和解
先程の厳かな空気が充満していた会場から一転。
開放的な空間に触発された招待客たちは、明るく朗らかに祝宴を楽しんでいる。
陽が照りながらも過ごしやすい空気なのは、披露宴会場が外に移されたにも関わらず、まるでその広い庭園を一室と見立てたかの様に植えられた木々たちが程よく日光を遮ってくれているからだろう。
遠目に見える花嫁のお色直しのドレスは、式典よりも華やかで、可愛らしいエトーレには大変お似合いだ。
いくら話したい事があるとはいえ、他の国々の国賓を押し退けてまで、ルカは彼らから事情を聞こうとは思っていない。
勿論、気持ちは逸るが、ルチアへの挨拶を待つ間、会場にいるかもしれないメリッサの姿を探す事で、時間を有効に使える。
彼女は、王太子妃となるべく教育を受け続けていた。
だというのに、何故その王太子の隣に並んでいるのがその人ではないのだ。
確かにエトーレも婚約者候補に挙がっていた事は知っているし、加えて、学園に居た頃、彼らが互いに気持ちを添わせているであろう暗黙の了解事は、学友であれば誰もが勘付いていたことではある。が、だからといってメリッサを二人の仲を引き裂く悪役などというポジションとして見ることが決してなかったのは、彼女の人柄所以だろう。
よほどの理由がない限り、婚約破棄などには至らない筈だ。
だからこそ、一体何がメリッサに起きたのか気になってしまう。
グラス片手に近付くタイミングを伺うルカは、自身も招待客たちから次々に話掛けられてしまっている。それは持ち前の愛想の良さで切り抜けつつ、ルチアと早く話さなければ、と、意識だけはそちらの方に向いてしまうのは、決して表には出さないので許してもらいたい。
気が忙いているからか、周りから盛大に祝われ、とても幸せそうな主役二人までの距離が遠く、もどかしく思っていた。
***
「ルチア・レチエ・ジルエット殿下」
ルカが彼らに声を掛ける順序が回ってきた時には、彼自身も同じ空間に居る客人たちと、半ば交流を済ませてしまった時間であった。
ルカが一人になった瞬間を見計らい、彼とお近づきになりたい同じ年頃の令嬢やら、同じく婚姻関係を結びたいと望む人間たちが、集ってきてしまったから、一人になりたくても周りがそうさせてくれなかった。
もし、この結婚式がルチアとメリッサのものであったのなら、彼は適当に相手を見繕い、関係を結んでしまっていたかもしれない。
だが、そうではないと知ってしまった今、そこに興味を示している場合ではない。
ダーファン国は、かつて他国から侵略するに足らない小さな国と言われていた。それは良くも悪くも魅力のない、眼中にない王国であるという事の表れであったが、民衆たちはそれを気に留めてなどいなかったので、ラフトゥから攻撃を受けるまでは平和に暮らしていた。
それが今となっては大国と強固な友好関係を築いている数少ない国として注目を集めてしまっている。
その中でルカは、武力により制圧された国でありながらも相手国と対等な関係を築いた功労者として位置付けられているらしい。
人質としてラフトゥ国に閉じ込められていただけなのに、一体何がどういう訳でそういう事になってしまっているか分からないが、この場で何度同じ事を尋ねられたかしれない。
常に国内で仕事をしていたし、外交は第二王子の役割だったので、ルカはそういう情報には疎かった。というより、耳に入れないようにしていたのは、メリッサとルチアが結ばれたという情報が何処かから入り、受け入れたくなかったから。
彼女の前から姿を消し、初めの頃はメリッサ個人から手紙が届き、その内容に一喜一憂してたりもしたが、ある時からパタリ、とそれが届かなくなってしまった。
だからそれはらそういう事なのだろう。と、彼女からの便りを待つ事をやめた。
だというのに、ラフトゥ王室から一通の招待状がダーファン国宛でなく、名指しで届いたものだから、つい、開けてしまった。
そうして先入観から、メリッサの結婚式だと思い込んでしまったのだ。
「本日はエトーレ様とのご婚姻おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
「かねてよりお二人の仲の良さを拝見しておりました。このような華燭のご盛典を祝し、お二人の長い道のりが幸多からんことお祈り申し上げます」
教会では、青や碧、赤などといった色とりどりのステンドグラスから漏れ出る、色を与えられた太陽の光が二人に祝福を与えていたが、それを遠くから参加していたルカは、口ではそう言ってはみるものの、それどころではない、というのが本心。
約2年ぶりの再会。
内面はずっと男ではあったが、男として対面するのは初めてである。
挨拶を終え、垂れていた頭を上げると、あの頃は少し見上げていたルチアの顔が、成長した今、若干自分より低い事を知る。
メリッサの隣にいた頃は、成長を遅らせる魔法を自身に課していたので、声変わりもせず、身体の伸びもあまりないまま、誤魔化し続けてきた。
だが、それが必要なくなった瞬間、発育を押さえ込んでいた反動からか、止まっていた時を回復しようと、関節のみならず身体全体が悲鳴をあげた。
1日2日では足りず、何週間もの間。発熱も治らず、ベッドの上でしか生活できない時期があった。
朦朧とした意識から回復し、目覚めた時には聞き馴染んでいた声は全く出せず、意思疎通が難しい日々を過ごした。気付けば、今の声へと変わり、ベッドから立ち上がった際には視界も大分高くなってしまった。
初めは自分の身体の丈が分からず、至る所に痣を作ったりしていた事は、今となっては恥ずかしい思い出である。
誰が見ても彼がかつては女の姿をしていたとは思えぬ程、2年前とは見た目が変わったと思うが、さて、同じ時間をあのジャルダン学園で共に過ごしてきたルチアは分かるのだろうか。
ルカは心の中で冷笑を浮かべながら目の前の恋敵を見据える。
「久しぶりだな」
「……」
掛けられた言葉にどんな意味が含まれているのか。
ルカは口元に笑みを浮かべながら話す相手の出方を伺う。
「その様子だと、相変わらず。なのか」
彼は一体何を感じ、その言葉を選んだのか。
「元気にしていたか?」
対面するその姿は学生時代と変わらない様にも見える。
だが向き合うルチアの面構えは、次期ラフトゥ国国王としてこの領土を統治しなければならないという強い意志が全面に現れ、頼もしささえ感じる。
「見た目は随分と逞しくなっているな」
「え?」
ふっと表情を壊して微笑む王太子の言葉にルカはつい素で聞き返してしまう。
「ルカであろう?ルカ・ヴェルス・ルミナス・エーヴィヒ」
「……。はい」
一語一句間違いなく、正確に言い当てられたルカは、嘘をつく理由ももはやないので、素直に頷く。
令嬢を装っていない、成長したルカを見て、ダーファンからは祝いの席に代理の人間が来た、という考えには至らなかっただろうか。
ルカ自身が鏡をみても、本人なのだから面影は勿論あるが、あの頃の自分と今の姿はかなり変わっている。
「あの頃はなかなか気に留めてやれず……。同じ場所で生活していたのに。私も……どう接したらいいのか分からなかったのだ。国王が戦で手に入れたと嬉々として連れ帰ってきたあの時の……小さな貴殿の……私を睨みつけるその目が忘れられなくてな」
「……」
突然の吐露に、ルカは目を丸くせざるを得なかった。
大勢の国賓がいる、しかも祝宴の場でそう言いながら王太子が一瞬息を飲み「すまなかった」と小さく漏らしてしまったのだから尚更。
大国の王子が、この様に謝罪の言葉を軽々しく口にしていい筈がない。ルカは瞬時に周りを見回し、今の言葉を誰も聞いていない事を確認し、力を抜いた。
「だから、今日、こうして足を運んでくれて素直に嬉しく思う」
言いながら本当に嬉しそうに笑うものだから、ルカは彼に対して噛みつこうと決心していた言葉を忘れてしまった。
「今、素直にこうして接する事ができるのは、時が経ったからだろうか」
そう、淡々と言葉を紡いでいくルチアは、自身が思った事を素直に口にしている様子。
「今まで貴殿がメリッサの側にずっとついていてくれた事、感謝する」
懐かしみながら話すルチアは、本当は砕けて話したいのに自身の立場から公的な場ではそれはできないと、もどかしそうだ。
「そばに……て。僕……私が側に居たのは貴方が婚約者のメリッサじゃなくてエトーレ様と一緒にいたからで……」
突然降ってきた彼女の名前にルカの心臓が途端に爆ぜる。
「うん。でも、君は彼女の隣にいてくれた」
ルチアもルカも久々に顔を突き合わせ、面と向かってこうして話す機会なんてないと思っていた。
前触れなく、砕けた口調で、まるで以前からの親友であるみたいに話掛けられてしまい、ルカは再び言葉に詰まる。
年は近かった二人だが、互いの立場から中々一歩を踏み出せずにいた。
お互いの存在を近くに感じながらも、ルカはルチアを恋敵と思い、自ら進んで彼と距離を詰めようとはしなかった。
思えば幼い頃、ルチアはよく声を掛けてくれていたように思う。
それを同情から、とか、情けをかけられているから、と思い込み、彼から逃げ回っていたのはルカの方で。
勝手に卑屈になっり、敵対心を抱いていた。
戦に負け、人質として連れて来られたにも関わらず、城内の人間が、ルカをその様に扱う事は多くはなかったというのに。
言葉に耳を傾けながらルチアを真っ直ぐ見つめ、思い込むと周りが目に入らなくなる自分の性格を恨む。
「今、私の目の前に立つ君が、本当の君だと思ってもいいだろうか?」
「……はい」
まだ学園の生徒だった頃の様に、人懐こく笑うルチアは未だ健在だ。
偽りの姿でなく、ルカの本当の姿で祝いに駆けつけてくれた事が嬉しかったルチアは、まだ彼と話したい様子。
だが、今はあの頃と同じ学生ではなく、立場は王太子と小国の第三王子である。
公の場では自らの立場を理解して振る舞わなければならない事は、彼も重々承知しているだろう。
「ルカ嬢……ではないな。ルカ殿とは一度ゆっくり時間をとって話がしてみたい」
「はい」
人質の立場でラフトゥに来ていなければ。
メリッサに恋をしていなければ。
令嬢の格好をしていなければ。
もしかしたら、親友になれていたかもしれない。
ルチアはルカが実は男だという事を知りながら、彼の秘密をずっと隠し続けてくれていた。
ルカは素直に頷き、差し出された手を取った。




