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贈り物



「いっぱい食べたね」

「ええ。美味しかったわ」




 ルカが気になっていたというお店は、入店してみると、いかにも女性が好みそうなレストランだった。

 

 外装を含め、店内はシンプルなのに、料理がとても華やかで、何よりデザートが人気なのだという。

 女の子同士で楽しくおしゃべりに夢中になっている席が幾つもある中で、メリッサたちは少し人目を引いていた。

 いくらルカの中身が普段女子だからといって、今は男の姿をしている。

 それが、周りの興味をそそってしまっていた。

 居心地悪くないかしら。などと思ってみたが、友人は気にも止めず、メリッサとの時間を楽しんでくれているらしい。




「メリッサ、僕の分まで食べちゃうんだもん」

「だって、朝ごはん食べられなかったし」

「食べられなかった?」

「ええ。洋服どうしようかなって楽しみ過ぎていたら、支度に間に合わなくなっちゃって」

「……そうなの?」

 ルカは嬉しそうに顔を綻ばせる。

「僕とのデート、そんなに楽しみにしてくれてたってこと?」

「デー……。ええ。楽しみだったし、今、とても楽しいわ」

「そっか」

 などと、甘い空気が周りを蕩けさせてしまう程。


「でも、次から次へと口に運んできたのはルカじゃない」

 彼女が頬を膨らまして不機嫌を表す。

 それを受けた彼は、と言うと、何かに気付き椅子から立ち上がると、メリッサの方へ手を伸ばした。そして彼女の口角を指で拭う仕草をすると、恥ずかしげもなくそれを舐めとってみせる、という荒技を繰り出して見せた。

「それでも食べたのはメリッサだろ?」

「ッッ」

 言葉にならない音を発する彼女を前に、彼はそう妖しげに笑ってみせる。


 なんていうシュチュエーションがたまたま、偶然、居合わせた空間で行われていたとしたら、目を奪われても仕方がない。


 ただでさえ、今のルカはとても格好良い。

 人目を惹かない筈もなく、メリッサも友人の男装姿に慣れない為に、なかなか視線を合わせられずにいた。

 最初の内こそ言葉遣いがぎこちなく、いろいろ混じってしまっていたルカであったが、食事を摂っている時間にようやく男性の言葉遣いになれたらしい。

 そんな側から見れば美男美女カップルの甘い時間。

 周りは密かに感嘆の息を洩らしていた。

 今こそ格好は本来の性と合致する男性であるが、常に女装しているのである。

 メリッサと共にいるのであれば、距離感はつい女子たちのそれと同じになってしまう。


 ルカはテーブルの上に並べられたデザートに目を輝かせるメリッサを嬉しそうに眺める。そして、

「一口食べる?」

 と、自分の前に置かれたお皿のケーキをフォークですくい、手ずからケーキを食べさせたりしながら、二人きりの時間を楽しんでいた。


 


「次は何処に行こうか?」

「そうね」

 ランチだけでなく、デザートまで目一杯楽しんだ二人は、二時間の間にようやくぎこちなさが溶け、メリッサもルカの差し出す手に自然とエスコートを受ける事が出来た。

 お腹が満たされた二人は、シンプルに味付けされたお肉の焼けるいい匂いにも、果物を煮詰めた甘い香りにも、誘惑されず、久しぶりの街を楽しめている。

 滅多に街に来ることはないと言っていたルカだったが、さっきのレストランもわざわざ見つけてきてくれたのだろうか。

 狭い路地を一本入り、人通りの少ない道沿いに。

 お店の看板もなく、ただ一つ。営業中を示す『OPEN』のプレート。


 味も雰囲気も店構えも何もかも。

 もう一度味わってみたいと思える場所だった。


 混んでいる訳でも、かといってお昼時に全く人がいない訳でもなかった。

 落ち着いた雰囲気の、誰かに教えてあげたいような、自分だけの秘密にしておきたいと思ってしまうような空間。

 ルカはそんな素敵な場所を与えてくれた。

 

 メリッサは真横に立つ友人を見上げる。

 ルカは無条件で、メリッサがその時欲しい言葉や物や温もりを与えてくれる。


 なのに、どうしてあんな自分勝手な我儘を言ってしまったのか。

 彼女の心の内を聞こうともしないで。


「あ……」


 メリッサは継ぐ言葉を見つけられぬまま、ルカに言葉を掛けてしまう。

「何?」

 ルカから見下ろされるのは慣れているのに、一体今日だけで何回、心臓を掴まれてしまっただろう。

「え……と」


 自分の中でやっと決意できたのに「やっぱり傷の事はなかった事にして」と取り消してしまうのも違う気がする。

 悩んで悩んで悩んで。

 ずっと脳裏から離れないで、何かの拍子にメリッサの奥底からツンツンと顔を出す。

 ルチアが側にいたいと願うのは自分ではない。

 

 全てはこの傷があるから。


 もう痛みなんてないのに、考えただけでその部分がヒリヒリする。


「……」


 だから、消してもらおうとしたんじゃない。



 ルカは黙り込んでしまったメリッサを静かに見つめる。

 彼女の考えている事が手にとるように分かってしまう気がするのは、それだけ一緒にいる時間が長いからかもしれない。

 なら、今日は別れるまで思いっきり楽しまないと。


 

「お似合いカップルさん」



 互いに黙り込んでしまっている二人の間に、元気な声が割り込んできた。


「うちのお店見てって。きっとお気に召す物もあるよ」

「……」

「……」

 そんな客引きの笑顔に、二人は顔を見合わせて意思疎通すると、愛想の良い店員に付いて行く。

「ここは全て同じ物はなくてね」

 案内された店内は、こじんまりとした雑貨屋だった。

 蔦と花の柄が丁寧に彫刻されたペーパーナイフ。

 持ち手に天使がかたどられているティーストレーナー。

 刃渡り40センチ程のダガーは鞘と共に幾何学的な模様があしらわれている。


 見回せば、色々な物が並べられている中で、一番場所をとられているのは、アクセサリーの類である。


「可愛い」


 ルカはメリッサの後ろについて歩き、彼女がふと足を止めたそれに注目した。


 それは光り輝く青色の石が嵌め込まれた髪飾り。

 まるで風の流れを表現しているかの様な文様と、それに合わせて散りばめられている石たちが、主張し過ぎず普段使い出来そうなデザインである。


「この店の商品は全て職人の手作りで、どれも一応一点ものではあるんだよ」


 ここで働く人間は一人しかいないのだろうか。

 メリッサの呟きを聞いた店員が自分たちの後からついてきて、気さくに声を掛けてくる。

「その髪飾りはこの……ブレスレットと対でね」

 と、メリッサが見ていた髪飾りの横にブレスレットを置く。

 確かに柄は揃っているが、石の色は異なっている。

 ブレスレットの方はオレンジがかった茶色い石だ。


「こっちがパライバトルマリンで、こっちは琥珀」

「えっ?」


 鉱石の種類を口にされ、ルカは思わず目を丸くしてしまった。街の小さな店だというのに、希少な宝石も扱っているのかという、驚きの声を店員は特に気にも止めていないようである。

 しかしなるほど。

 どの商品にも値札が表示されていないのは、案外、そういう事が理由なのかもしれない。


「もし気に入ったのがあれば、遠慮なく声掛けてくださいね」

 と、二人の側を離れて行く店員の背中にメリッサは「ありがとうございます」と嬉しそうにお礼を述べた。



「これ。私からルカにプレゼントさせてくれない?」

 そして、二人きりになった後、メリッサは声を弾ませてルカに向き合うと、「良い事を思いついた」とばかりに寄ってくる。

 その手にはネオンブルーの宝石が嵌め込まれた髪飾り。

「あなたによく似合いそうなの。今日のお礼よ。とても楽しかったから」

「そう?」

「ええ」

 何やら早口で興奮気味の友人は、今日が本当に楽しかった様である。


 連れてきて良かった。


 と、ルカは心の底からの笑顔をむける。


「そうしたら、僕にプレゼントさせて」

「え?」

「僕を楽しくエスコートさせてくれたレディに」

 ルカはメリッサの手から髪飾りを掬い取ると、メリッサの髪の毛をほどくと、手慣れた手つきでまとめ上げ、パチン、と、その髪飾りを付けてあげた。

「え?何?」

「ほら。見てごらん」

 ルカは店内にある等身大鏡と、その辺りに置かれている手鏡を器用につかって、メリッサに自身の後頭部を見せてあげる。

「見えた?」

「え……ええ。でも」

「僕よりもメリッサの方が似合ってるよ」

「でも」

「僕はこっちのブレスレットの方がいいな」

 鏡の前で立ったままでいるよう指示したルカは、その髪飾りとペアだというブレスレットを取りに戻り、自身の左手首に身に付けて戻ってきた。

「ね。似合うでしょ?」

 自信ありげに自分の手首をメリッサの方へ差し出すと「ええ……そうね」と、認めたくはないけれど、ルカの手首にしっくり嵌まるそれを凝視し、メリッサは考え込んでしまう。


 二つのアクセサリーを見せられたルカも、それを彼女に贈ってあげたいと思ってしまっていたからそれは譲れない。


 自分の瞳の色によく似た色の石の髪飾り。


 離れてしまう事があっても忘れないでいて欲しい。

 目に留まる度に思い出して欲しい。と。


 そして、自分は彼女の瞳の色の鉱石を身に付けていたいという願望。


「ルカがそれでいいというのなら……それでいいのだけれど」

 ルカはいいの?と、最後まで言わなくとも、見上げてくる瞳がそれを物語っている。

「これがいいんだ。メリッサとペアの物を持てるなんて嬉しい」

 確かに今のルカは男である。

 そんな彼に髪飾りを贈りたいなんて、おかしな提案をしてしまったかしら。

 本当は欲しかったのに、遠慮はしていないかしら。

 と、本人はいいと言っているのに、メリッサはなかなか納得出来ずにいる。


「僕が、メリッサにこの髪飾りを身に着けてもらいたいんだ」

「え?」

「僕の色をした石の髪飾り」


 言われてメリッサはハッとした。

 そうか。

 この髪飾りに惹かれたのは、ルカの瞳の色だから。

 メリッサは優しく自分を見つめるルカを見上げ、その瞳の色を見つめた。

「で、僕はメリッサの色」

 ルカはとても嬉しそうに。

「……」

 ブレスレットの琥珀に唇でそっと触れた。

「ちょっと。ルカ」

 メリッサは何故か赤くなる顔色を誤魔化す為に、ルカに言葉を掛けてしまった。

 支払いを済ませていない為、互いに身に付けてしまっているが、まだお店の商品である。しかしそれを言ってしまえば、衣服などは実際に袖を通してみて自分に似合うか試してみないと、例え購入したとしても使わずに終わってしまう。

 ので、今の二人の試着は許容範囲、ではあるが、商品にキスはいささかやり過ぎである。


 が、メリッサの琴線をくすぐることには成功したらしい。


 ルカは必死に赤くなってしまった顔を取り繕うと平然と振る舞おうとするメリッサを見つめて幸せそうに破顔すると、

「すみません。これいただきます」

 と、外で再び客引きをしている店員に声を掛けに行き、そのままスマートに提示された金額を支払ってしまった。


「え。ちょっと。ルカ」

「じゃあ。行こうか」

 いつもはメリッサの言う事を尊重してくれる友人が、今みたいに多少強引なのは珍しい。

 今日のデートでは、ひたすらエスコートする側に回ってくれていたルカは、とても満足そうに見えなくもない。




 とても楽しい。


 メリッサは、半歩先を歩くルカの腕に手を伸ばした。

 今日はずっとそうして歩いてきた。

 今まで二人で過ごした時間がそうであったように。




「もうそろそろ帰ろう」




 だというのに、ルカはもうこの時間は終わりだと告げる。




「ええ」

 そうね。

 と、俯き答えるメリッサが途中まで伸ばした手は、ルカに触れる事なく、身体の横に落ちた。





 

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