神罰の行方 後編
残酷な表現があります。お気を付け下さい。
『王家の衰退』
エリザベータにより力ある言葉でそれが宣言されてから、王宮は異様な静けさを保った。官吏たちはいつもと変わらず王宮へ出向いて仕事をしてはいるが、週末ごとに開かれていた夜会は、婚約破棄のその日を境に一度たりとも開かれなくなった。
神罰の波及を恐れた貴族たちは王の元に伺候する事もせず、ただひたすらに領地へ籠り、事の成り行きを案じていた。
国王はエリザベータの母である妹姫に面会を申し込んだが、妹姫の守護として側で守る大公にそれを拒まれた。神の妻である妹姫を人の世のしがらみから逃れさせる為に守護として隣に置き、名目だけの夫の立場を与えただけのはずであった男は、いつの間にか神の妻へと傾倒し、その一番の信奉者となっていた。
仕方なく王弟である神官長と共に神殿へ籠り、ただひたすらに神への祈りを捧げたが、神がその声に応える事はない。
だが力ある言葉はゆっくりと、呪いのように王家に忍び寄った。
最初に異変が生じたのは、国王の大叔父の元であった。高齢の彼は庭の薔薇のトゲで指を傷つけ、そこから菌が入り、高熱に苦しんで死んだ。
次に夫と死に分かれて王宮に戻っていた王の叔母が倒れた。これもまた原因はささいな怪我が元になり、そこから高熱が続き亡くなった。
それからというもの、高齢の王族が次々に身罷るようになった。彼らはみな同じ病に倒れ、苦しんだ。はやり病ではないかと警戒されたが、その病はなぜか王族にしか罹らなかった。
次にその病は王籍にある小さな子供たちにうつった。痛みを訴える我が子を前に、王の従弟は一縷の望みをかけてこの子を王籍からはずし、妻の実家の籍に移した。
すると、翌日には子供はすっかり回復し、昨日まで病で臥せっていたのが嘘のように元気になった。
王籍にある者のみが罹る病。
王族たちは震撼し、すぐさま王籍から離れ臣下へと下った。
だが王と王太子と王妃にはそれが許されない。
次に倒れるのは、王か王妃か。
けれど予想に反して、病に伏したのは王太子であった。
彼の病は他の者と違っていた。高熱を出して倒れたところまでは同じだったが、その後、足の先から体が腐っていったのだ。
まず足の指が腐って落ちた。
次に両手の指が腐って落ちた。
その後に鼻の先が腐ってもげた。
腐り落ちた先の手足も、胴も、ありとあらゆる体の全てが、ぐずぐずに腐り、膿が湧き出る。
髪はまばらに抜け落ち、眼窩は窪み、およそ人とは思えない風貌になり果てた。
気の狂いそうな痛みが全身を襲い、のたうち回る。寝台にこすれた腐肉が血膿にまみれ、寝具にべっとりとこびりつく。
あまりの悲惨さに、王が王太子の命を絶つ慈悲を下したが、首に当てた刃ははじかれ、その傷は癒える事無く開いたままで、王太子に絶え間のない苦痛を与えた。
もちろん食事を摂る事もできないが、それでもなぜか死ぬ事はなかった。
狂う事は出来ず、死ぬ事もできない。
永遠の責め苦である。
神官長もそのあまりのむごたらしさに、寝食を忘れて神に祈った。
どうか安らかなら死をお与えください、と。
それに対し、初めて神託が下った。だがそれは彼らを安寧に導くものではなかった。
『驕るなかれ』
そのたった一言によって、王族は神に見放された事を知った。
神の血を引く開祖によって建国されて以来、連綿と続いた王家は、神によって終焉を宣言されたのだ。
「エリザベータ様!」
神託を受けた翌日、婚約破棄の後も変わらず学園に通い続けるエリザベータの元へ、神官長がやってきた。
貴族たちは早々に領地へと戻り、特待生として学園で学ぶ平民の姿も見えず、学園の中は閑散としている。
だがエリザベータは構わず学園へと通い続けた。供はおらず、取り巻きも、ましてや友もおらぬまま。
なぜならば、それが人の習いであると教わっているからである。
「なんでしょう」
立ち止まり、扇で口元を隠すエリザベータは人と同じものにしか見えない。だが神官長には、人には持ち得ないその溢れ出る神気が見えていた。
「お願いでございます。お怒りを収めて、ご慈悲を賜りますようお願い申し上げます」
神官長はその前に平伏して、エリザベータの足元にすがる。
だが、エリザベータは首を傾げ、感情の見えない黒い瞳で神官長を見下ろした。
「誰が怒っているというの?」
「それは……」
あなた様のお怒りが、王家の滅亡を招いているのではないか、と口元まで出かかる言葉を飲み込む。
ここでまたエリザベータの怒りを買えば、元も子もなかった。
今よりもひどい事態があるのかどうかは分からないが、それでも弱みに繋がる言葉はぐっとこらえて胸の内にのみ納めた。
エリザベータはその黒曜石のような瞳を神官長に向け、紅い唇を開く。
華のように美しく、残酷な言葉を紡ぐ唇を。
「今の王家の凋落は、婚約破棄によって王家と神との盟約が破棄された事によるもの。それによって加護が消えただけですわ」
「加護、と申されますか」
「あなたも王家の一員だったならばご存じでしょう?王家は神の末裔。それゆえに神の加護を持つ一族なのだという事を」
そうだ。それは知っている。
王国の、いや、世界の誰よりも強い神気を持つ王族がいるからこそ、この国は栄え、神殿の頂点に立つ事ができたのだ。
だが、それと盟約の破棄と何のつながりがあるというのだ。
確かに愚かなる王太子により婚約は破棄されたが、神との盟約まで破棄されるはずなどない。
ましてや建国以来王家に受け継がれている加護を失うなどという事は、あり得るはずがない。
「でも、今ではその血も薄れ、神の気配も消えつつありますわね。そこへ命運により、我が母が転生し、再び父神の寵愛を受け、わたくしが生まれた。そのわたしくと王太子殿下との婚約は、再びこの国に神の加護をもたらす為の契約と同じ事。それを一方的に破棄されたのですから、父神が侮られたと感じ、加護を取り上げるのも致し方ないでしょう?そう。誰も怒ってなどおりませんわ。ただ今までの加護全てを消し去っただけ。そして加護をなくした故に、かつて逃れた災いに追いつかれてしまったのでしょう」
神官長はその言葉に青冷める。
では、これは。
この事態はエリザベータの仕業ではなく、神の加護がなければ王家を襲った悲劇であるのか。
いや、それはむしろ、神罰と言えはしないだろうか。
神の与えたもうた王家への神罰であると。
そうだ。確かにエリザベータは王家の衰退を口にしたが、その言葉には長き年月の果てに滅ぶ響きがある。だが、今のこの王家の現状は、想定していたよりも早く滅亡へと向かっている。
それが神との契約を破棄したことによる神罰だというのであれば……
もう、この流れは誰にも止められない。
驕るなかれ。
確かに、自分たちは神の娘との婚約を神との盟約であると考え、その重大さをもっと深く王太子に教えるべきであった。
それを怠ったのは、王家の、そして神殿の過失である。
いや、そうではない。
神の娘が王家の姫との間の娘として生まれた故に、侮った気持ちがどこかにあったのだ。
神が妻となった娘の血筋を大切にするであろうと思って……
だが、古の時も、かつて神が加護を与えたのは、神の子の血筋だ。
で、あるならば……
「ああ、エリザベータ姫。こちらにいらっしゃったのですか」
「お姿が見えないので心配しておりました」
「身の程をわきまえない者がいると困りますので、我々のうち誰か一人でもお供につけて下さいと申し上げましたのに」
つい先日、この学園へと転入してきた貴公子たちが、エリザベータの手を取る。
彼らはいずれも近隣の国の王族で、次の世代を担う者たちばかりだ。皆、文武に優れ、見目麗しい姿形をしている。
そして揃ってエリザベータを熱のこもった目で見つめる。
その先に自国の永遠の繁栄を見て。
やがて一つの王国が滅び、一つの王国が隆盛を極めた。
それも今は、遠い昔……
王太子は定められた寿命まで、あの状態で生きながらえます。
そして実は、王と王妃だけは、実は末妹姫の懇願により、神罰を逃れているので、普通に寿命まで生きますが、不安と王太子の状態に、まともな精神状態ではいなかったでしょう。
王家は滅びましたが、王の従弟の血筋が別の王家を創設します。
でも結末はお話の通りです。
ただ死ぬよりも、生き地獄の方が苦しいのではないか、と思ってこのようなお話になりました。
色々な謎が明かされてはおりませんが、ひとまずこれで完結とさせて頂きます。
読んで頂き、ありがとうございました。