少し小さなチョコレートだろうか。
「私はもしかすると、いや、もしかするのではなくて、確実に、自分よりも優れていないものを愛してしまうところがあったかもしれません」宮野ナノハはショートヘアーを指の間でとかしながら言った。ダイニングテーブルを挟むように座る刑事は何度かうなずいていた。
刑事は、宮野ナノハの目を見られなかった。彼は自分にない眼光を宮野ナノハに見出していた。そして、それに劣等感のようなものを覚えていた。だから、刑事は宮野ナノハの口を見ていた。大の大人が何をしているのだろうか、と年甲斐なかった。
「彼を――」と、宮野ナノハは語気を強める、「私は、好きだったはずなんです、彼を。ですが、聞かれて改めて振り返ると、なぜか自信がなくなってくるのです」
松野スグルの妹との話が、刑事の頭をよぎった。松野スグルを変えたのは、この目の前の宮野ナノハと付き合いはじめてからだろうか。
「あ……、すいません、勝手に話をそらしてしまって……。ご質問は何でしたっけ?」
「いや、別にいいですよ。構いません、自由に話してもらっても」
「そうですか」
「ところで、どういうことなのでしょうか、自分よりも優れていないものを愛してしまう、というのは」刑事は記憶から言葉をピンセットで拾うような調子でたずねた。
「これを人に言ったことはないのですが……。つまり、私が優越感を感じていられる人を好きになっちゃう、ということです」
刑事はその返事を咀嚼した。
「つまり、君が付き合っていた相手、松野スグル君が……」
「私よりも弱い存在だから、惹かれたのかもしれない、ということです」「はあ、なるほど」
高校生時代に、この宮野ナノハのように複雑なことを考えていただろうか。刑事は少しぼうっと考え込んだ。
** ** **
「スグル君ってさ、好きな人はいるの?」
僕は彼女の意図をわかっていたつもりでいた。
「わからない」嘘をついた。
僕は彼女の意図をわかっていた。しかし、それは当然のことだったのかもしれない。普通の男子にとっては。
「わからないかあ。でも気になっている人くらいはいるんじゃないの?」となりを歩くナノハは、僕の肩を見上げる。
「うーん。いるのかなあ」嘘をついた。
「じゃあさ、これ」そう言って、ナノハは制服のポケット(だと思う)から、ピンク色のビニール製の小さな袋を取り出した。
「はい」
ナノハは僕にその袋を握らせた。ナノハの手が僕の右手を包むようにして、袋を握らせた。入っているものとしては、少し小さなチョコレートだろうか。
「あ、ありがとう」
僕は、何を言えばいいのか、どう反応すればいいのか、まったく見当もつかなかった。これは嘘ではなかった。
「それで……さ」
僕は沈黙した。
「スグル君……」
僕は逡巡した。
何を言えばいいのだ?
これは僕だからわからないのか?
「いきなりで、ごめん。ええっと……それじゃあ、また、明日ね!」
早口気味のナノハは、そのままスタスタと先を行ってしまった。僕と「また明日」という言葉は、ナノハに置いてきぼりにされた。
ナノハがいなくなってしまうと、僕はウォークマンを取り出した。何を聞こうかと迷った末に、サカナクションのAoiを選択した。




