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妄想



 久しぶりに訪れたラフトゥ国は、懐かしい匂いがした。



 常に柔らかく吹く風に、活気のある人々の賑わい。


 ここを去ってから、ルカは敢えてこの国の情報を耳に入れない様にしていた。

 他の仕事に忙殺されてしまえば、彼女の事を忘れる事も出来たし、ラフトゥ国とは一応和平が結ばれているので、よほどの事がない限り再び侵略してくる事はない。むしろ、あそこからの恩恵を受けているのはダーファンの方かもしれないとさえ感じる程、故郷は発展していた。



 ルカは開けていた馬車の窓を閉じる。



 少しでも気が緩んでしまうと、鮮明にあの頃の気持ちが蘇ってきてしまう。


 招待状を出した彼女に他意はない。


 かつての親友である自分に結婚式の招待状を出すのは、間違いではない。

 しかも、彼女には理由も告げず、去ってしまったのだから、もしかしたら、この手紙を出すのも迷ったかもしれない。

 自分がダーファン国の王家の人間であるという事は隠してはいなかったから、そこへ手紙を出せば読んでくれるだろうか、と、時々は思い出してくれていたのなら嬉しい。



 それでも、もう君は他の男のものだ。



 礼服に身を包み馬車に揺れる自らの、なんと滑稽な事か。



 ここへ来る度、何度も自問自答した。

 彼女と対面し、しっかり笑顔で祝ってあげられるだろうか。

 それが出来ないのであれば、欠席するしかない。

 けれど遠くからでもいいから、一目逢いたい。

 同伴者と共に祝いの言葉でも述べれば、気持ちの消化を出来るだろうか。

 誰でもいいから隣に立つ同伴者を伴えば、少しは僕のことを異性として見てもらえるだろうか。

 否。

 もう遅い。

 だって彼女はもう彼のもの。

 そんな事を望んでいるわけではない。


 全ては彼女が幸せになってくれたらそれでいい。


 中途半端な想いだけ投げ飛ばして君の元を去ってしまったから。


 一目。

 一目でいいから凛と咲く君の姿を。


 ルカは考える事をやめた。

 

 どう足掻こうと、もう来てしまったのだから。


 揺れに身を任せながら、ルカは瞼を閉じた。




 ***




 大国ラフトゥの次期国王ルチアの結婚式は想像以上に豪華絢爛だった。

 

 灼熱の国というのは気候ばかりでなく、その国王の性格も熱しやすいらしく、敵には決して回したくないと言われているアッシャムス国。

 精霊に守られている土地故に、侵略する国は少ないというアーダ国。

 芸術の国ウンデキンベルからは数多くの芸術家が輩出され、パーロル国の保有する海からは珍しい宝石が採れるという。


 などなど。

 本当に些細な土地しか保有しないダーファンなどがお呼ばれしてもいいものだろうか、と、肩身が狭くなってしまう位の招待客の面々。

 ルカがそんな風に感じる所以はないがどことなく居心地が落ち着かないのは、今日の主役が一途に片想いをし続けてきた女性だからかもしれない。


「「わぁっっ」」


 ルカが端の方で静かにしていよう、と、案内された席で正面に背を向けた途端。


 盛大な音楽と、人々の歓声と共に、華やかなドレスを身に纏った花嫁が姿を現した。

 深い紫色のドレスに施される華やかな金色の刺繍がとても映えている。

 スカート部分には紫のグラデーションを作る為、幾重にも薄手の布が重ねられ、そのドレスの形は美しさの中に愛らしさを垣間見せる。

 白いベールに顔は覆われてその表情までは分からないが、彼女がずっと思い続けていたルチアとの結婚式。

 緊張はすれど、嬉しくない筈はない。

 

 ルカは遠い向こう側を俯きがちに歩いて行く花嫁に視線を向ける。


 ゆっくり。

 ゆっくりと足を前へ。

 祭壇で待つルチアの方へ近付いていくと、既に待ち続けている彼の表情は引き締められてはいるものの、どこか柔らかい。

 

 彼女の長年の想いが実った結果。

 だとしたらあの日、ルカが彼女にかけた魔法は少しは役に立ったかな。


 締め付けてくる胸の痛みが、喉の息苦しさが、まだ彼女への想いが捨てきれていない事を実感させてくる。

 隣り合って立つ二人の背中を目の当たりにしてしまうと、余計に。過去、性別を偽り彼女の友人となる事を望み、素直になれなかった自分に後悔が残る。



 紫色も似合うけど。

 ヒラヒラと舞う蝶の様なドレスを眺めながら、ルカは、ふ、と、違和感を覚える。

 あのドレスは二人で相談して決めたのかな。


 もし、僕が彼女のドレスを選ぶなら、あんな風に派手な装飾はいらない。

 だって彼女は飾らなくても人目を惹きつける程、綺麗だから。

 鮮やかで透明感のある青色を全身に纏ってもらいたいけれど、それだと彼女の良さが引き立たないかもしれない。

 それなら深紅のドレスは、気高い彼女にピッタリ。

 未来の王妃になるのなら、何故それを、選ばなかったのかは不思議であるが、彼女は敢えて周りにそう見せているだけであって、本当はとても繊細で優しい女性。

 美しい中に、守ってあげたい愛らしさがあり、側でその姿をずっと見ていたいと思っていた。

 

 ルカは神父が主祭壇に立ち、誓いの言葉を述べている最中でありながらも「もし、あそこに立つのが自分だったなら」と、妄想を働かせる。


 想像は自由だ。

 片想いする期間が長くて、それが日常と化してしまっている事にルカ自身気付いていない。


 もし彼女のドレスを一緒に選んでいい権利があるなら、色は白がいい。


 叶うなら共に同じ時間を過ごしていく中で、同じ色に染まっていきたいと願う。



 ルカの意識の向こう側で神父の言葉が止み、厳かに式は進んでいく。

 向き合った二人の間に独特の空気が流れ、そうしてルチアが隠されていた彼女のベールに手をかけた瞬間。


「……え」

 

 ルカの目に映るその姿はスローモーションで再生される。


 ゆっくり、まるでもったいぶるように明かされた新婦の俯いた顔は、ルカがよく知るものであったが、それは、彼女のものではない。


「メリッサは?」


 ルカの頭が混乱している中、二人は互いに指輪の交換を。

 会場内の視線は主役の二人に集中し、そして共に祝福をおくる。



 ただ一人を除いて。



 

 メリッサはどこ?

 式場を見渡しても、招待客が多すぎてしまい、求めている人影は見つからない。

 メリッサは?


 ルチアの隣に立つのがエトーレであるなら、元々婚約者であった筈のメリッサはどこにいるのだ。


 招待状の差出人がラフトゥ王室のものだということだけで、先入観から内容をよく頭に入れていなかった。

 封書を見た途端、ずっと覚悟していた事だが「とうとう失恋してしまった」という事実を突きつけられたショックで、途中から内容が頭に入ってこなかった。

 今更になって、ただ知りたくないという理由だけでラフトゥの国政に目を背けていた過去の自分の頬を叩きたくなる。


 

 今日の主役はルチアとエトーレだ。



 ルカは今にも周りに立つ彼らに一体何が起こったのかと問いただしたくなる衝動を必死に抑え、早くこの式が終わる事をひたすらに待ち続けた。




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