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e-Sportsは君と共に  作者: むじく
1章 始まりの時
19/22

期間限定のチームワーク

「ふわぁ...」


イベント用に設営された仮眠室にはネットカフェで見るような一人用のリクライニングチェアが並んでいる。


まだほとんどの人が寝静まっている中、一人目を覚ました彼女は一人大きく伸びをしてゆっくりと意識を覚醒させていく。

寝ぼけ眼をこすりながら、持参したタオルを持って洗面台へと向かう。

顔を冷たい水で洗って


「やりますか」


と鏡の自分に向かって呟いた。


その足で会場に入り自身の席へと向かう途中一つの見たことのある背中がだらしない姿で寝息を立てる。


「なに寝てんのよ。全く。」


呟いた口角を上げたままゆっくりと近づく。付きっぱなしのPCとマウスに置かれたままの手。

どうやら寝る気はないまま落ちてしまったらしい。


「ほんと、どれだけ皆を心配させたか分かってるのかしら。起こしてやろうか本気で迷う...ん?」


その左手には役目を終えたと主張する末端のページが開かれたままのノート。


「そう、一通りはやったわけね。...やるんなら最初からやっときなさい、よ。」


五鈴は綺麗に畳んだ後ノートを受け取り、明人の頭をポンと叩く。

ノートを使っているので、弱い衝撃だったものの体勢が悪いせいで眠りの浅い明人にとっては十分な刺激となった。


「...な、なんだ。まずい...寝てた...。...五鈴?」


「これで昨日のことは忘れてあげる。じゃ私は朝練するから」


呆然とする明人を差し置いて一人納得したように自分の席に座り、PCを立ち上げゲームの準備をする五鈴。


「五鈴」


「なに?」


返事をしつつも五鈴は明人を見ない。それは明人もだ。


「ありがとな」


「結果で返すこと」


「分かってる」とだけ呟いて明人はキーボード上に置いてあったヘッドセットを身に着けた。



「ついに始まりますね!私、ワクワクしますっ。」


「チーム作って練習してトーナメント。形だけ見ればe-Sportsの大会となんら変わりないからな。」


3日目が始まった今、空見と明人の視線の先にはマイクを手に注意事項を伝える主催者。昨日時点でトーナメントに参加を表明したのは全部で16チーム。実に全体の8割ほどだ。


主催者は続けてトーナメント表を大画面に表示、各試合の開始時間も記載されているので余計な混乱もないだろう。


「ここでサプライズです!」


突然期待を煽る主催者に全体の意識が画面に集中する。

なんでも上位入賞チームには賞品が出るらしい。「おおっ!」と期待をする声が所々で聞こえてくる。


「そして一位はなんと...来月海外で行われるe-Sportsの祭典、通称「ES3」の招待券です!」


「「うおおおっ!」」


この言葉1つで会場の盛り上がりは最大のボルテージに達し、熱狂に包まれる。


それだけ希少なものであることは、ある程度e-Sportsに触れたことのあるゲーマーなら理解も容易いだろう。

参加者の中にいる社会人チームが取ってしまおうものなら全員が笑顔での有給消化、学生にとっても学園を休んで行くだけの価値はある。


本気のぶつかり合いが、ゲームが好きなら。

そしてここにも一人その熱狂に加わらんと立ち上がった勇者がいた。


「...なるほど。話が変わってきた。よし、みんな絶対勝つぞ!」


願ってもないチャンスに拳を突き上げ、勢いのままに視線を向ける。チーム戦なら士気を上げることも重要なのだ。しかし、


「なんですか?いーえすりーって。」


「...聞いたことないです。咲宮先輩はご存知ですか」


「えっとあたしも全然わかんない。」


その返事を聞いて夕凪がホッと息を吐く。


「良かったです。私だけなのかと思いました」と安心した顔で話す空見と咲宮、夕凪でそのまま意気投合してしまった。


「お前ら...知らないのか」


愕然としたようにその輪を見つめる明人の肩に手が乗った。


「自分の常識を人に投げないの。こんなの野球で言うところのオールスターみたいなものでしょ。知ってる人は知ってるみたいなものよ。それに紹介されてる記事も意識して見ないとそのゲームの中継映像が流れてる、ってことしか分からないし」


「その野球の例えが俺にはわからない」


「あ、あたしわかる。そういうことか。凄いイベントなんだ、これ。」


どうやら咲宮と五鈴の共通点がここで生まれたらしい。

スポーツにほとんど興味のない明人だがそれはそれで有りだと思って生きているので気にしないことにした。


とはいえ知らない3人のために五鈴が気を利かせてくれる。


「簡単に言えば、その年e-Sportsで盛り上がったゲームを部門ごとに表彰したり、既に制作中のタイトルで未発表情報があったりとか結構ワクワクするイベントなのよ。人口的にもやっぱり日本より大きいから規模も相当ね。」


日本のe-Sports市場は段々と大きなものになっているが、それでも海外はそれを凌駕している。賞金総額が一回り以上出ることも珍しくない。

最も明人が期待するのは未発表タイトルの情報だったりするのだが。


「す、すごいですっ。それがいえすりーですね。覚えました!」


「イーエススリー、ね空見さん。」


こうして明人たちのチームも周りの熱狂に飲まれたところで、主催者が全体を落ち着かせて話を続ける。


「昨日はプレイする楽しさを、今日はチームで勝つ楽しさを、です。敗退したチームですが、別部屋にてそれなりの食事が用意されていますのでそちらへの移動をよろしくお願いします。食べながら続きを観戦してください。」

「負けても楽しければe-Sportsへ。悔しければe-Sportsへ。今日が終わりではありません、始める一つのきっかけになれば私も嬉しいです。」


スッキリした表情で頭を下げた主催者は大拍手の中で表情を変える。


「では、トーナメントについておさらいしましょう。席については...」


話を聞き終わった参加者は対戦時刻まで固まって行動しているらしく、それは明人たちのチームも同様だ。

さきほど渡されていたトーナメント表を改めて見返す五鈴。


「予定通りに進めば夕方には解散みたいね。」


「順当にいけば4戦勝てば優勝だな。チームF...対戦相手なんて誰でも一緒か」


呟く五鈴の横から同じ用紙を覗き見る明人。


「...そうね。目の前の戦いに集中してればいいわ。って近いんだけど成瀬君」


そうこう話している間にスタッフから声をかけられ、一戦目の準備が告げられる。


次々と会場に入っていく中、明人は一人久しぶりの感覚に浸っていた。

昔もこうやって名前を呼ばれて、ピークに達した緊張感で戦いの場へ向かう。

負ける度に価値を否定されるような感覚になって、戦うのが嫌になって。

だけど今は


「成瀬さーん!」


既に入ってると思った空見が明人を心配してくれたのだろうか、Uターンして戻ってきた。


「行きましょう、もうすぐ始まりますよっ!」


彼女の瞳から伝わるワクワクが明人にも伝心していく。そんな気がした。


「こんなの初めてなんだ」


「えっ?」


「今までいつも一人だったから」


脈絡から空見に何いってるんだと言われてもおかしくない。それでも今、心から漏れ出た気持ちを口にせずにはいられなかった。

そういうと半身になっていた空見が改まって明人に向き直る。


「?」


「人は完璧じゃないです。だから支え合うんです。人数以上の力を出せるのがチームのいい所なんですっ!」


「...いいな、チームっていうのも」


そして真っすぐな思いに応えるように強く頷いた明人は「いくぞ」と空見に声をかけ中に入っていった。


5vs5の一本勝負。

それぞれのチームが横並びで顔を連ね、ヘッドセットを装着する。

昨日で身に着けた全てを発揮し勝利を掴むための試合が今始まろうとしていた。


既に戦車を選択した全員の画面には戦闘開始までのカウントダウンが切り替わり表示

される。

グッと握ったマウスは期待に応えるように右手にぴったりと張り付く、出来ることはやった。

画面中に見えるミニマップでは中央下に自拠点、そこには明人を始めとした5つの戦車が並ぶ。


敵拠点はそのまま中央上なので敵もその位置で固まっているだろう。

初っ端から口を開くのはチームの指揮官である五鈴一人。


「マップは荒野ね。見通しが良い分、起伏を上手く使いましょう」


通常このゲームでは対戦する際15vs15が一般的となっており、今行われている5vs5では同マップは広すぎる為に約半分程度の専用マップがいくつか用意されている。

そのおかげで早期決着が出来るようになり視聴者側からしても白熱するシーンが凝縮されるため少ない戦車数でも見劣りしない見せ方を実現させている、らしい。


戦闘開始、その合図で味方の全戦車が荒野に飛び出す。相手との間に建物は一切ないが、マップ中央にある高め起伏が相手の居場所を探らせないようにそり立つ。

速度の出る五鈴の戦車が一番に飛び出し、他の4人は2ペアになって敵の動向を探るように待機。


そのまま中央起伏まで移動した五鈴は近くにある大きな岩陰に身を隠しつつ敵陣を覗くため移動したとき、眼前から別戦車が姿を表す。


「そりゃいるわよね。」


即座に後退して身を隠した五鈴に引っ張られるようにして起伏の頂上まで登ってくる敵の戦車。

どちらも相手を発見したタイミングは同じなのだが両者の目的に明確な違いがあった。


広くこちらを見渡せる場所まで移動することでこちらの戦車の位置情報を探ろうとした敵に対し、あくまで敵の移動する先を予測しながら砲塔の向きまで気を回していた五鈴では初弾までの速さに決定的な差ができる。


瞬間、敵戦車目掛けて今ある弾数を打ち込む五鈴。反面相手は攻撃を受けた直後起伏の奥、五鈴の視界外へと逃げていった。


「けっこう削れたわね。偵察だけのつもりで来たんでしょうけど、これは幸先いいかも」


そう言うと一度起伏を降りる五鈴。一瞬覗いた敵陣から見えたのは合計で3両、恐らく残りはマップ左右、壁を作るようにして連なっている並木林の奥に居る可能性が高い。

五鈴自身経験上から細い通路になる右側は気にせず咲宮を前衛、後衛に夕凪を配置する形で左の並木に隠れるよう待機させる。


今聞こえてくるのは荒野に抜ける風の音のみ。


何秒か分からない静寂が溶けるのは直ぐ、


「居た。一人向かってくるよ」


左並木にいた咲宮の前方奥に一台の戦車が向かって来る。

敵戦車は動いて近づいてくる反面、咲宮は並木下にある草木に身を隠し自戦車を隠蔽し続ける。


「咲宮さん、できるだけ敵を惹きつけて。夕凪さんは援護。その戦車は必ず落とす。合図したら一発撃った後に...」


「わかった!」


短い言葉で連携を取り、咲宮はジッと茂みの中で敵が接近するのを待つ。

確かな敵意を持って近づいてくるそれを直視して思わず鼓動が高鳴ってしまう。

何通りもの予測が脳裏を掠めるものの、良いイメージが湧いてくることはない。が、今は心を落ち着かせ言われた通りにやるだけ。


タイミングの良さには自信がある。スナイパーモードで敵に照準を合わせたまま咲宮は息を潜め


「咲宮さん!」


瞬間、敵を捕らえていた咲宮の戦車から砲弾が放たれ、見事敵戦車の弱点に着弾。有効なダメージを与えることに成功する。

それに合わせて動いたのは夕凪、すぐさま咲宮の援護射撃を行う。


敵は何故か離れていく咲宮を狙い攻撃するも、姿が見えない夕凪の射撃に対応することが出来ず


「おしまい」


夕凪の攻撃が有効打となり爆散した。


「やりましたっ!ナイスです、咲宮さん、桜霞ちゃん」


「よかったー緊張した。撃ったら下がれっていうのはあの位置が敵さんから丸見えだったってことなんだ」


「そういうこと。このまま次の作戦を説明するわ。状況は有利だけど油断しないように。」


再び静かになる戦場。どちらかが手を出すのを待つ我慢比べである。

ただルールがそれを許さないのは時間制限有り、決着がつかない場合は残存数での勝利となるからだ。


先に動いたのはもちろん不利な敵側。

一斉に4台で飛び出した先で待っていたのは開幕で発見した五鈴。各個撃破にはもってこいの状況である。

だが基本戦術故に動きが読まれやすい。


敵全ての戦車がに五鈴に照準を合わせる間、五鈴は敵全てが自陣に入ったを確認すると逆に敵陣へと一直線で移動していく。

敵と五鈴で進行方向が正反対のため既に五鈴に照準を定めた敵は、その動きに引っ張られ急旋回。その瞬間を待っていた。


「ここっ!」


常に動いている敵には偏差射撃が有効になる。咲宮と夕凪は今までずっと自陣が見える位置で左右並木林に姿を隠し、この機を逃すことなく一斉射撃を開始。もちろん夕凪と息を合わせ各個撃破を守り効率よく敵を倒していく。


残り数が少なくなった敵を見逃すまいと空見と明人も加勢し敵を殲滅。


そして明人たちの画面には勝利の演出が浮かぶ。


「...。」


主催者の勝利アナウンスで会場が湧く。それは勝ったチーム、負けたチームどちらにも贈られた賞賛。

勝ち負けよりも全力で戦うチーム同士のその戦いに拍手を送った。相手チームも拍手で明人たちを祝ってくれている。

だがそのチームの誰もが呆然と前を見ていた。ただ単純に勝利の余韻に浸っているのか信じられないのか。


「ふー..。」


肩の力を抜いて脱力するように椅子に体重を傾ける明人。それに続いて他のメンバーが揃って息を吐いた。


「...勝てた。勝っちゃったね、私たち。」


興奮する咲宮の言葉が先行しようやく喜びを共有しあう空見達。


「やりましたっ!私凄く感動してます。興奮してますっ。」


「次までには落ち着こうな。あー、疲れた。こんな集中したの久しぶりだ」


負けたくないと思った真剣勝負なんて久しぶりで、終わった途端疲れがどっと増す。


「みんなお疲れ様。正直、最初が肝心だったの。勝てて良かったわ。」


「お疲れ。っと、いったん出るか、次のチームが来るみたいだ」


そうして明人たちは次の戦いへと駒を進めた。


やってきた2回戦。

先の勝利からつい1時間後のことである。チームの勢いは上々、先ほどまでとは違い対戦開始まで程よい緊張感が明人を包む。


「マップは..丘山ね。作戦通りに。みんな、頼むわよ。」


その返答に4つの短い声がヘッドセットから聞こえてきた直後に開始の合図。一斉に走り出す面々。

先ほどと同じようにマップ中央下から味方が駆け上がり、中央上から敵が攻めてくるといった構図になる。


「夕凪、目標地点に到達、牽制します」


先に目的地についたのは夕凪ペア。マップ中央に設置された高台を囲う円道路の右側面で待機。

反対の左側面から進行する明人達の裏を敵に取られないよう牽制するのが今回夕凪たちに任された役割である。


「問題ないわね。成瀬君、そろそろ着くわ」


「分かってる」と返事して五鈴を加えた3名は夕凪とは高台左側面を伝うようにして移動していく。


開幕直後から目的地までスタートダッシュを決めた3人。その並びは戦車のスペックに依存している。

明人の前方には空見、その前には五鈴が先行してくれているので開幕から壊滅的危機に陥ることはないだろう。

やがて先行してた五鈴から


「前に1台。多分その後ろにもいるわ。私がこの通りを抑えてる隙に成瀬くんは高台に上って。空見さんは私の援護を」


「任せろ」


マップ中央に位置する高台に唯一登れる道を五鈴が有利なポジションで確保しているため、その隙を逃さず明人が速度を保ったまま五鈴の視界に入りそのまま坂道まで突っ切る。


「ぐっ...」


だが敵にも把握されている動きで2,3台が明人へ攻撃を集中させる。明人は移動中の応戦となるため砲撃が定まりにくい。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


ダメージが集中する明人の戦車に向かって空見が動き出しを見せる。


「待って空見さん。気持ちは分かるけど止まって攻撃した方が安全で当たるから。狙うのは一番手前の戦車。成瀬君の動きを見て即座に私から彼にターゲットを切り替えたから間違いなく経験者よ。」


「それに成瀬君の戦車は耐久性には優れているから大丈夫。遅いけど」


五鈴に従い、空見の戦車は制止、そのまま五鈴がターゲットとした戦車の弱点を狙って打ち続ける。


「着いたぞ五鈴。上手くいったな。」


やがて成瀬が持つ高い耐久力を活かして半分の体力を残し坂道の上りきることに成功した。


「当然よ。前にいる一台しかまともに当たってなかったし、でなきゃ別の作戦にしてたわ」


明人が逃げと応戦に集中していて気づかなかった情報を冷静に分析出来ている五鈴に感服である。

ダメージ総量としては明人自身が身をさらしたことにより相手より負けているものの、まだ作戦の途中、勝負は始まったばかり。

それより気になるのは、


「こちら夕凪。敵二台補足、応戦中です。」


夕凪は右側面の通路で咲宮と共に敵と一進一退の攻防を続けていた。

前衛に咲宮、後衛に夕凪の布陣は変わらない。


前方には同じように2機の戦車が見えているのだが、高台下の崖を遮蔽物として使われ弱点を攻撃出来ない状態が続いていた。

咲宮も遮蔽物を上手く使いつつ、リロードが終わったら攻撃に参加。出来るだけ敵の意識を自分に向けるように動く。


「あ、咲宮さんダメです。下がっ...」


「え?ひゃっ!」


咲宮がスナイパーモードで陰に隠れる敵戦車に狙いを定めている隙にもう片方から攻撃を受ける。

狙いすました敵が遮蔽物から出たり入ったりする戦車のテンポに引っ張られてしまっているのだ。


咲宮は貢献出来ないもどかしさからか、口を真一文字に結びながら次こそはと出ていった先で予想していたように待ち構える敵。

もちろん砲台はこちらを向けている。それは当然咲宮の視界にも映っていた。


「あ...」


「大丈夫です」


直後聞こえた夕凪の後方からの砲撃によって敵戦車の砲塔の向きを微妙にずれ、敵が放った砲撃が咲宮にあたることはなかった。


「っはー...ごめん!夕凪ちゃん。」


「いえ、倒されてなくて良かったです。こちらはあくまで2体以上いた場合時間稼ぎに徹する、です。成瀬先輩」


「ああ、高台の目的地まで来た。五鈴、いいか?」


「ええ。夕凪さんたちは成瀬君の合図を待って。空見さんは私の合図を。行くわよ!」


その一言で全員の意識が防戦から攻戦へと切り替わる。

この作戦の要である明人は一段と集中力を高めた。



「は?そこから高台を降りる?上ってきた意味がないだろ、それ。」


対戦前の打ち合わせ、五鈴の提案に対し一番先に苦言を呈したのは他でもない実行役の明人だ。


「私もそう思うけど、まだ話の途中だし最後まで聞こう?」


「咲宮さんの言う通りよ成瀬君。なんでも先走って結論を口にしないの。今まで成瀬君は...」


「わかった。俺が悪かったから続きを頼む」


それ以上続くと長くなりそうなのでその先に促す。改めて説明を続けようとして五鈴は夕凪の方を見やる。


「多分これだけ言えば夕凪さんにもわかるんじゃないかしら?」


「はい。敵側に降りるということですね」


「そういうこと。」


二人の間だけで成立する会話。疑問符をを浮かべた人間はそれと以上にいることを忘れないで欲しいのだが、明人は先ほどの答えで「なるほど」と誰にも聞こえない具合に呟いた。


「でも高台に上れるのは左側面に一つある坂道だけですよね?うーん...はっ、もしやマップにはない隠し坂道が!」


如何なくそのポテンシャル発揮する空見に対して、「そんな感じね」と軽く合わせてしまった五鈴。

隠しという部分に魅力を感じた空見が五鈴に対して細かな説明を求めると、訂正するようにして言い直す。


「ごめん、空見さん。隠されているわけではないのだけど、ほんとそんな感じなのよ。この高台は上るには一つしか通路がないんだけど、下る道は1つじゃないの。」


「どこからでも降りられるのか?」


明人の質問にテンポよく答えを返す。


「降りることは出来る。ただし、降りる場所を間違えると当たり判定に引っ掛かって動けなくなったり、ダメージを大きく受けてそのまま退場という可能性もあるから、どこからでも問題ないというわけではないのよ。」


「知識がモノをいうってわけか。」


「自由度が高い分戦略性は増すから難しくなるけどね。」




「──実際降りるとなるとそのまま退場パターンが怖いよな...っし」


覚悟を決めた成瀬が下りる場所を見定め、一気に駆け降りる。


その衝撃でダメージを受けてしまうがその一つ一つは小さなもの。まだ戦えるだけの体力は残っている。その足で向かう先は勿論、


「イメージ通りだな。夕凪たちに意識が行ってる...。夕凪頼む」


高台中央奥から降りた先、明人進むのは左側面で戦う夕凪と交戦中の敵背後。

「ん」と返事したと同時に体力が十分残っている夕凪の戦車がダメージを極力受けない方向で前に出る。

それを恰好の的と見た敵2台が夕凪にターゲットを定めたところで


「後ろからドン!だ」


明人の一撃が敵の一つに背面にクリティカルヒット。狙いを弱点に定めた一撃は体力を大きく削る。その一撃だけで十分だった。


後ろから到底無視ができない攻撃を受けた敵は慌てて明人の戦車目掛けて砲身を向けるがもう片方は気付くことなく未だにチャンスとばかりに夕凪に狙いを定めたまま。傍に並んだ敵戦車は違いに別方向を向いてしまう。


「咲宮先輩」


「待ってました!」


夕凪の後ろに移動した咲宮は夕凪を上手く盾にしながら自動照準で砲撃を繰り返す。精度は低けれど連続したダメージが敵を襲う。


「まず一体です。」「あ、ミスった...」


夕凪の小さな声が全員の耳に伝わった直後で、貢献が一番高かったであろう勇者の最後の一言が流れていた。



(──成瀬くん上手く降りれたみたい。相手も反応が早いわね)


明人が崖を降り敵に手痛い一発お見舞いした瞬間に、反応したのは五鈴たちと交戦中の敵グループ。

すぐさま先頭にいる経験者だけを残し他の2機が、明人を殲滅せんと左側面の援護に回る。


五鈴は敵の動きに合わせて味方の情報を確認。残存体力から見て明人は一台倒して終わるわね、と考え浸りながら空見に指示を出す。


「敵が夕凪さんの居る位置に戦力を固めたわ。一人で私の相手をしようなんて。ふふっ。...私が敵の注意を惹きつけるから空見さんは後ろから止まって狙撃。頼んだわよ」


「はいっ!」


にらみ合っていた五鈴が飛び出し、敵車両を大きく迂回するようにして注意を誘う。

一対一の一騎打ち。敵も敵で自信があるのかその勝負を受けて立つようにして違いにダメージを与えあう。両者一歩も譲ることはないが


「はい、勝ちー」


「凄いです...。私一回も攻撃当てれませんでした」


「何言ってるの。空見さんが牽制してくれたおかげで敵の行動が制限出来たんじゃない。サポートありがとね」


五鈴の勝負が終わったと同時に流れる撃破を付ける夕凪の声と退散を告げる明人の声で再び状況を把握。


「成瀬君を倒した車両を追うわ」


その勢いのままに五鈴たちは夕凪とともに敵3車両を囲い込むことに成功し、途中咲宮も倒されてしまったもののなんとか勝利を収めた。




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