変身
昨日「動きやすい服装で」と一方的にルカから放たれ、質問する間もなくその友人は背を向け帰宅してしまった。
メリッサはその言葉を頭の中で反芻しながら帰路につき、言われた意図を考えながら夜中、どんな服装でルカと会おうか一人ファッションショーをしてみたりしたのは、ここだけの秘密だったりする。
動きやすいって何?
着飾りすぎるなってこと?
ヒールの高い靴は避けて、とか?
行き先くらい教えてくれてもいいのに。
乗馬したりする?
ピクニックとか?
もし、その時傷を治してくれるとしたら、人気のない場所よね。
だって魔力がある事、隠してるんだし。
などと、いろいろ考えて悩みに悩んだ結果。
装飾の少ない若葉の葉の色に似たワンピースに決めた。
髪も邪魔にならない様、下の方で軽く一つにまとめてもらった。
身支度を手伝ってくれる侍女たちと試行錯誤している内にあっという間に時間が過ぎてしまい、外でルカが待っているという知らせが来て慌てて下まで降りた。
ルカは他の学友たちとは違い、部屋まで足を運んではこない。
お茶に誘う時にはいつも庭だったり、客間が多く、自室に案内しようとしても、「ここでいいわよ」などと、のらりくらりと交わされてしまう。
メリッサは「今日の格好、間違ってなかったかしら」と、選択した服装が合っているか正解が掴めない状態で足早に外へ向かう。
「そんなに慌てて走ってはいけませんよ」
メリッサの耳に幻聴が聞こえる気がした。
こんな所を両親に見つかってしまったら「ルチア様の婚約者がそんな風にスカートをたくし上げて。はしたない」と、出掛けにお説教を受ける事になってしまう。
急いでいるのに、捕まるわけにはいかない。
ヒールの低い靴を選んだつもりではあるが、走るとなると不向きかもしれない、と、頭を過ぎる。が、既に友人を待たせているので戻っている時間はない。
玄関まで必死に足を動かし、ゴールが見えると速度を緩め、少しだけ乱れた息を整える。
メリッサは外の光が差し込む扉の数段下に、人影を認めた。
落ち着こうと思っていたのに、待たせてしまっている、と焦りに気付くと、再び気が急いてしまった。
「お待たせ。ル……か?」
外階段も途中まで降りた所で、メリッサはその違和感に気付いた。
光によく輝く髪色も、背格好もよく知る友人そのものなのに、自分を待っていると思われるその人影は、頭髪も適度に短く、男の格好をしている。
思わずメリッサが足を止めてしまうと、その人物は一段一段彼女に近付いてきた。
綺麗。
だけど格好いい。
メリッサがその人物に目を奪われていると「さあ。行きましょう」と、耳障りのいい少し低めな甘い声が語り掛けてくる。
二段低い位置から手を差し伸べられたメリッサがその手を取ろうかオドオドしていると、今度は「フフッ」と耳馴染みの良い声が目の前から聞こえて来た。
「え?」
「フフフ」
「ルカ?」
悪戯っ子の笑みを浮かべて笑うルカは「そうよ」と言いながら残りの階段を上がり、メリッサの横に立つと、自身の左腕に彼女の手を誘導した。
「さ。参りましょう」
「え?ちょっと」
動揺する友人を横目に、ルカはとても楽しそうに、けれどメリッサがバランスを崩さぬ様、隣でしっかり支えてくれている。
「どうしたの?」
「街歩きする時、レディ二人だと変な人たちに声掛けられちゃうかな、と思って」
「それでわざわざその格好を?」
と、隣をチラッとみると、見慣れた友人がとてもハンサムな紳士にしか見えない。
頭髪は短く刈られ、ダボっとした白い長袖のチュニックに胸元には紐で結んだリボンが服のポイントとして添えられている。
深緑色のパンツはメリッサと並ぶと、示し合わせたかの様にしっくりくる。
「髪は?」
「ウイッグよ」
「良かった。私、ルカの綺麗にお手入れされた髪の毛、好きだから」
そう会話を続けながら、慣れた手つきでエスコートされるがまま、メリッサは馬車に乗り込んだ。
「さ。レディ。行きましょう」
馬車を降りる所から、ルカは既に紳士だった。
差し出されるまま手を取り、そのまま流れで腕に手を回す様誘われる。
嫌ではなかった。
だって親友だから。
格好が違ってもルカはルカだから。
「何処に行くの?」
「ないしょ」
街に向かう車内で幾ら聞いても返ってくるのは同じ言葉。
だからメリッサはルカの隣に付き従い、隣を歩くだけ。何か話題を、と、口を開いては飲み込む事を繰り返してしまう。
だから互いに会話が弾まない。
メリッサの方は「昨日無茶なお願いをしてしまったから機嫌を損ねてしまったのかもしれない」と、自分から話し掛けるのを躊躇っているから。
そして、ルカの口数が少ないのは、見慣れぬ自分の姿に驚いているからかな、と、友人が早くこの姿に慣れてくれる事を願って様子見をしているから。加えて、もう高望みはしないつもりだったが、ちょっとは意識してくれていると嬉しいな、と、頬を染めるメリッサを嬉しそうに盗み見ているからである。
故に隣を歩くルカが不機嫌だという事はメリッサの思い違いで、横にいる彼女の事を相も変わらず蝶よ花よといった感じで彼女の王子は扱い続けている。
しかも、彼女は自分のだから、と、周りを威嚇し、男装?しているのをこれ幸いにと、メリッサに対するお姫様扱いは加速する。
「街は久しぶりだったりする?」
「ええ。そう……ね。久しぶりです」
「……」
メリッサも隣に居るのが友人であると分かっているのに、見上げると見慣れぬ姿でいるものだから、口調もいろいろ入り混じってしまう。
上手く喋れないものだから、メリッサの口数も徐々に減ってしまい、ルカはそろそろ頬を緩めるのをやめた。
「じゃあ、一緒に楽しんじゃおう」
「え?」
「僕も街は久しぶりだから」
まるでまだ幼い無邪気な少年の様な物言いと共に、グイッとメリッサは手を引かれた。
「大人しくデートするのもいいけど、今は遊んじゃおう」
「デ……デートって」
組んでいた腕を解かれ、ルカがメリッサの手を取り先導する。
手を繋ぐのなんていつぶりかしら。
と、前を行くルカを見上げた。
常に側にいるのに、学年が上がるにつれ触れ合う事はなくなった。
否。
多分、避けられる様になった。
それが何故だかは分からないけれど、わざわざ追及する事でもないので、繋がれない手を淋しく思いながらも、どんな時でも側にいてくれる友人と離れることなどできない。
「ほら。あっちからいい匂いがする」
久しぶりに繋がれたルカの手は想像よりも成長していて、何故だか緊張してしまう。
言葉遣いもどことなくいつもと違う。
変装したルカが見目麗しい男装姿だからドキドキしてしまうのかもしれない。
メリッサよりもスラリとした指が、彼女の可愛い手を包み込み、包まれた方は頬を染める。
ルカとは毎日学園で会ってお喋りしているのに、何故か今日は動きがぎこちなくなってしまう。
「一緒に行ってみたかったお店があるんだ」
メリッサの手を引いて少し前を行くルカが、とても眩しい。
婚約者であるルチアを見上げるとメリッサの心臓はその速さを増した。
何故か前を行くのは友人なのに、婚約者を見つけた時の様に胸が高鳴ってしまう。王太子はメリッサが見つめ続けても、その視線を別の女性に向けているのに、
「……」
ほら。
「どうしたの?メリッサ」
ルカは視線に気付いて笑い掛けてくれる。
途端。
メリッサの心臓はきゅうぅぅぅぅと、締め付けられた。
凛と前を行く友人の横顔にドキリとしてしまうのは、普段と違う格好のせいだとメリッサは自身に言い聞かせてはみる。
けれど、ルカと目が合いそうになるとつい顔を逸らしてしまう。という事をこの短い間に何度も繰り返していた。
ほんの少し高い位置から見下ろされる視線の柔らかさに、胸の高鳴りが一方的に高められてしまう。
ルカはそんな友人の可愛らしさを静かに受け止め、エスコートを続ける。
これで少しは気も楽になってくれたかな。
ルカはせっかく二人きりでいるのに、硬くなる空気を振り払いたくて、あえて砕けてみた。
僕が男でも女でもどっちでもいい。
メリッサは目の前を歩くルカの表情に気付く筈もなく、空いている方の手を頬に当て、染まる熱の理由の行方を考えていた。




