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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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最終回

 待ち合わせ場所に立つ沙也加は、いつもより普通の女の子に見えた。


 深く被った帽子に伊達眼鏡。落ち着いた色のコートと、膝丈のスカート。国民的トップアイドルだと知らなければ、少し目を引く美少女というだけで通り過ぎられるかもしれない。


 もっとも、本人は僕を見つけた瞬間に両手を大きく振ったので、隠れる気があるのかは怪しかった。


「裕二、こっち」


「目立つから手を振るな」


「彼氏を見つけた彼女として普通の反応だよ」


「普通の彼女は変装中に大声を出さない」


 僕が隣まで行くと、沙也加は当然のように手を差し出した。


 握れ、ということらしい。


「人が多いぞ」


「だから。離れたら困るでしょ」


「子どもじゃないんだから迷子にはならない」


「私がなるかも」


「全国を一人で回ってきた人が?」


「仕事とデートは別です」


 理屈になっていない。


 けれど、僕が手を握るまで動かないつもりらしい。通行人の邪魔になる前に、その指を取る。


 沙也加は、それだけで嬉しそうに笑った。


「今日は離さないから」


「一日中か?」


「うん。全国ツアーで離れてた分、まとめて繋ぐ」


「時間で埋め合わせるものなのか」


「私の中ではそう」


 相変わらずだった。


 全国ツアーを走り抜け、何万人もの観客を熱狂させても、僕の前では理屈より感情を優先する。


 でも、以前の僕なら、その重さに困っていた。


 今は違う。


 困ることはあっても、離したいとは思わなくなっていた。


※ ※ ※


 最初に入ったのは、小さな水族館だった。


 沙也加が選んだ。


 大きなテーマパークや高級店ではなく、家族連れや学生が多い、どこにでもありそうな場所だった。


「こういうところでいいのか?」


「こういうところがいいの」


 薄暗い館内を歩きながら、沙也加は水槽を覗き込んだ。


「仕事で有名なところにはたくさん行ったけど、普通にデートしたことは少ないから」


「確かにな」


「裕二はもっと気を遣って。人気アイドルに普通の青春を経験させる大事な役目なんだから」


「さっきは普通の彼女だと言ってなかったか?」


「都合によって変わります」


 開き直られた。


 巨大な水槽の前へ来ると、沙也加は泳いでいる魚ではなく、ガラスに映る僕たちの姿を見ていた。


「何を見てるんだ?」


「並んでるなって」


「並んでるだろ」


「うん」


 沙也加は握っている手へ少しだけ力を込める。


「ツアー中、何度も考えたの。私ばっかり遠くへ進んで、裕二を置いていってるんじゃないかって」


「そんなことない」


「でも、怖かった」


 水槽からこぼれる青い光が、沙也加の横顔を照らしている。


「帰ったら、裕二が私のいない生活に慣れてたらどうしようって。美鈴ちゃんや副会長さんといる方が楽になってたらどうしようって」


「毎晩電話してきただろ」


「声だけじゃ足りない日もあるよ」


 沙也加は、静かに言った。


 以前なら、嫉妬をそのまま僕へぶつけていただろう。


 今は、自分が何を怖がっていたのかを言葉にできる。


「僕も寂しかった」


「本当?」


「ああ。隣の席が空いてるだけで、教室が広く感じた」


 沙也加が足を止める。


 僕を見る目が、大きく揺れた。


「もっと早く言って」


「電話でも言っただろ」


「足りない。今の方が嬉しい」


「欲張りだな」


「知ってる」


 沙也加は笑った。


 その笑顔は、水槽の光よりも近く、柔らかかった。


※ ※ ※


 昼食を食べ、書店へ寄り、沙也加が欲しがった小さなキーホルダーを買った。


 ゲームセンターでは、彼女が何度挑戦しても取れなかったぬいぐるみを、僕が偶然一回で取ってしまった。


 沙也加は喜ぶより先に、不満そうな顔をした。


「裕二、こういうところでも格好つける」


「偶然だ」


「私が五回失敗したあとに一回で取るの、彼氏として配慮が足りない」


「取れなかった方がよかったのか?」


「それは嫌」


 面倒だ。


 けれど、ぬいぐるみを抱える彼女は、明らかに嬉しそうだった。


「これ、ツアーの時も持っていく」


「次もあるのか?」


「当たり前でしょ」


 沙也加は立ち止まり、ぬいぐるみを胸元へ抱えた。


「今回で終わりじゃない。次はもっと大きなツアーをしたい。いつか海外でも歌いたい」


 その目には、もう迷いがなかった。


 白須賀沙也加は、これからも遠くへ進んでいく。


 全国ツアーは終わった。


 でも、彼女の夢は始まったばかりだ。


「裕二は嫌?」


「何が?」


「私がもっと遠くに行くこと」


 僕は少し考えた。


 寂しくないと言えば嘘になる。


 心配もする。


 今回のツアーだけでも、会えない時間の苦しさを知った。


 それでも。


「行ってほしい」


 僕は答えた。


「沙也加が行きたい場所まで、全部行ってほしい」


「……置いていかない?」


「僕が勝手に置いていかれた気になることはあるかもしれない」


「あるんだ」


「でも、その時はちゃんと言う」


 以前の僕なら、距離を置いていただろう。


 彼女の眩しさを理由に、自分には釣り合わないと思い込んで、逃げていたかもしれない。


「寂しいなら寂しいって言う。会いたいなら会いたいって言う。だから沙也加も、勝手に不安になって一人で沈むな」


 沙也加は、じっと僕を見つめた。


「命令?」


「約束」


「……うん」


 彼女はぬいぐるみを抱えたまま、小さく頷いた。


「約束する」


※ ※ ※


 夕方。


 僕たちは、学校近くの公園まで戻ってきた。


 休日の校舎は、門の向こうで静まり返っている。


 沙也加は門の前に立ち、校舎を見上げていた。


「私、ちゃんと裕二の隣に入れる理由になってるかな」


「僕の隣にいる理由なら、もうあるだろ」


 夕暮れの光が、彼女の頬を赤く染める。


「沙也加は、僕の彼女だ」


「うん」


「僕が好きで、僕も好きな人だ」


「……うん」


 沙也加の声が、小さく震えた。


「だから、これからは堂々と、僕の隣にいてくれ」


 彼女の目に涙が浮かんだ。


 全国ツアーの最終公演で見たものとは違う。


 大きな夢を叶えた涙でも、何万人もの声に応えた涙でもない。


 一人の女の子が、ずっと欲しかった言葉をようやく受け取った涙だった。


「裕二」


「うん」


「それ、ずっと待ってた」


「付き合った時にも似たようなことを言っただろ」


「違うの」


 沙也加は首を横に振った。


「今の裕二は、逃げない顔で言ってる」


 胸を突かれた。


 沙也加は、最初から僕のことをよく見ていた。


 僕が自分の気持ちを認めながら、それでもどこかで逃げ道を残していたことも。


「もう逃げないよ」


「本当に?」


「ああ」


「私が重くても?」


「重いのは知ってる」


「面倒でも?」


「それも知ってる」


「嫉妬して、裕二ノートを増やしても?」


「ノートは相談しろ」


「そこはやっぱりだめなんだ」


「制限は必要だ」


 沙也加は泣きながら笑った。


 そして、僕の手を両手で包み込む。


「私も約束する」


「何を?」


「裕二が苦しくなるほど縛らない。怖くなったら、勝手に沈む前に話す。ちゃんと裕二の言葉を信じる」


 大きな進歩だった。


 たぶん、全部守れるわけではない。


 沙也加はまた嫉妬するだろう。


 不安にもなる。


 僕も彼女の重さに困り、時には言葉を間違える。


 それでも、以前とは違う。


 間違えても、話せる。


 離れそうになっても、戻れる。


「でも、一つだけ」


 沙也加が真剣な顔になる。


「最後に帰る場所は、私にして」


「沙也加が僕のところへ帰るんじゃなかったのか?」


「両方」


「欲張りだな」


「一方通行は嫌だから」


 僕は少しだけ考えて、頷いた。


「分かった」


「本当?」


「ああ。僕も帰るよ」


「どこに?」


 分かっているはずなのに、沙也加は言わせようとする。


 いつもの彼女だった。


「沙也加のところに」


 その瞬間。


 沙也加は、この日で一番嬉しそうに笑った。


※ ※ ※


 翌朝。


 教室へ入ると、沙也加はすでに僕の隣の席にいた。


「おはよう、裕二」


「おはよう」


 天雨が後ろから静かに僕たちを見る。


 柊先輩が廊下を通りかかり、桜井会長がその横で何かを楽しそうに話している。


 結城からは朝早くにメッセージが届いていた。


 玲音からは、次の仕事で沙也加を借りるという冗談めいた連絡が来ている。


 静や明日香からも連絡が色々と来ている


 僕たちを取り巻く関係は、きっとこれからも簡単には終わらない。


 誰かの気持ちが、都合よく消えるわけではない。


 沙也加の仕事も、夢も、もっと大きくなっていく。


 僕たちの前には、まだ数え切れないほどの面倒が待っている。


「裕二」


 沙也加が僕の袖を引く。


「今日、一緒に帰れる?」


「ああ」


「寄り道も?」


「仕事は?」


「夕方から」


「なら、それまでな」


「よろしい」


 いつものやり取りだった。


 でも、もう昔とは違う。


 僕も、彼女から逃げようとしていない。


「沙也加」


「なに?」


「今日も行ってこい」


 これから仕事へ向かう彼女へ、いつもの言葉を渡す。


 沙也加は笑った。


「うん。行ってきます」


「終わったら?」


「裕二のところに帰る」


「僕も待ってる」


「それだけ?」


 欲張りな目で、僕を見る。


 僕は小さく息を吐いた。


「好きだよ、沙也加」


 彼女の顔が一瞬で赤くなった。


 あれだけ何万人もの前で堂々と歌えるのに、こういう言葉には弱い。


「……朝からずるい」


「言わせたのは沙也加だろ」


「でも嬉しい」


 沙也加は机の下で、僕の手を握った。


 今は、誰よりも重く、面倒で、そして僕が心から好きな恋人だ。


 これから先も、彼女は何度も遠くへ行く。


 僕は何度も寂しくなる。


 それでも、もう大丈夫だ。


 僕たちは知っている。


 どれだけ遠くへ進んでも。


 最後には、同じ場所へ帰ってこられることを。


 学園のトップアイドルは、今日も僕の隣で笑っている。


 トップアイドルとしてではなく。


 僕の恋人として。


 ――完。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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