩れていない。呼吸が荒くても立ち姿は綺麗なまま。ダンスのラインも、手先の角度も、十分すぎるくらい整っている。


 なのに、さっきから誰も「今のがいい」と言わなかった。


「……もう一回いこうか」


 演出チームの声が、少しだけ曖昧に落ちる。


 ダメだとは言われない。

 でも、決め手がない時の現場の空気というものは、言葉より先に肌で分かる。


 白須賀はタオルを首にかけたまま、小さく「はい」と返した。

 その返事すら、やけに綺麗に響いてしまうのが今は少し嫌だった。


 東京ドーム単独公演が決まってから、練習量は明らかに増えた。

 歌の基礎、ロングトーンの安定、ダンスの体幹、煽りの間、ステージ移動の歩幅、カメラに抜かれる角度。今までだってやってきたことを、もっと高い精度で、もっと大きい会場仕様に合わせて積み直している。


 努力はできる。

 体を動かすことも、同じ曲を何十回も繰り返すことも、白須賀は苦ではない。むしろそういう積み重ねで立ってきた人間だ。


 だからこそ、今ぶつかっている壁が余計に厄介だった。


「沙也加ちゃん、今の、すごく上手いんだけどね」


 少し休憩が入ったタイミングで、年上の女性スタッフがペットボトルの水を差し出してくる。


「ありがとうございます」


「うん。でも、なんていうか……綺麗すぎるかな」


 その一言に、白須賀は水を受け取る手をほんの少しだけ止めた。


 綺麗すぎる。


 褒め言葉のようでいて、今この場では違う。

 実際、さっきから自分でも分かっていた。振りも表情も、音の取り方も、全部きっちりしている。失敗しないように、崩れないように、きちんと正解へ寄せている。


 寄せているのに、何かが足りない。


「東京ドームってさ、もちろん完成度は大事なんだけど」


 別のスタッフも会話へ加わる。


「“上手い”だけで押し切れる場所じゃないんだよね。もっと、“この人じゃなきゃダメ”っていう瞬間が欲しい」


「……この人じゃなきゃダメ、ですか」


「うん。今の沙也加ちゃん、ちゃんとすごい。でも、なんか“優等生の正解”に寄りすぎてる感じがする」


 その表現は、驚くほど正確だった。


 優等生の正解。


 白須賀はそこでようやく、自分が何をしていたのか、少しだけ輪郭を掴んだ気がした。


 怖かったのだ。

 失敗が。

 足りないと思われることが。

 東京ドームなんて大きすぎる舞台で、「思ったより普通だった」と感じられることが。


 だから、間違えないようにした。

 完璧にやろうとした。

 いつも以上に精度を上げて、隙をなくして、誰にも文句を言わせない形を作ろうとした。


 でもそのせいで、白須賀沙也加自身の“熱”まで綺麗に整えすぎてしまっていた。


「……最悪」


 白須賀は小さく呟いた。


 努力の方向を間違えたわけではない。

 でも、努力がそのまま“らしさ”を削る形になっていたのだとしたら、それはかなり痛い。


 白須賀沙也加は、ただ正確なだけの人間ではない。

 笑った瞬間に空気を変えて、言葉一つで客席の温度を上げて、完璧なのにどこか人懐っこくて、だからたくさんの人に届いてきた。


 なのに今の自分は、その一番大事な部分を“ブレ”だと思って消しかけていた。


 ※ ※ ※


 その日の練習が終わったあとも、白須賀はすぐには帰らなかった。


 スタッフが少しずつ撤収を始める中、一人でモニター席の前に座る。

 通しで撮った映像が何本も並んでいて、リモコンを押せば、さっきまでの自分が何度でも再生された。


 一回目。

 二回目。

 三回目。


 どれも上手い。

 どれも崩れていない。

 なのに、途中から自分で見ていて飽きる。


「……これじゃない」


 声に出して言うと、そのつまらなさが余計にはっきりした。


 カメラに抜かれた自分は綺麗だ。

 強いし、隙もない。

 でも、見ているうちに予想できてしまう。次の笑顔も、次の目線も、次の煽りも、“上手くいく形”に収まりすぎている。


 こんなの、白須賀沙也加じゃない。


 本当はもっと、わくわくするはずなのだ。

 次に何をするか分かっているのに、それでも見ていたくなる。

 綺麗なのに親しみやすくて、強いのに少しだけ危うくて、その全部が混ざって“この人から目が離せない”になる。


 それができるから、自分はここまで来たはずだった。


「沙也加、まだいたの?」


 振り返ると、マネージャーがドアのところに立っていた。

 白須賀はモニターを止めずに、力なく笑う。


「ちょっと反省会です」


「どこがダメだった?」


「ダメっていうか……優等生でした」


「へえ」


 マネージャーは隣の席へ座り、少しだけ映像を見る。

 そして、二十秒もしないうちに白須賀と同じ結論へ辿り着いたらしい。


「あー。なるほど」


「ですよね」


「ちゃんと出来すぎてるね」


 白須賀は思わず頭を抱えたくなった。

 出来ているのに、出来ているだけじゃ足りない。アイドルという仕事の厄介さが、こういう時に一番濃く出る。


「どうしよう」


「どうもしないよ」


 マネージャーはあっさり言った。


「沙也加が“正しくやろう”としすぎてるなら、どこかで一回壊すしかない」


「壊すって、そんな簡単に」


「簡単じゃないから、今からやるんでしょ」


 そう言って立ち上がると、モニターの画面を切り替えた。


 映し出されたのは、数年前のライブ映像だった。

 まだ会場も今より小さくて、衣装も少し幼い。けれど、そこにいる白須賀は今よりずっと荒くて、今よりずっと自由だった。


 笑うタイミングも、煽りも、全部が少しだけ予定調和からはみ出している。

 でも、そのはみ出し方がちゃんと熱になっていて、客席を引っ張っている。


「……若い」


「そこ?」


「いや、ほんとに若いなって」


 思わず笑う。

 笑った瞬間、自分の肩から少しだけ力が抜けたのが分かった。


 マネージャーはそのまま映像を進める。


「今の沙也加がこれをそのままやる必要はない。でも、“失敗しない白須賀沙也加”だけでドームをやるのはもったいないと思うよ」


 その言葉が胸に残った。


 失敗しないこと。

 それは確かに武器だ。

 でも、それだけで東京ドームを満たせるほど、単独公演は甘くないのだろう。


 ※ ※ ※


 翌日から、白須賀は練習の仕方を少しだけ変えた。


 最初の一時間は、あえてステージ通しをしない。

 代わりに、その曲で自分が一番楽しかった瞬間をノートへ書き出す。何が嬉しかったのか、どこで客席が一番動いたのか、自分が思わず笑ってしまったのはどこだったのか。


 歌詞の意味を読み直す。

 ただ綺麗に歌うのではなく、その曲で誰に何を投げたいのかを、改めて言葉にする。


 そして、ダンスの稽古でも一曲に一回だけ、“正解を外してもいい”テイクを作ることにした。

 きっちりしすぎない。

 少しだけ遊ぶ。

 少しだけ感情を先に出す。

 怖いけれど、そのズレの中にしか、自分の熱は戻ってこない気がした。


 もちろん、すぐに上手くはいかなかった。


「今のは遊びすぎ」

「そこはちゃんと締めよう」

「でもさっきより面白い」


 そんな会話が何度も繰り返される。

 正確さを保ったまま、自分らしさを戻す。口で言うのは簡単だが、実際にはかなり繊細な作業だった。


 夜、喉のケアをしながら鏡を見る。

 疲れている。足も重い。食事の時間も前より不規則だ。学校へ行っていた頃のほうが、ある意味では楽だったのかもしれない。


 でも、今の自分のほうが、少しだけ前へ進んでいる実感もあった。


「……絶対、届かせる」


 誰もいないホテルの部屋で、白須賀は小さく言う。


 トップアイドルだから。

 国民的って呼ばれたいから。

 もちろんそれもある。


 でも、それだけじゃ足りない。


 あの東京ドームの真ん中に立つ時、自分が自分のライブに一番わくわくしていなければ、多分何も始まらない。

 怖いままでもいい。足りないと知っていてもいい。

 それでも、自分で自分の光を信じて押し出せるところまで行かなければ、あの広さには勝てない。


 ベッドサイドのテーブルには、使い込まれた歌詞ファイルと、書き込みだらけの構成ノート。

 その横に、何気なく置いたスマホの画面が一瞬だけ光る。


 学校のグループ連絡だった。

 課題共有の通知。どうでもいいような、でも確かに日常だったもの。


 白須賀はそれを少しだけ眺めて、それから静かに画面を伏せる。


 今は戻れない。

 でも、その代わりに失いたくないものもある。


 教室。

 屋上。

 いつもの席。

 そして、あのどこか鈍くて、でも妙に欲しい言葉だけは外さない男の子。


「見ててね、沢渡くん」


 小さくそう呟いて、白須賀はもう一度ノートを開いた。


 東京ドームまで、まだ時間はある。

 短いようで、長い。

 長いようで、多分すぐ終わる。


 だから今日も、白須賀沙也加は眠る直前までペンを走らせる。

 努力で届くところまでは努力で行く。

 それが自分のやり方だと、もうとっくに知っているから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ